25日 22時56分
やけに素直に帰った彼の姿を見送って、私は会社に戻る。
8月25日――といっても残り数時間だが。
明日は念のために彼の部屋まで行って、東京駅まで連れて行かなければ。
会社に来られるわけにはいかない。
「立川君、うまくいったかね?」
「ええ、他の皆さんも、ありがとうございました」
頭をさげる。
「一週間も必要だったのかい?」
「な、なんと言いますかその……ちょっと心の準備期間といいますか……あはは」
「まあ、君の話には驚かされたが――あんな男のどこがいいのだか」
小声で言ったつもりなのだろうけれど、部長である藤堂さんの声はでかい。
彼の良さは人に早々分かっていいものではない。
私だけがわかればそれでいい話だ。
「彼を見送って、立川君はどうするのだね? 君がいなくてもここの用意はできるが……一週間もあるのだから」
「いえ、私もここに。自分でやりたいんです」
なにせ一生一度の正念場。
自分のことなのだから、人に任せていいものではない。
「彼が来る一週間後、そうか――君は立派な花嫁というわけか」
「断られることがなかったらですけどね」
「大丈夫さ。彼とて、人の良さがわからないはずがない。君は立派なお嫁さんになる」
自信があるわけではなかったが、少なくとも、彼を幸せにできるのは自分だけだと、そんな風に思ってしまっている自分がいた。
「今日ははやめに帰りますね。朝少し遅れるかもしれませんが、その時はまた連絡します」
「ああ、わかったよ。気をつけて帰りなさい。ああ、あと明日の朝はエレベーターの点検をしているかもしれないから、階段を使うように」
頭を下げて外に出る。
鞄のなかの財布から、切符を取り出して時間を確認する。
「東京都区内から――そう、大丈夫。新幹線は8時33分だから……もう少し早く集合にしたほうがよかったかな。米原で乗り換えて――よし」
財布に切符を戻し、鞄にしまい込む。
念のため、スマホのメモに『切符は財布にいれた』と書いておく。
こうやって書いておかないと、すぐにどこかにいったと探してしまうから。
まあ大抵こうしてメモした時はしっかり覚えているのだけれど。
エレベーターに乗り込んだところで、天気予報を眺める。
近くまで来ると思っていた台風はうろうろとどこかに向かっている。
電車に影響がなければいいが。
おそらく大丈夫だろう。
「さて、勝負よ。あのかたーい男。私のものにしてやるんだから!」
スマホから顔を上げ、人と入れ違いに降りる。
ああ、またやってしまった。
閉まる扉を背に、私は階段に向かう。
途中で間違えて降りて、また戻れるほどのメンタルは私にはない。
「なんで私はこう――」
自分を責めても、出てくるのは言い訳だけだ。
またコンビニのカゴにシュークリームが増えるだけだ。
これ以上はやめておく。
28歳の夜、コンビニにこそこそとスイーツを買いに行くようなことは流石に問題がある。
もう勝負は始まった。
明日は駅に集合といったが、念のため彼の部屋まで行ってみることにしよう。