表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/41

28日 ?時?分

 

 鳥居をくぐり、彼女の特等席にむかう。

 雨の音のおかげか、御粗末な鼻歌も多少ましに聞こえた。


「ん?」


 ブルーシートをかぶって、彼女はぼんやりと空を見上げていたようだ。

 頭につけた安そうなヘッドホンは、余計に学生らしくみえる。

 カチリとスイッチを押し込み音楽プレイヤーを止めると、よしこは手を振った。


「ほら、傘やるよ」


「ありがと。ブルーシートじゃ、なんか浸みてきそうなんだよね」


 屋根の下とはいえ、吹き付ける風のおかげで雨は攻めてくる。

 傘があれば少なくとも自分の居場所は守れそうである。


「どうかした?」


「いや、なんでもない」


「聞く?」


 ヘッドホンでどう聴くのだろうと見てみると、音量を上げて目を瞑る。

 彼女のその姿を見て、俺も同じようにした。

 懐かしいメロディだった。

 誰が歌っているのかも知らないが、ただそれが知っている曲だとわかる。

 どこで聞いたのかは思い出せなかったが。


「これ、カセットテープか? 珍しいな」


「うん。お祖父ちゃんが買ってくれたの」


「いい趣味してる」


「そう思う? 少し友達より買うのは遅かったけど、まさか自分のものがもらえるなんて思ってなかった」


 WALKMANと書かれた銀色のボディは、年代を感じさせた。

 窓からくるくるとテープが動いているのが見える。

 最近は好んでカセットテープを使う人がいるという話をニュースの特集かなにかで見た記憶があった。

 昔の文化というものは悪くないもので、人気になったものにはそれなりに理由がある。


「音楽番組が始まるとね、準備をするの。妹に静かにしててって言って、お母さんにも静かにしててって言って、じっと待つのよ。テレビの音を少し大きくして、少しはやまって録音ボタンを押すの」


「そうか、カセットって便利だな」


 今はCDを買うのが当たり前の時代が終わって、そもそも音楽を聴く機会すら減りつつある。

 そうやって楽しむことができる彼女は、なんだか得な生き方をしているようだった。


「でもね、よく失敗するの。静かにしててって言ってるのに、ご飯できたよーってお母さんの声が入ったり、おもわずくしゃみしちゃったり――で、落ち込むの」


「楽しいじゃないか」


「まあね。次の日には忘れてるから。ほら、いま走ってく足音入ったでしょ? くしゃみが出そうになって部屋を飛び出してったの。懐かしい」


 ばたばたと遠くで聞こえる。

 生活の音だ。


「そうだ。お前、腹減ってないか?」


「減ってないっていうと嘘になるかな」


 まだほんのりあたたかいご飯と、昨日のオムカレーの残ったカレー。

 オムライスがいいと言ったが、母が少し手間をかけてくれたのである。


「カレーだ」


「好きか?」


「そんなに食べたことない」


 使い捨てのスプーンを手渡して、カレーのタッパーにおにぎり型のご飯を乗せる。


「いただきます」


 一口含んで、彼女は動きを止める。

 なにか不味いものでも入っていたのかと思って見ていると、瞬く間に口に放り込んだ。

 ずいぶん腹が減っていたようである。

 いつも咥えていた煮干しだけでは、やはり限界だったのだろう。


「普通のと違った」


「梅干が入ってるんだよ、うちのは。このあたりって結構梅が盛んでな。和歌山に知名度は負けてるけど、味は勝ってるってよく教えられたよ」


「へー」


 へばりついたカレーをかき集めてパクリとスプーンを咥える。

 おっちゃんの話が気にかかっていた。


「寂しくないか?」


「大丈夫」


 彼女の大丈夫はどちらなのだろう。

 この状況は、彼女にとってどんなものなのだろう。


 足音が聞こえる。

 ばたばたと、ばたばたと。

 同じ足音を何度も聞いて、雨を弾く傘の音を聞いた。

 繰り返される音。

 次第に意識は薄れていく。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ