28日 15時2分
三宅のお家はこの辺りでは一番立派なのではないかと思う。
おっちゃんが念入りに管理している庭には、小さな砂場とブランコがある。
居間から良く見えるその場所で、彩は葵の相手をして、母の笑みを浮かべていた。
「健太、悪かった」
「謝るならあんなことするなよ」
おっちゃんはまぶしそうに娘と孫の姿を眺め、重い息を吐いた。
「気付いてやれなかったのはわしじゃ。ここに帰ってこれるようになるまでも、ずいぶん時間がかかった」
「ま、今の時代じゃ、どこかしらである話だろ。ただそれの強弱があるだけだ。運が悪かっただけさ」
傷だらけの体は、いつか癒える。
忘れられない記憶はあっても、それを思い出す傷がなければ辛くなることも減るだろう。
「で、どうしてああなるまで助けられなかったんだ? 元警官だってのに」
「言われたんじゃ。大丈夫って」
「らしくもないな。娘溺愛だっただろ?」
おっちゃんはぐっとなにかをこらえて、ぽつりぽつりと話し始める。
「ずいぶん昔じゃ……まだ、彩は自転車に乗れるようになったところやった――」
遠い昔の話。
この村の出来事だった。
「自転車に乗れるようになって、彩の遊びに行く場所は広くなった。危ない場所にはいかんようにはしてたみたいやけど、ずっと追いかけてみてたわけちゃう。なかなか帰ってこないときがあってな、一度怒ったことがあったんやが『神社のおねえちゃんと遊んでた』ってな」
「神社? どこの」
「川んとこの神社や。あそこはなかなか人が寄らんから、そこにしばらく勝手に住んどったみたいでな。話を聞いたら行かんわけにはいかんやろ?」
昔この村の近くで駐在をしていて、結局ここに住んだという話は聞いたことがあったが、こんな話は一度も聞いたことがなかった。
家出少女といったところか。
つい最近自分も遭遇しているところだ。
「『ここで生きさせてくれ。大丈夫だから』って、その子は何回も言うてきたよ。わしはそのままにはできんかった。家を出てこんなところにいるのは間違ってるって、そう決めつけたんや。家に送り届けたって話を聞いた数日後にな、名前だけは教えてくれたんやが、その名前が新聞に載ってたわ。父親に殺されたってな」
「……あまりいい話じゃないな」
「5人家族で、その子は次女。母親は次女の死体発見から数年後に見つかったが、長女と三女はまだ見つかっとらん。知らんかったんや。わしは何も」
本人が大丈夫だと言い張っていた。
それを信じなかった結果、おっちゃんは失敗した。
それはきっとおっちゃんのせいではない。
それこそ、運が悪かったと言うしかない。
「うまくいかないもんだな。おっちゃんだって、色々経験して生きてきてるのに」
そして、おっちゃんは娘の『大丈夫』を信じた。
そしてまた失敗した。
運が悪かったというには、辛いものだ。
「健太」
「だめだ、やめてくれ。それ以上は言うな」
俺が嫁を連れてきていないと聞いて変に笑みを浮かべていたのはこれだったか。
この家に入る時点で覚悟はしていたが。
ぽつぽつと降り出した雨。
彩は葵を抱えて家に戻ってくる。
「帰るよ、雨降ってきたし」
「そうか」
「昔から家族みたいなもんだ。何もしないわけにはいかないよ」
「ありがとな、健太」
自分の家に走り込む。
本格的に降り出した雨。
暑さはましになっていくが、気持ちは晴れない。
どんよりとした空を見上げ、傘を2本持ってまた外に出る。
昨日の残りのご飯もついでに持って、神社にいくことにした。




