28日 6時5分
「健太、朝やで」
ぺちぺちと頬を叩かれ、座布団を並べて作った簡易布団から起き上がる。
「まだ6時なんだが」
「ラジオ体操」
「昨日寝たの3時なんだけど」
「ラジオ体操は待ってくれないの」
厳しい母親である。
仕方なく立ち上がって、昨日と同じように服を着替えて、歯を磨く。
時計はまだ10分を指しているので、少しばかり余裕はあるようだが。
「おっちゃんのとこ行ってくるわ」
「こんな朝から?」
「頼まれものを届けに行くんだよ」
ツノナシムシの袋を持ち上げて、隣の家に向かう。
三宅のお家はずいぶん久しぶりだった。
実家は7年ぶりだったが、この家は下手をすれば10年以上中に入っていないことになる。
「おっちゃんー」
「お? 健太、どうした」
のそのそと、シャツの上から腹を掻きながら出てくる。
パンツとシャツだけで客に応対するのは流石といったところか。
まあ俺相手に礼儀も何もあったものじゃないが。
「ほら、ツノムシ」
「おお、取れたんか」
「ツノも取れてるけどな」
「んお?」
袋に入れたカブトムシのメスをじっと見るおっちゃん。
濁った透明のおかげで、よくわからないらしい。
「開けてみればいいじゃないか」
「お前ワシの虫嫌い知っとるじゃろが」
「孫にこの虫で一緒に遊んでくれって言われたらどうするんだよ」
「……くぅ」
孫を持つとなかなか大変らしい。
「健太ー、いくよー」
「お、もう時間か」
おっちゃんは袋を下駄箱の上に置いて、サンダルのつま先を蹴る。
家主が出て行くのに、他人が残るわけにはいかないので、仕方なく外に出る。
やはり鍵は閉めないまま母と合流して、また公園に向かった。
「で、孫はいつ帰って来るんだ?」
「今日の昼に帰ってくる言うとった。彩も一緒にな」
一人娘の彩は、俺の10歳年上のお姉さんである。
いまでは立派なおばさんだろうが。
父の葬式以前から会っていない。
「んで、健太。昼飯食いに来い」
「なんで」
「なんでもないじゃろ。ええやろ、恵子ちゃん」
「どうぞどうぞ。いくらでも連れまわしてくださいな」
母はおっちゃんに何か言われると、決まってそう言うのだった。
とりあえず二日連続の素麺がなくなったのはいいとして――おっちゃんの横顔は、なにか企んでいるようだが。




