27日 ?時?分
パンパンになったバナナ袋を持って神社まで来ていた。
少し雲があるおかげで直接的な暑さはましになっている。
使い捨ての手袋を2人分持ってきたのは、間違えて持ってきたということにしておきたい。
「まだ1日経ってないんじゃないかって、私は思うんだけど」
「奇遇だな。俺もだぞ」
怪訝な表情で俺の姿を睨み、それは持っているバナナ袋に向けられた。
「うっ」
どうやら臭いに気がついたらしく鼻を押さえている。
咥えていたにぼしを吐き出し、ぺぺっと唾を吐いた。
ずいぶん罰当たりなやつである。
「くさいんだけど! おっさんくさい!」
「俺が臭いんじゃない。その辺大事だぞコノヤロー」
「神社にゴミ捨てに来たの? どうなのそれ」
「これはトラップだよ」
手袋をはめる俺の姿を見て、なんだか気になるようだったのでもう一つ持ってきていた手袋を渡してみる。
なにの迷いもなくつけたと思えば、パンパンのバナナ袋を突いて鼻をつまんでいた。
「もしかして虫取り?」
「ああ、カブトムシ取るんだよ」
「おっさんが?」
取るのは俺だが欲しいのは俺じゃない。
そこは大事である。
「これなにが入ってるの?」
「バナナに砂糖と焼酎、あとはドライイーストだ」
「ど、どらい?」
「ドライイーストな。なくても別にできるよ」
「へー」
つんつんとまた数度袋を突いたと思うと「はやく」と急かしてくる。
どうやらもう興味津々らしい。
最近はこんなことをやる子供なんて滅多にいないから。
それに彼女は女の子だ。
こんなこと兄弟でもいなければ見たこともなかっただろうし。
「風上ってどっち?」
袋を開けようとしたところで、彼女は言った。
どうやら少しでも臭いから逃れたいようだが。
「指舐めてみろ。空指差して、なんとなく涼しいほうが風上だ」
「ふむ」
彼女は言われた通りにやって暫く動かない。
どうやら必死に考えているらしいが。
「わからないんだけど」
「手袋はおいしかったか」
「……さ、先に言ってくれたらいいのに!」
先ほど吐き捨てていた煮干しを拾い上げ投げつけてくる。
見当違いに飛んでいくのを眺め、俺の後ろに来いと指差した。
まだ納得いかないらしいが、黙って後ろに隠れる。
風上に立ってとしても、この臭いからは簡単に逃げられるものではないが。
「おっさんくさい」
「だから俺が臭いみたいな言い方をするな。まだ20代だぞ」
鼻をつく臭いは懐かしかった。
母と一緒に作って、山にまで毎年取りに行っていいたのである。
親父も、おっちゃんも虫が苦手だったので、母親と二人。
毎回それなりにとって、捕まえたら逃していただけだが。
「私がやっていい?」
「いいぞ」
「どの木でもいい?」
「いや、明かりの近くだ」
袋はどうやら持ちたくないようで、先に走っていく。
「これとかどう?」
「十分だ」
袋から取り出したどろどろのバナナを木に擦り付ける。
やはりなかなかの臭いだ。
「くさい」
文句を言いながらべたべたと塗る彼女は、やけに楽しそうだった。
経験のないことはだれだって楽しく思うものである。
その後何箇所かの木に塗り込み、なんとなく神社が臭くなったかもしれないと思いつつ、近くの川で袋を洗った。
「すぐ取れるの?」
「日が沈んでからだろうな。2時ごろに見にくるつもりだが、お前は今日もここに?」
「うん。起こしてね」
「見たいのか?」
にっこりと頷く。
正直な話、あまりいい光景にはならない。
欲しいものはカブトムシだが、そのトラップに引っかかるのはなにもカブトムシやクワガタだけではないからだ。
「じゃあ、俺は帰るから。暇だったらトラップ見てみるといいぞ。明るいうちは集まらないってことはないからな」
「うん」
一度神社に戻り鳥居をくぐって外に出ようとする。
「おっさん!」
「……なんだー?」
「名前はー?」
素直に言っても良い。
ただ、なんとなく、思いついた名前を言ってみようと思った。
「よしおだー」
「嘘つきー!」
人のことをよく言う。
手を振り返して鳥居をくぐる。
時計はもうすぐ6時だ。
帰ったら米を炊いて、母の帰りを待つことにしよう。




