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25日 22時17分

 

 チカチカ画面を睨みつけ、ただただ指を動かす。

 なにをしているのかを理解する必要はない。

 言われたことをやればいい。

 あとはそうだ、外に行くときは適当に頭下げて、食事はお断りして――そうしてまた仕事に戻る。

 早く終わったときはまっすぐ家に帰る。

 寄り道はしない。


「飲みに行こう」


 そんなことをよく言われるが断る。

 ああ、こう何度断っても、迷惑だってわかってないやつが多すぎる。


「すいません、父の治療費に使いたいのです」


 ああ、俺の言い方に問題があるか。

 これでは、何度か誘ううちに来てくれそうである。

 ひとつ言っておくと、父は7年前にすでに死んでいる。

 この会社には5年前に来たが、だれにもその話はしていない。

 俺がこの会社の人間に言うことのほぼ全てが嘘でできている。

 まあそれは、だれも得しないし損もしないから気にすることはない。

 いや、外食しない分、俺の食費は浮いているとすれば、俺自身は得しているというわけか。


 そんな適当なことを考えながらもカタカタとチカチカを繰り返して仕事が進んでいく。

 指を動かすだけでお金がもらえるなんて、そう考えるとなかなかにいい仕事ではないだろうか。

 あとは頭をさげる、か。

 一度お辞儀に500円とすれば、つまり一回ごとに昼飯が食える。

 悪くない。


「高木君」


「――なに?」


 少しばかり楽しかったのだが、水をさすやつが現れた。

 いつもいつもやたら声をかけてくる女である。

 飲みに行こうと毎回声をかけるのはこいつだ。

 もっと言えば、この会社で俺に声をかけてくるのはこいつしかいないといってしまっても過言ではない。


「藤堂さんが――」


「そう」


 伝言を頼まれたわけでもなく、呼んで来いと言われたのだろう。

 俺は飲みかけの缶コーヒーを一気に飲み込んで立ち上がった。

 変に視線が集まる。

 他人ばかり気にしている集団だ。


「用ですか、部長」


 藤堂正夫は、ぶあつーいメガネに息を吹き、細目で見上げる。

 ため息をつきながら、メガネをかけ、指輪のついた薬指で二回――メガネを整える。


「藤堂さんと呼んでくれといつも言っているはずだが」


 何が気に入らないのか、彼は名前で呼ばれることに拘っていた。

 俺にとってはそんなこと関係ない。

 何と呼ばれてもそう聞こえるように自分で努力しろ。


「まあ、いい。高木君、君はいつもいい仕事をする。だれよりも仕事が早いが、少しばかり問題があってだね――」


 少しばかりで済むなら、俺は随分評価されているようだな。


「君は休みの日もここに来ているね? 働きたい気持ちはいいものだ。ただ、その――無理やり働かせているように見えてしまうわけだよ。私の言っている事がわかるかね?」


「……ええ」


「明日からしばらく休んでくれたまえ」


「それは、ここから出て行けという?」


「ち、違います! ――よね? 部長」


 付いてきていたらしい水をさす女は、慌てて俺の前に立つ。


「も、もちろんだとも。そうだな、三日――」


「一週間くらいは――」


「そうだな、一週間だ! 高木君、君は一週間休むんだ。わかったね?」


 こそこそと話しているつもりらしいが、どうやらこの二人、なにか意図があるらしい。


「そうですか。じゃあいつも通りここに来ても問題はないですね」


「だ、だめです!」


 水さし子は、席に戻ろうとする俺を引き止める。


「ね? 部長」


「そ、そうだとも」


 水さし子が先に動いているじゃないか。

 やるならもっとうまくやれ。


「いいですか、高木君。一週間、会社に来る事を禁止します。しっかり休んで、また一緒にお仕事しましょう」


「……だそうですが、部長」


「た、立川君の言う通りだよ。うはは」


 休みの使い方を忘れてからどれだけ経ったのか。

 とりあえず今日は終電まで指を動かして、帰るとしよう。

 頭を下げて――ちゃりん――席に戻る。

 キーボードに手を置いたところで


「おい」


 頼りない音を立ててチカチカは止まる。

 犯人を睨みつけ、電源に手を伸ばす――


「ほら」


 犯人はコンセントから抜き取ったブツを見せびらかす。

 水さし子、ついに電源抜き子まで昇格しやがった。


「まだ途中で、おそらく保存もされてなかったが?」


「大丈夫です。高木君はいつもこまめーに保存してますから。席を立つ前に保存してましたよ。見てました」


「ああ、そうかよ」


 今度は人の鞄を持ち上げて、椅子にかけていた上着を持たされる。


「な、なんだ?」


「なんだって――帰るんですよ」


「まだ終電まで時間あるぞ」


「今日の終電は既に行った後です」


 にこっと笑みを浮かべる。

 腕を掴まれ外に連れ出され――そして駅前に立たされる。


「終電行った後なんじゃなかったのか?」


「言い忘れてました。始発も行った後ですね」


 舌打ちを残して駅ホームまで連れ込まれる。

 もうここまできたのなら帰るしかない。

 どうせ会社に戻っても、彼女が俺のパソコンの電源コードを持ったままだ。

 他人のパソコンから拝借するのは気がひける。


「なんです?」


 鞄をよこせと手を伸ばす。

 ふいっと背を向けて、彼女は一歩二歩と距離を取った。


「逃げねーよ。さっさと鞄渡せ。帰るから」


「どこに?」


「どこって、部屋にだよ」


「市ヶ谷でしたっけ?」


 そんなこと、誰かに教えたことなんてなかったはずだが。


「明日は8時に東京駅ね」


「なにかあるのか?」


 鞄を受け取り、なにか企んでいるのかと探ってみる。


「ちょっとしたお出かけですよ。知らない場所じゃないです」


「……そうかよ」


 ここで変に言葉を返せば、話が長くなってしまう。

 今日はすぐに帰ることにしよう。


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