表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

掌編作品(1~4000字)

絵空事~姉妹のアトリエ~

作者: はなうた

 姉妹愛というテーマを初めて書いてみました。

 私の掌編第25作目です。



 アルミ製の引き戸を開くと、油絵の具と微かな炭の匂いがした。

 締め切られた窓。人の気配はなく、部屋の隅には幾つもの木製のイーゼルが無造作に置かれている。

 私は乱れた息を整え、妹の彩矢あやを連れて美術室に足を踏み入れた。


 何とか校門が閉まる前に辿り着くことができた。

 ただでさえ運動音痴な私にとって、学校までの距離を走るのは少々辛かったけれど。


 すでに日は西の空に傾き、緋色の光が部屋全体を染め上げていた。

 昼と夜の境界。

 別の世界がこちら側に溶け込んでくるかのような、幻想的な時間。


 その光景に魅入られたかのように彩矢はただただ黙りこくる。彼女の横顔を見て、私は思わず溜め息を漏らしてしまう。それは陶磁のように白く、儚げで。夕日を吸い込んだその瞳も、この世のものとは思えないほどに綺麗だった。


「こんな時間になっちゃって……ごめんね」

「いいんだよ。それよりもお姉ちゃん、今日はよろしくね」


 同じトーンに少し明るさを加えた声で、彩矢は返してくれる。

 でも、これは私のわがまま。

 今まで美術部として色んな絵を描いてきたけれど、どうしても今日、彩矢にモデルになってもらいたくて、無理やりな形でここまで付き合わせてしまった。

 それに、彼女の顔色はいつもと少し違って見える。ぼんやりと前を向くその顔も、少しずつ緊張しているようだった。


「すぐ終わるから。硬くならないで……」


 少しでも彼女の強張りが癒えるようにと、私は彩矢の頬をそっと撫でた。



 彩矢に定位置についてもらう。キャンバスの左側からすぐ彼女の顔が見えるようにイーゼルを合わせる。私はそのまま椅子に腰掛け、背筋を意識的に真っ直ぐ伸ばし、鉛筆を目の高さに構えた。


 それからしばらく、キャンバスの白地に鉛筆の先を走らせる時間が続く。簡単に形をとり、時に弱く、時に殴るように強く、輪郭に陰影をつける。

 筆を進めるごとに、急ぎ足だった私の鼓動も少しずつ落ち着く。それと同時に、絵を――こうして彩矢をモデルに絵を描ける喜びで、私の胸は満たされていった。


 彩矢も私も一言も発さず、それぞれの役割に身を委ねる。

 手を動かしながらも、時おり彩矢の方へと視線をやる。

 少し首を傾げながら虚空を見つめる彩矢を意識するたび、胸の奥がぎゅっと締まった。

 心臓がひとつ、トクンと歪なリズムを刻んだ。


 いつも明るくて、優しい彩矢。

 可愛らしくて、綺麗で……ドキドキする。


 この感情は一体何なのか。

 私はとうの昔に気づいていた。


 私は彩矢に。


 実の妹に、




 恋をしている――



 ◇◇



 ――小さい頃から彩矢は私にべったりで、いわゆるお姉ちゃんっ子だった。

 私のおさがりの洋服に着られて、うしろをトコトコとついてくる小さな天使。当時人見知りで友達のいなかった私は、よく彩矢とオママゴトやお人形遊びをして過ごした。

 小学校での出来事やありもしない空想事。

 人形を通じて、色んな話を彩矢に聞かせる。すると彩矢は大きな瞳をキラキラ輝かせて、別の人形で相づちをうってくれる。このやりとりが楽しくて、私たちは毎日のように人形伝いのお話をした。

 そんな風に彩矢と二人で過ごす時間は、私にとって至福そのものだった。


 月日が流れ、季節が何度もその表情を変え、彩矢も少女から大人に成長していく。可憐な顔にも色が差し、身体の凹凸も女性らしくなっていく。ちょうどこの頃から、私は彩矢に惹かれはじめたのかもしれない。


 私の名を呼ぶ時、ちょんと小首を傾げる癖も。

 短く切り揃えられた髪を撫でる時、首の右側から小さなホクロが覗く瞬間も。

 彩矢の仕草の全てが、私の心を揺さぶり乱していた。


 高校に入り、美術部に入り、外部を遮断するように美術室に入り浸りだった私。そんな私とはまるで正反対に、彩矢は頻繁に友達と遊ぶようになっていた。

 明るくてよく気もついて……。そんな彼女がすぐ周囲の人気者になるのは、今思えばごく自然な事だった。


 そんなある日。

 私は、最大の不安を突きつけられる。


「お姉ちゃん。あたし、彼氏……できたんだ」


 伏し目で、照れくさそうに首を傾げて、そう告げられた。

 私は目の前が真っ白になった。

 彼女はすぐ目の前にいるのに、どこか遠くに行ってしまったかのような感覚がした。


「お姉ちゃんに一番に伝えたくて……へへ」


 今までに見た事もない表情で、彩矢は笑う。

 その日から、私を慕ってくれていた愛しい妹は、私すら知らない表情を……女の顔をするようになった。


 いつも一緒にいた愛しい妹。

 私の、私だけの、大事な彩矢。

 自分でない他の誰かを想いながら笑う顔なんて見たくない。


 ――彩矢は他の誰にも渡したくない。



 ◆◆



 だから今日、ここに来た。彩矢を私だけのものにするために。

 お姉ちゃんと慕ってくれる彩矢の、その優しい表情を絵に写し、自分の側に置いておくために――



 コテリ、と音がする。


 キャンバスからその音源へと視線を移すと、彩矢が台の上に片頬を押し当ててこちらを見つめていた。


「……彩矢? どうかしたの?」


 どこか悲しげな眼差しに吸い寄せられるように、私は彩矢の方へと歩み寄る。

 そして、その夕日に照らされた頬に触れた。

 あのつややかで柔らかな温もりはすでになく、代わりに私の掌が伝えてくるのは、冷たくて硬い感触。


「ああ、彩矢……。もうこんなになったのね……」


 時間が経ち過ぎたのか。できるだけ早くとここまで急いできたのに。

 せめて表情だけ・・でも描き終えられるようにと、彼女の身体を家に残してまで。


「ごめんね、彩矢。お姉ちゃん、もっと早く描かないといけなかったね……」

「ううん、いいのよ。お姉ちゃん」


 同じトーン。少し明るさを加えた声で彩矢は返してくれる。

 動かない自分の口の代わりに。

 私の口を通して。

 まるであの日のお人形遊びのようだと、私は思わず笑みを零した。


「それより、お姉ちゃん。あたし、寒くなってきたよ。温めてほしい……」

「うん、そうだね」


 絵を完成させるのは、もう少し後で。

 今は彩矢を温めてあげよう。

 彼女の強張りが少しでも癒えるように。


「彩矢……。あなたはずっと、私だけの彩矢だよ」

「うん、ずっと一緒にいようね」


 足早に光を失っていく美術室の真ん中で、私は冷え切った彩矢の頭を優しく抱きしめた。



 ただし非常に歪んだ愛情でした!

 あくまでフィクションですが、不快に思われた方いれば申し訳ありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 予想外すぎです。 最後の最後でホラーとは考えてもみませんでした。 スランプという言葉の意味をもう一回検索しないといけないほど、オチが素晴らしいです! この調子で本命も頑張ってください!…
[一言] まさかのホラーでしたか! いや、私はガールズラブものにはあまり興味がなく、冷やかし半分でページを開いたのですが、意外な私好みの展開に驚かされました。 いやー、面白かったです。なんていったら怒…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ