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色のない言葉

 ヒカルの後を追いかけて私は夢の街へ繰り出した。

「こっちだよ、ヤコ」

 路地を抜けたそこにあったのは真っ黒に染められた見慣れた街並み。

「わぁ……」

「あたしも初めて見た時はちょっと驚きだったなー」

 きっと誰が見ても驚くはず。建物も街路樹も標識も自動販売機も、その全てが影のように黒一色。だけど、星の無い空にも関わらず不思議と目は見える。確かに真っ黒なんだけれども、そこに何があって、そこまでどれくらいの距離があるのか。微かな濃淡の区別が驚くほど鮮明に判別できた。

「不思議……」

 そっと落ち葉を一枚拾う。感触は確かに現実のそれと何も変わらないのに、まるでカラスの羽のような黒さ。触れる一瞬前まで焦げて灰になる寸前にも思えるのに、掌の木の葉には僅かな陽の温もりと艶がある。

「こっちの世界のものに慣れるのには少し時間が掛かると思う。でも大丈夫。あたしだって理解できたンだし、賢そうなヤコなら楽勝だって」

 見渡す限り色があるのは私とヒカル、そして二人の肩に乗るライオットだけ。まるで目が痛くなりそうなくらいに鮮やかに浮かんでいる。

「ヒカルちゃんはこんなとこにずっと独りだったの?」

「うーん。独りと言えば独り、でも違うとも言えるかな」

 そう言ってヒカルはある場所を指差した。

「あ、あれって?」

 そこに見えたのは人影。遠いし真っ黒だしすぐには見えなかったけれど、確かに人の形をしてた。

「付いて来て、あれが何なのか教えてあげる」

 ヒカルの服の裾を握って彼女の背中にぴったりくっ付いた。

「歩きづらいって、ヤコ」

 ヒカルは笑っていたけれど、その影が近付くほど異様さに気付かされた。

「ヒカルちゃん、これって……」

「そ、これはあたし!」

 そこにあったのは間違いなくヒカルと同じ形をした影。大きさも表情も髪形も、服装だって今日一緒に遊んだ彼女と同じ制服を身に着けている。

「どういうことなの?」

「あたしは四ヶ月前。この道でトラックに轢かれそうになった」

「四ヶ月前?」

「うん。信号はちゃんと守ってたよ? でも右側から猛烈なスピードでトラックが突っ込んできて、気が付いた時には間に合いそうになかった。だけど次にあたしが目を覚ました場所はいつもの部屋の中で、現実には何も起こっていなかった。事故も無いし、なんだったらあたしがその日この道に来たこともぜーんぶリセットされちゃってた」

「それって……」

「きっとあたしはこの時死んじゃうはずだったンだけど、死んじゃうより一瞬早くこの世界に来ちゃったンだ。そしてライオットと出会った」

 ヒカルの顔から笑顔がいなくなった。鋭い目が私のことをじっと見つめる。ヒカルのことは好き。でも、視線の居心地の悪さに俯くしかなかった。

「だからあたしはこの夢の持ち主もきっとそうなんだって思ってる。死んじゃう寸前にこの世界を見つけて、心はこの世界のどこかを彷徨っていて、現実では今はきっとどこかの病院で意識不明の重体とかって感じ、かなって」

「でも、本当にそうだったとして、ヒカルちゃんはどうするつもりなの?」

「あたし? あたしがやることは決まってるよ、そいつをさっさと見つけ出して現実へ無事に連れて帰ってあげる。そしてこの夢を終わらせるンだよ」

「で、でもさ、もしも!」

「もしも?」

「もしも、この夢が終わっちゃった時、全部元に戻ったりしたらヒカルちゃんは……」

「死んじゃう、かもね」

 ヒカルは無邪気に笑った。その結末さえも楽しみにしているかのように見えて、私は少し彼女が恐ろしく見えた。

「ま、どのみち最後まで行けなきゃ結果に文句なんて言えないよ。途中で止めるのも自由だけど、私は諦めたくない。ヤコは?」

「私は、正直まだ何も決められない。色んなことが唐突過ぎて……」

「あたしは待つよ。答えが一緒でも、違っても。ヤコを否定したりしない。友達だもんね」

 いつも通りの無邪気な笑顔、でも何故だか私には少しだけ違う何かが含まれているように思えて仕方なかった。

 この夢に終わりが訪れた時。全てが元通りになるのだとしたら、ヒカルは轢かれる寸前に戻り、私は空へと投げ出される。

 そしたら全てが終わる。この夢が有る限り私達は生かされている、かも知れない。

 そんなことは有り得ないと信じたい。でも、有り得ないはずの現象に私達は巻き込まれている。

 今は信じられる事実が少なすぎて考えが纏まりそうになかった。

「ヤコ。返事はせずに話を聞いて」

 私の肩でライちゃんが囁く。

「確かに彼女が言っていることは正しい。だけど、だからと言って彼女を信用しちゃダメ。それだけは忘れないで」

「でも……」

「私たちライオットはこの夢に誰かが迷い込む度に生まれる。そして今までに何人もの少女がこの夢に落ちてきた。だからこの夢が続いている限り、選ばれた『ライオットガール』は増え続けているはずなのに、彼女達は常に極僅かしか存在していない。その意味が解る?」

「…………」

「方法は解らないけど、誰かがこの夢から他人を追放しているんだ。一体どういう腹積もりなのか……とにかく彼女だって容疑者の一人、鵜呑みはしないで」

 ライちゃんの言葉は理解に苦しむものだった。また延々と思考が回転して終わりが見えない。

 どうせなら全部夢で終われば良いのに。そう思い始めていた。

「ヤコー! 置いてくよー?」

 視線を前に戻すと、ヒカルはもう五十メートル近く先を行っていた。

「あ、直ぐ行くから待ってー!」

 真っ直ぐにヒカルを追いかけた。

 これだけ距離があってもその居場所がはっきりと見える。それに私達以外が存在していないかのように辺りは静寂に覆われている。少しの恐怖があった。だけど、ここはそれ以上に不気味に居心地の良さを感じさせた。

「この夢から追放されるたらどうなるの?」

 距離はあったけど、ヒカルにまで届かないように声を落としてライちゃんに尋ねた。

「この世界に存在できるのはライオットが選んだ人間のみ。ライオットが居なければこの夢を見ることは無いし、記憶することも出来ない」

「じゃ、じゃあ私は出来れば直ぐ帰りたいんだけれど……」

「ライオットを『色』で満たすことが出来たら、ね」

「色?」

「そう。じゃなきゃライオットとは離れられないし、もしも無理矢理に引き剥がせば夢を見る前に戻るだけ」

「それって、つまり――」

「死ぬことになるわね」

 現実で死を選び、そして後悔した人間をライオットは選ぶ。

 この夢は最後のチャンス。生きる為に残された道は先の見えない壁に挑む。ただそれだけだった。

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