プロローグ
無理矢理ゴミ袋に押し込められたコンビニ弁当の空容器が、乾いた悲鳴をあげた。
ここのところ毎日続いている夕食後の儀式の様なものだ。
キッチンにはシンクから溢れ出した食器の数々。そこだけが一週間分時間が止まっている様な気がして、俺は苦々しく舌打ちをした。
言動の一つ一つがいちいち癇に障る。
一緒に暮らし始めた頃にはわからなかった事だ。
加えて見下すようなあの眼が気に入らない。
ちょっと殴ったくらいで出ていくとは思わなかったが、それでいて自分が悪いのだと思う気にもなれなかった。携帯電話には一向に出る気配はない。いずれ戻ってきたら今以上に躾をしてやる必要がある、俺はそう思った。
弁当と一緒に買った缶ビールを二本ぶら下げながら、階段を上がる。狭い家だが一人でいるとやけに広く感じる。洗濯物の散乱した部屋の中。片隅に追いやられていたノートパソコンをテーブルの上に置き電源を入れた。立ち上がるまでの時間で二本目の缶ビールを空にすると、三本目のプルタブを開けた。デスクトップのブラウザアイコンをダブルクリックすると、見慣れたポータルサイトが読みこまれた。今日も暗いニュースと、くだらない芸能ゴシップと、興味の無いスポーツ記事が並んでいる。
「知恵袋」と書かれたアイコンをクリックする。知恵袋と呼ばれる、いわゆる教えて系のウェブサイトは、ふとした素朴な疑問から人生相談に至るまで、多岐に渡る様々な疑問、質問、相談に対しネット上の誰かが答えてくれるという実に便利なシステムだ。
あの日は色々あって途中までしか見られなかった。何気なく見始めたテレビ版再放送の映画。ベタなストーリー展開の割に、前半やたらと張られていたあの伏線が、最終的にはどう回収されたのか。結末が気になる。
タイトルや出演者、放送日時など、キーワードを変えながら検索を重ねていく。
そんな中で、とある質問に目が止まった。
夫を殺したいのですが、どうすればいいでしょうか?
驚いた。質問の日付を見ると、6月17日。午後11時02分。質問者 amami。
昨日だった。
だがすぐに、釣りというか、ネタだろ、と思い直す。そんな質問に回答してくれる人が本当にいるのか。
「毎日少しづつ薬を食事に混ぜるというのはいかがですか。英国の毒殺魔グレアム・ヤングはタリウムなどを混ぜたそうですよ」
「タバコの不始末という形で焼き殺してみては。家も旦那も保険をきちんとかけてから、ですが」
「いっその事、寝ている間にバットでアタマを叩き割るっていうのはどうですか。多分一番スカッとすると思いますよ。後始末は大変そうですけど(笑)」
「問題は死体の処理方法です。バラバラに切断した後、少しづつミキサーで液状にしてからトイレに流すという方法がおすすめです」
「庭に埋めるとしてもよほど深く掘ってから埋めないと、あとで臭いが大変ですよ」
ネタであるはずの質問に対する回答の数々は、意外なほどに生々しく、俺は不愉快な気分になったが、当の amamiと名乗る質問者は、どんな回答に対してもひとつひとつ丁寧にお礼の言葉を書き込んでいた。
そんな中、一人の回答が目に止まった。5時間前の書き込みだった。
「もし良かったら、お手伝いしましょうか?ビジネスとして」
お手伝い。朗らかな響きとは裏腹に、その言葉の意味するところはただ一つ。そしてビジネスとは、まさにそういう事だ。ブラックジョークにしては随分とエッジが効いている。回答者の名前はブラック・タンバリン。
そして、その下に書いてあった、amamiの書いた六文字。
「お願いします」
思わず口に含んだビールを吹き出してしまった。
殺しの商談までインターネットで受け付け、実行とは。今やどんな事でもネットで事足りてしまうらしい。
そして、それに対するブラック・タンバリンの回答。
「プラスの費用として、多少の金品もいただく形になりますが、最終的にはよくある強盗殺人として処理されるでしょう」
最終的によくある強盗殺人。
そんなのがよくあってたまるか。俺は笑いを抑えながら続きを読んだ。
「施錠していない裏口から侵入し、キッチン上部のブレーカーを落とします。あとは教えていただいた間取りに沿って二階に上がり実行します」
突然、家のブレーカーが落ちた。