第2章 3.ひとつの真相
第2章 3.ひとつの真相
聖堂を後にし、来た道のとおり橋を渡って旧市街側へ戻った。
12時30分。
変わらない観光客の人の波を避け、喧騒から少し離れてレストランを探す。
「ごはん?」
「うん。おなかはすいている?」
「うん、きて」
案内してくれるのなら、任せよう。
連れて来られたところは、少し歩いたところにあるテラス付きのレストランだった。
テラスへ続く扉を引いて道を開ける。後ろからついてきたナタリアはこちらを見上げて言う。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ナタリアにつづき、テラスへ出る。
テラスには緑が多く、木々が木漏れ日を作っている。日差しをさえぎられて影を落とした4人掛けの席を選ぶ。
脱いだジャケットを背もたれにかけ、席に着く。
もう少しで、気温もピークを迎える頃合いだ。
「これから、人と会う約束もしていてね」
「だれ?」
「誰だろう。説明しにくい」
「なまえは?」
「知らないんだよ。僕たちはあまり名前を教え合わないから」
「そうなの」
少しの沈黙。揺れる木漏れ日が少女の顔に映る。
「ここで会う約束?」
「いいや。場所は指定していない。でも、どうせ勝手に来る」
「そうなの?」
相変わらず、俺は付け回されているんだろう。
***
案の定、約束の男はそんなに待たない間にやって来た。ウェイターがメニューを持ってくるよりも早くだ。男は西洋人らしいブロンドの髪を短く切っている。相変わらず、グリーンのポロシャツにジーンズという街の人に溶け込む姿だ。
「どうやったのですか?」
俺の対面に座り、ブルーの瞳の男が尋ねる。
何について尋ねているのか。男は隣に座る少女に視線をやり、また私に視線を移す。目に移ったその動きを見ていれば明らかなのだが、あえて問う。
「なにがだ?」
「……この少女です。なぜ貴方の隣に」
「この子が望んだことだ」
「うん」
「――そうですか。まあ、由としましょう」
事実を言ったまでだ。納得した様子でもないが、ナタリアが頷くのを見て諦めたらしい。
「あまり、あそこから移動して欲しくないのですが」
「どうしてこの子はいつも天文時計に?」
「簡単ですよ。その子の親に当たる方がそこで働いているからです」
ただ……と続ける。
「もう知っていると思いますが、その子の力は絶大といって良いくらいです。それ故にこの子は街中を観ることができるんです」
「そちら側としては、失うわけにいかないか」
「もちろんです。身を守る術も教えてありますから、そこまで心配はしていませんが」
「うん、だいじょうぶ。これがあるから」
色とりどりのガーネットがあしらわれた銀のユリの花のペンダントを右手に持ち、ナタリアはこちらを見て言った。
メニューを持ったウェイターがこちらに来る。そこで、この話は仕舞いとなった。
***
「まず、昨日捕まえた男についてです」
1リットルほどのビールを飲みながら話を始める。この国の成人男性は1日平均1リットルのビールを消費しているらしい。この男も例に違わないようだ。
「人様が泊まっているホテルに6本足の狼を送ってきたやつか」
俺はいつも通りに水を注文した。
「ええ。魔物とはどれもこれも珍妙な姿ですね」
「こんちゅう?」
ナタリアはノンアルコールのフルーツカクテルに口をつける。
「似たようなものだよ」
「どこがですか? 貴方はこの子がいると表情から口調までがらりと変わるのですね」
「気にするな。で?」
「本題に戻ります。あの男の魔術自体はご存知の通り、使い魔……低位のものだけですが……を使役するものです。彼は使い魔を使って、街中を調べていたようですね」
「何を調べていた?」
「秘宝の在り処、といったところですね」
「やはりか。具体的に何かってことは聞き出せたのか?」
「在り来たりな答えが返ってきましたよ。魔術師は、自分の魔術を発展させることだけしか考えませんから。かつての王の中に、高位の悪魔を具現化させ、それを捕まえる術を持っている人物がいました。その術を記録した書物だそうです。そういう人物がいたことは事実ですが、書物があるのかは不明ですね」
――――俺と同じか。魔術が違うため求めるものは違うが、ここにいる理由は同じだ。
「結局、見つからなかったそうです」
「そうか。あいつはかなりの魔物を使役できそうだったんだけどな。探す方法が悪かったのか」
「どうですかね。それはわかりません。それと、目撃した魔術師は7人だそうです」
「その中には、あなたと劇場での2人も含まれています」
7人で全てだとすると、俺の知らない魔術師は残り4人ということだ。
***
「2人の男については?」
「彼らについてですが、詳しく説明して頂いたので簡単に分かると思ったのですが」
テーブルに肘をつき、両手の指を交差させて握る。ブルーの瞳が閉じられる。
「わからなかったのか」
「いいえ、特徴と一致する人物はいました。ただ……」
「なんだ?」
「いえ、まあいいでしょう。この街ではよくあることです。彼らは昔からここにいる人ですね。2人は兄弟です」
「うん」
ナタリアが頷く。
「それと、魔女と魔術師ですが、彼らはその兄の側近みたいなものですね」
「やはり、あの2人は関係があったのか」
「魔女の方もかなり魔術に長けているはずなのですが、良く倒しましたね」
「魔術を使わせなかったからな」
「ああ、そういえばそうですね。昨日の夜の戦い、見ていましたが、言葉通り秒殺でしたね」
最悪なことに、秒殺できなければ俺の負けみたいなものだからな。
「ところで、その魔女なのですが……魔女の死体はありませんでした。スーツを着た人たちの死体はあったのですが」
「なに? ――回収されたということか? もしくは殺せていなかった? 確認しては居ないが……いやだが、心臓にナイフを3本突き刺したんだ……」
「まあ、落ち着いてください」
「あのひとたちは、しなない」
ナタリアの顔を見る。いつもどおりの無表情のまま、そう言った。
「ナタリア、それはどういう意味なのかな?」
「しなない。もう、しんでいるから」
「どういう……」
「やはりですか。先ほども言いましたが、この街ではよくあることです」
「どういう意味だ? いや、アンデット……ということか?」
「ゴーストという意味のほうが正しいですね」
「ゴースト……。だが、ナイフは刺さった。実体をもっていたが」
「そうですか。この街では、よく人は生き返ります。これは、昔からなんですよ。普通は、朝一番に天文時計の鶏が鳴くと同時に幽霊も悪霊も姿を消すのですが。あれには、そういう力があります。あれは術式のかたまりですから」
「うん、よるはいる。あさ、きえる」
「ですが、肉体を持っているものには効果はないようですね。極めて高度な降霊術というところでしょうか」
「この街に起きていることが原因なのか?」
「ちがう」
「ええ、違うでしょう。むしろ、逆です」
「逆? どういう意味だ」
「肉体をもつゴーストが蘇ったから、この街は今、異常なのではないかと。私たちはそう考えています」
「待て、それなら。――――その雇い主の2人は?」
「もちろん、ゴーストですね。外見的特長から言って、歴代の王の2人です」