第1章 3.話し合い
第1章 3.話し合い
劇場を出てから30分ほど歩き続け、尾行がないことを確認し緊張を解く。時計は12時45分を少し過ぎた時間を指している。
今はもう、ネクタイを外し、傷ついたジャケットを脱いで左腕にかけ、シャツの袖を肘まで捲った格好をしている。
気温は25度だが、日差しが強い。じんわりと汗が浮かぶ。
街の一角にあるレストランの前で立ち止まり、扉の上に書かれたレストランの名前を見上げる。
「飯はここでいいか」
そう呟いた途端、隣に立つ人の気配に感づいた。付けられていたのか。どうにもいけ好かない男だ。
「昼食、ご一緒してもいいですか?」
視線を左下に移すと、ブルーの瞳の男が視界に入る。
「ここは、チェコの家庭料理を出すことを売りにしています。もちろん、観光客にも人気があります。お薦めですよ。それでは、入りましょう」
「おい。まだ何も言っていないだろうが。誰が一緒に食うと言った?」
「貴方は目上に対する礼儀が欠けているようですね。まあ、構いませんが」
「お前、年上だったのか。西洋人は年齢が分かりにくい」
テキトウに答える。
「貴方よりも10は上ですよ」
レストランの扉を開きながら、顔だけこちらを向いてそう言ってくる。知ってるよ。
落ち着いた雰囲気が漂う広めの店内だった。ほとんどの席が埋まっている。西洋人ばかりだが国籍は様々だが、言語の入り乱れた会話が飛んでくる。
ウェイターに案内されて中央あたりの席に着く。他の店とは違いどこか丁寧な態度。多少は良い店かもしれない。メニューを差し出してカウンターに戻って、その後少ししてからまた戻ってきた。
メニューを選んで注文しようとすると対面の男に止められた。
「こちらがおすすめですよ。せっかくこのレストランに入ったのです。チェコの家庭料理というものを食べなくては。こちらを2つで」
「かしこまりました」
何勝手に決めてるんだ、こいつは? だが言い合いをしても仕方がないから諦めた。
「お飲み物は、いかがなさいますか」
「水を」
「赤ワインをお願いします」
ウェイターはメニューを下げ、立ち去る。こいつ、酒ばかりだな。それに文句もある。
「お前、かなり傍若無人だろ」
「さあ、どうですかね」
***
無意味な雑談をしばらく続けた頃、平皿に乗った料理が運ばれてきた。
「また、肉だけか、この白いのはなんだ?」
「美味しいですよ。肉はポークです。そちらは蒸しパン。かけてあるのは、マッシュルームのクリームソースです。私も子どもの頃、よく母親が作ってくれました」
「お前らは野菜を取らないのかよ?」
「ところで」
「話を逸らすな」
「ベジタリアン・メニューというのがありますよ」
「分かっている。お前が止めなければ、頼んでいたやつだ」
「まあまあ、それでですが、あそこで何がありました?」
「あ? 教えるか」
「協力すると言っていたではありませんか。何か不都合でも?」
ナイフで肉を一口大に切り、口に運ぶ。割りと美味い。
「いいや。話せることが少ないだけだ。魔女を1人、人間を6人殺した。魔女と一緒にいた2人は先に出て行った。もう一人、魔術師がいたが一戦交えてそのまま。その後は知らん。他には何もない」
「2人の男と魔術師、こちらで調べましょう。詳しくお話していただけますか」
「天文時計の子に聞けばいいだろうが。どうせ、あの子も観ていたんだろ」
「あの子ですか。残念ながら意思の疎通が難しいのです。いつも正しく情報を得ることができません」
言い終えてため息をつく。確かに口下手そうだったが。
「そうかい。男、歳は50前後、身長約165、横に大柄。もう一人の男、同じく50前後、身長約190、細身、左首に傷」
「傷ですか? どのような?」
「あれは、刃物だな。実物か魔法かは知らん」
「なるほど」
「それと魔術師。歳は30前後、ブロンドの髪、オールバック、身長約180、細身。武器は拳銃とガーネット」
「ガーネットですか。どのような使い方でしたか?」
「黒のガーネットだった。宝石を中心に力場を形成。飲み込まれた空間は歪曲した後、灰になった。壁や椅子には効果がなかったが」
「ほう。珍しい使い方ですね。歪曲させて、灰にするという部分でどのような術式なのか推察できません」
「それなら複合型だろ。2つ以上の魔術を組み合わせている」
俺が護符とタロットを組み合わせるように。
「詳しいですね。さすが、占術協会の中でも十指に入っていただけのことはありますね」
男は赤のワインが入ったグラスを右手に持ち、ゆっくりと回す。
「ち、とうの昔に追い出されている。それに触れるな」
この男、よく調べている。だったら、俺が何を使うか知っているのだろう。朝、こいつにカード――《こん棒の10》――は通用していなかったのか。嵌められた可能性のほうが高いな。
***
14時20分。あの男と別れてから、天文時計――ナタリアの元――へ向かっていた。急ぐわけでもなく、あくまで観光客に溶け込むように。
朝、彼女の目にこの街はどう映っているのか尋ねた。そのときの回答から推測すると、俺と同じ目的を持った人間がまだ大勢、この街にいるということになる。それは魔術師も含んでいる。死神のようだといった。ドレスの女を殺した自分は普通の人からすれば、死神と表現されてもおかしくない。つまり、大勢の、人を殺せる魔術師を意味すると推察できる。
もう少し、詳しい情報が欲しい。少女はまだあそこにいるだろうか。
占術協会か、俺も俺の母もそこに所属していた。だが、ある時、母は協会を抜けた。俺も5年前、追い出される形でそこを去った。母は触れてはいけないものに触れた。気がつけば、俺も同じように触れてはいけないものに触れていた。
「血は争えないな」
協会の一人がそう言っていった。
ふざけるな、俺が触れたものなど高が知れている。母は優秀だった。俺はその10分の1にも届いてはいなかった。5年経った今ですら、俺は母が触れたものに手が届かない。
そういえば、彼女は元気だろうか。同じく協会にいた少女。9つも離れているというのに、よく懐いてきて妹のように慕ってきた。5年前のあの日、彼女はまだ10才だった。今、彼女は15才になっている。来年は、高校へ上がるのだろう。
外見など何も似てはいないが、彼女と天文時計の少女は何か似ているのかもしれないな。
「アイスでも買っていくか」
ちゃんと食ってくれるんだかな。
***
悪魔バエルの力を借りて体を不可視の魔術をかけ天文時計の中へ入る。
塔の展望まで登るために、いちいち金を払ってもいられない。
だいたい、朝行ってまた昼間に来るなど、不審に思われてしまう。
展望の上にたどり着く。
柔らかな風が吹き抜け、黒い前髪を揺らす。目の前の少女、ナタリアもまた、ウェーブのかかったブラウンの髪を風になびかせていた。
パタンと膝に乗せていた百科辞典のような分厚い本を閉じる。
「こんにちは、セージ」
見えているのか。そこまで得意な魔術様式ではないし、魔眼の持ち主相手では、効果がないらしい。だが、目的は別なのでよしとする。
「こんにちは」
「セージ、ここに食べものをもってくるのはだめ」
「食べるかい?」
両手にはコーンに乗ったアイスクリーム。乱立するアイスクリーム屋からテキトウに選んだものだ。
「ここで食べるのもだめ。ママにしかられる」
ナタリアはそっぽを向いてしまう。
「溶けてしまうよ。食べ物を粗末にすることも良くない」
「…………ほんとうは良くないんだよ」
「そら」
そっぽを向いたまま言う少女に右手のアイスを差し出す。批判していたってのに素直に受け取ってくれた。
「ナタリア、僕は君に聞きたいことがあるんだ」
ナタリアはアイスに刺さっていたプラスチックのスプーンを手に取り小さな口に一口運ぶ。
「おひるの、どうやったの?」
質問の前に質問される。教えてくれるなら、教えるということか。お昼の……。心当たりはひとつだけだ。
「観ていたのか」
「セージはつよいんだね。でも、あの人のまほうもとても強かった。けっかいがあんなにかんたんにこわれたりしない。……てっぽうを持っていた人たちもぜんぜん当たらないの、あせっていた」
「当たらなかったのは、特別な幸運の加護の魔法おかげで、結界を砕いたのも特別な魔法だよ」
「でも……変……どういうかご? セージにけっかいとか、なかった。止めたんじゃなくて、ただ当たらなかっただけみたいに」
「あれは特殊な魔法でね。当たらないことが確定しているんだよ。弾を結界で防ぐとかではないんだよ」
「むずかしい……。けど、なんとなくわかった。でも、セージ、傷だらけになった」
「そうだね。それが幸運の加護のカードを使うデメリット。あとから振り返って幸運だったと思う状況。つまり、弾がぎりぎり掠るんだよ」
ナタリアは、納得したようなしていないような顔をする。アイスを掬い、口に運ぶ。
「じゃあ、あの5まいは?」
「『過去』を指すカードの意味は八方ふさがり。実際にはそうではないけれども、足元に防御用の魔法陣があったからね。あの魔女は、その魔法陣を頼るためにその場から動けなかったから。『現在』は勝利の予感。勝てると思っていない魔術師はそうはいない。『未来1』は、急な不幸。そのままの意味で、あの状況での不幸は、結界が突破されること。それを解決する分岐点が『解決法』で、うぬぼれによる失敗を意味するカードだよ。勝てると思わず、逃げようとすればよかった。そうすると、『未来2』が確定する。仲間もやられて孤独になって大変な思いはするけれど、それで済む。その後は、戦いが続いていたんじゃないかな」
ナタリアは、溶けて手まで届きそうになったアイスを舐め取る。
「それじゃあ、僕から質問だ」
「うん」
「僕が劇場に入る前に魔女と一緒にいた太ったおじさんの人と背の高いおじさんは、どういう人だか分かるかい?」
「7日まえにこのまちにきた。2人の死神といっしょに」
「2人の死神……」
殺した魔女ともう一人……。あのブロンドの髪をオールバックにした男だろうか。もしくは、あの男は別で、魔女の仲間の魔術師が他にいるのか。現段階では、どちらの可能性も考慮しておくべきだ。
ナタリアは続ける。
「いつも、はしの向こうにいる」
あちら側か。
この街は、ヴルタヴァ川と呼ばれる大きな川により2つに分断されている。かつての王の城があるあちら側と天文時計の置かれるこちら側だ。
「あしたのあさ、また来て」
「え?」
終わりを告げ、アイスを食べることに集中したようだ。あの男が意思の疎通が難しいというのはこういうのも意味しているのだろうな。きっと、今日はもう答えてくれない。そんな気がしたので、質問はこれで終わりにした。
今日のナタリアはよく話したと思う。2度目だからか、アイスクリームの効果かは分からないが。
この少女に優しく接したくなってしまう理由はなんだろうか。
髪の色も顔の彫りも性格も全く異なるが、年齢が近いからなのか、日本で別れたあの子と重ねてしまうからかもしれない。
得られた情報は、2つだけ。2人の男は橋の向こうの城下町にいる。そして、彼らに関係する魔術師が一人いるということだ。
明日は、あちらへ行こう。