表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プラハの魔術師 ー5秒未満の未来の先にー  作者: はせ
第1章 ~1日目~
4/16

第1章 2.10秒未満の歌劇

第1章 2.10秒未満の歌劇


 タロットカードは2つに大別できる。万物の始まりから終わりまでを描く22枚の大アルカナと、こん棒・剣・金貨・杯で構成される56枚の小アルカナ。

 タロットは占うという面で力を発揮する。


 『占い』の定義は、『未来を知る』ではなく、『未来に干渉する』であるといえる。


 明日、普段通りでは身に危険が迫る。ならば部屋でじっとしていよう、という具合に、用意されていた未来を変えてしまう。本来であれば、大怪我をしていなければいけないにも関わらず、その未来へのルートを辿らず、他にある無数の未来のどれかに進むということだ。


 言い換えるなら、確定している未来から逃げる行為だとも言える。


 魔術の師である母は違った。


 逆に未来を確定させる手段に辿り着いた。無数のルートのどれかではなく、術者が決めた、たった一つのルートに進む魔術だ。

 しかし、残念なことに確定できる未来は数秒間だけだった。運命の分岐点は多数あり、一つを選んでもすぐにまた別の分岐点が現れる。結局、1時間後どころか1分先の求めた未来にすら辿り着くことはできなかった。


 確定させた数秒後の未来に進むだけのこの魔術は、俺にとっては十分でもあった。今までの経験上、魔術師同士の戦闘はたかだか数秒で決着がつくからだ。


 ***


 時計を見る。10時15分。インターホンを押し、ホテルの扉を開けてもらう。


「あら、早いわね。忘れ物?」

「ああ、ちょっとね。そうだ。午後からオペラを観にいくのだけれど、この服装で十分かな?」

「そうねぇ。タイは持っている? もしあるならその方がベターよ」

「そうか。ありがとう」


 礼を言い、階段を昇る。部屋の扉に手をかけ、特に不振な様子がないことを確認する。部屋に入り、灰色の目立たないデザインのスーツケースを開く。


 中は衣服と仕事道具がほとんどだ。いくつものタロットのデッキから、ごく普通のウェイト版と悪魔を基調としたデザインの2つを手に取る。前者が自分自身に対し使用するもので、後者は敵に対する迎撃用だ。


 カードを選定していく。

 大アルカナからは《吊るされた男》のみを取り出す。


 大アルカナは、大局を占う時に使う。通常、魔法陣と組み合わせて使うもので、街角のにわか占い師ですら、カードを切るテーブルには魔方陣を描いている。また、魔術に使うときも、やはり魔方陣を必要とする。儀式的な要素が大きく、戦闘には不向きだ。


 小アルカナは、数が多く、細部まで占うために使われる。ただし、大アルカナと比較して、小さな意味しか持たない。しかし、魔術として使用するときは、その力の小ささから、特別に魔方陣を必要としないため扱いやすい。


 小アルカナの中で特に加護が強いものと敵を打ち倒すことに向いたカードをウェイトと悪魔のそれぞれから選び出す。


 刃渡り10センチメートルほどの小型ナイフをテーラードジャケットに仕込んでいく。ナイフとタロットという組み合わせは意外と使いやすい。

 中距離は拳銃ではなく高速で打ち出せる簡易魔法で代用してきた。



 部屋に置かれた電話の横にあるメモ用紙から1枚切り取る。

 愛用の万年筆を手に取り、大きく2重の円、その内側に円に沿って記号と6つの単語、そしてまた円を描く。記号と単語が2重と1重の円に閉じ込められる。その内側に円に接する正四角形を描き、それを16分割する。16のマス目を一文字ずつ埋めていく。文字は全てヘブライ。組み合わせると聖なる4人の神の名となる。《土星の1の護符》と呼ばれるものだ。


「っと、忘れるところだった」


 ネクタイをスーツケースから取り出し、結び、ホテルを出た。


 入り口の扉に護符を貼りつける。その上にタロットを押し付ける。護符とカードは扉に沈み、もう普通の目で見ることはできない。


 《土星の1の護符》は、あらゆる悪霊の侵入を拒む。《大アルカナ 吊るされた男》は、あらゆる悪霊を捕らえて放さない。一見矛盾した組み合わせにより、この魔術は完成する。魔術師が相手なら話は別だが、使い魔や使役された獣ならこれで問題ない。



***



 11時30分。オペラが行われる劇場に着く。次の公演まで十分に時間がある。

 劇場の周りを一周し、特別な施しがないことを確認。

 ブルーの瞳の男の言う午後という時間にはまだ届かない。


『午後から素敵なオペラの公演があります。ぜひ、観に行くと良いですよ』と男は言っていた。


 公演を観る必要があるのか?

 『観に行く』であり、『観ると良い』ではない。

 深読みなのかどうか。

 けれど、今は確実に情報を収集しておきたい。

 何かが起きるなら、公演の前か後か、もしくは公演中。

 先に忍び込み、身を伏せておこう。


***


 劇場へ入り、舞台場の扉を開けようと、右手を伸ばす。


「っ」


 扉に触れる瞬間、指先に電気がピリっと流れる感触が走る。静電気に似ていた。だが、それとは別。ホテルの扉に仕掛けた護符と同じ類の結界が張られている。間違いなく、魔術師がいる。この仕掛けを施して立ち去ったのか、中に居るのかは分からない。


 どくんどくんと心臓が鳴る。何度も経験してきた高揚感。

 ばれずに忍び込めるのか。

 頭の中で攻撃が襲ってきたときの対処法を反復する。

 だが、ばれたならそれでいい。

 可能であるなら、一人だけ生かし、情報を聞き出す。

 いつも通りにやる。

 それだけだ。


 警戒し、ゆっくりと音を立てずに押し開ける。体がぎりぎり通れるだけ開いた扉からすっと中に入り、体を低くして、手前の椅子に身を隠す。その間に確認できた人間は7人。

 きらびやかな金色の内装。舞台の背には、一面を覆う壁画。扉と舞台との間には、200近い椅子が並べられている。客席の最前列付近に5人いた。腹が大きく出た横にだけ大柄な男、細く長身の男。共にタキシード。黒いAラインのイブニングドレスを着た細身の女。そのまわりに2人の黒いスーツの男。全て白人。左右の壁は全てボックス席で埋められている。人影なし。入り口の扉上部にも椅子が敷き詰められた2階と3階が存在する。上からも足音。異なるリズムで鳴る足音を数える。4人いる。歩幅から全て男。音の大きさから彼らは2階。身を伏せているこの最後列は、彼らからは死角だ。気付かれないように扉近くから最後列中央へ移動する。


 大柄な男と長身の男が会話をしている。他の人間は会話に参加していない。


「……………………」

「……………………」

「……さん、……です。……そろそろ……」

「そう……れでは、この辺で終わ……ましょうか」


 不明瞭な会話。ドレスの女が会話に入り、2人の男は会話を止めた。2人の男の足音が扉に近づき出て行った。出て行ったのは、大柄な男と長身の男だ。


 劇場に残るのはドレスの女と2人の男、上の階に4人の男、計7人。様子を見る。


「出てきなさい」


 女の声。静かな命令。誰に対する言葉か。むろん……。


「ち」


 ばれていたか。


 立ち上がり、入ってきた扉の前を横切り、右の通路へゆっくり歩む。視線は、女へ。この女がリーダーのようだ。胸の高さまで届くウェーブのかかったブロンドの髪。切れの長い眼。不敵な笑みを浮かべている。スーツの男たちはただこちらに視線を送るだけ。


「さっきの会話、聞こちゃってたかしら?」

「あいにく、全く聞き取れなかったよ」


 平静を装う口ぶりで返す。


「そう。でも、信じるわけにもいかないわね。私たちになにか用かしら? あの扉を開けて入ってきたということは、あなたも同じなのでしょう?」


 魔術師なのでしょう? そう言っている。


「お前らの目的は?」

「あら、質問に質問で返すのね。それはこっちのセリフよ。アジア人の魔術師が来るなんて聞いてないけれど。まあ、いいわ」


 スーツの男が拳銃を取り出しこちらに向ける。それなら、こちらも構わない。


 ヒュッ。


 左手首の仕込みナイフを右手で取り出し、女の右隣にいるスーツの男に向けて投げる。


 キン。


 ナイフは男の手前1メートルで何かに当たり、弾かれて床に落ちる。


「結界か」


 目の前には、スーツ姿の拳銃を構えた2人の男とその後ろに構える魔女。左背後2階に4人。恐らく、同じように拳銃を構えている。


 ――[00:00.000]――

 敵へ向けて疾走。内胸ポケットのカード、《逆位置 剣の10》――束の間の幸運――に魔力を注ぐ。約束された5秒未満の幸運。カウントダウンが始まる。拳銃が発するパン、パンという乾いた発砲音。


 ――[00:00.518]――

 右の二の腕にナイフで刻まれたような痛みが走る。


 ――[00:00.746]――

 左太もも、右肩、右わき腹、左頬に焼けるような痛み。全て無視。


 ――[00:01.349]――

 右手でジャケットの右ポケットから5枚のタロットカードを取り出し、放る。ゴシック調の、全てが悪魔で描かれた攻性のタロットだ。


 ――[00:01.757]――

 それは、眼前で十字架を描くように配列される。


 ――[00:02:375]――

 続けて、右手首を捻らせ、袖の仕込みから5本のナイフを取り出し、投擲。


 ――[00:02:797]――

 それぞれがカードに垂直に突き刺さり、そのまま十字を描いて敵の結界へカードを縫い付ける――縦に3枚、中央の左右に2枚が並ぶ――。

 過去――《正位置 剣の8》――八方ふさがり

 現在――《正位置 こん棒の6》――勝利の予感

 未来1――《逆位置 剣のエース》――急に訪れる不幸

 解決法――《逆位置 剣のナイト》――うぬぼれによる失敗

 未来2――《逆位置 こん棒のペイジ》――孤独による苦労


 ――[00:02.999]――

 後ろから、左首筋に痛みが走る。皮膚を焼き、血管を傷つける。少ない血しぶきが上がる。無視。


 ――[00:03.207]――

 見えない結界に亀裂が入り、そのまま砕け、同時に足元に描かれた魔法陣が効力を失う。


 ――[00:03.386]――

 想定外か、魔女の目が見開かれる。その隙は逃さない。同時に、右手で空を切る動作。


 ――[00:03.535]――

 風の刃がスーツの男たちを襲う。自身にかけた幸運と、相手にかけた不幸の未来。風の刃は、男たちの首筋を傷つける。血しぶき。こちらとは比べ物にならない量。致命傷。


 ――[00:03.832]――

 崩れる2人。同じく刃は魔女を襲ったが、効果なし。なんらかの魔術的加護が働いている。


 ――[00:04.056]――

 女が不敵に笑いを浮かべ、右腕を上げる動作。


 ――[00:04.234]――

 同時に人差し指が1センチメートル上がったその刹那。


 ――[00:04.425]――

 反撃はさせない。右手でカードを放る。先ほどと同じ悪魔のタロット、《正位置 剣の3》、描かれる絵は、悪魔の心臓を貫く3本の剣。


 ――[00:04:585]――

 続けて、左袖に右手を差込み、3本のナイフを取り出し、カードに向けて投げる。


 ――[00:04.709]――

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 バリンッ

 ドス。

 見えない何かをコンマ数秒間削り、砕き、魔女の胸にカードが1枚、ナイフが3本。


 ――[00:05.010]――

 吐血。


 次だ。振り向きざまに右手で空を切る。風の刃。横目に魔女が倒れ行く。劇場、2階の客席。拳銃を構えたスーツの男が4人。頭部切断1名、首切断2名、胴体切断1名。ずれ落ちた後、それらは崩れる。

 確認できた7人は全員死亡。終わった。劇場全体に注意を払う。


 パン。

 音と同時に前へ飛ぶ。


 パン。

 弾は足元へ着弾。


 左、ボックス席、3階。タキシードの男。一人。

 立ち上がり出口へ走る。同時に右手で空を切る。効果なし。かき消された。


「ち」


 短く舌打ち。


「あいつにも魔術の加護が」


 銃声がやむ。駆ける足を止め、立ち止まり、タキシードの男へ目を向ける。鋭い眼光。白人。ブロンドの髪をオールバックしている。身長は約180センチメートル。銃を使うが魔術師でもあると推察される。次のカードを選定。右手にナイフを、左手にカードを、そして内ポケットのカードに――抜き、取り、念じる。同時に扉へ向けて疾走。


 パン、カードを放る、パン、ナイフを投擲、パン、カードに穴。


 目の前を、黒く輝く小石が通り過ぎた。まずい。


 カン。壁に当たり跳ね返る。また目の前へ。


 全身を低くし、足を前に投げ、スライディング。即、体を畳み、足裏に力を込め、ヘッドスライディングへ移行。


「く」


 くぐもった声が漏れる。左腕と右手の平で着地し、体を畳み、両足で地をつかむ。


 ブゥゥン、と音を立て、さっきまでいた空間、黒い石を中心に半径1メートルを、球状の力場が襲う。打ち抜かれたカードが一枚、ぐにゃりと歪み灰になる。壁や椅子に効果はない。

 そのまま、扉まで走り、廊下へ飛び出す。

 パン、パン、パンと3回の射撃音。


 あれは、危険だ。こちらの魔術では対抗できない。引くしかないと判断し、外に続く扉へ急ぐ。そして、そのまま観光客に紛れていった。



***



「あれはガーネットだったな。この地の加護を受けた魔術……」


 チェコはガーネットの産出国。その宝石は、プラハの至るところで売られている。どのようなものであれ、その土地に根付く魔術は、他の地域で使う以上の効果を生み出す。


 得たものは少ない。けれど、大柄な男と長身の男、そしてタキシードの魔術師。あの3人は今回の件に関係している。顔は覚えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ