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プラハの魔術師 ー5秒未満の未来の先にー  作者: はせ
第0章 ~0日目~
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第0章 一抹の不安

第0章 一抹の不安


 18時。


 チェコ共和国の首都プラハの空港に着陸し、タクシーに乗り、ホテル――天文時計から徒歩3分――まで向かう。


「日本からかい? 観光?」

「ああ、日本人だ。そう、観光だよ」


 黒の髪と瞳、彫りの深くない顔立ちを見れば、日本人であることは一目瞭然なのかもしれない。


 むろん、観光なんてのは嘘だ。仕事だといえば、どんな仕事? どこに用? と情報を聞き出されるなんて面倒は御免だ。



 予約したホテルに着く。この土地らしく、インターホンを押して扉を開けてもらい、ホテルのロビーに入れてもらう。

 ロビーのカウンターの年配の女性は、

「門限以降は、インターホンを押しても私が居ないかも。私次第ね」と笑いながら話している。


 最悪、ホテルに入れないってことか。逆に、セキュリティが硬いとも言えるが。


「And, breakfast, this is very important,――それと朝食だけれど、これは重要よ――」

 とゆっくりととても重要そうに言ってから、「朝食は朝8時からよ」と言う。


 ヨーロッパ圏、特有なのか? 彼らにとって朝食の時間は大切なのかよくimportantと言う。


「I see. I'll never forget.――わかりました。絶対に忘れませんよ――」


 と大げさに返して、お互いに笑いあう。

 いちいち面倒だが、無意味に関係をこじらせる必要もない。


 エレベーターを降り、3階の左手奥の部屋へ向かった。

 鍵を差し込み、ガチャリと開け、中に入る。入って左手にトイレ一体型のバスルーム、向かい側は液晶テレビのあるリビング、さらに直進するとベッドルーム。あいにく一人なのだがツインだった。

 広いな、日本とは大違いだ。

 スーツケースをリビングに置く。


「ここまで13時間、時差が8時間。それに、サマータイムで1時間のずれか」


 見事に時差ボケだ。ベッドに倒れ込みたいが、寝るには早いし、人と会う約束もあった。

 ホテルを出ようとロビーのカウンターの前を通ると、気の良いおばさんが立ち上がり外への扉を開けてくれた。どうやら、入るときだけでなく、出るときも彼女の存在が必要らしい。



「ここだな」


 天文時計の前にある旧市街広場の屋外レストランに入り、席を案内してもらう。

 ウェイターは笑顔を作り、

「ビールでよろしいですか?」

「いやいや、水でいいよ」

「わかりました。今、メニューをお持ちします」


 そう答えてウェイターは行ってしまう。


「まったく、《とりあえず生》は世界の常識なのか? 今飲んだら、ここで寝むれるよ。身包みを剥がされちまう」


 ぼやきながら右に目をやり、天文時計の建物を見上げる。8時少し前。8月の終わり。この時期の夜風は少し寒い。


「こんばんは」


 椅子の脚が地面をこする音。

 正面に視線を戻すと、ショートカットのブロンドの髪の男が椅子に座ろうとしているところだった。西洋人らしく、背が高く、細身ではあるが、Tシャツとジーンズに隠れた身体は筋肉質であることが分かる。


「こんばんは。俺に何か?」


 こちらの人間らしく、彼のブルーの瞳と視線がぶつかる。


「明日、死神が鐘を鳴らす前に塔の展望で会いしましょう」

「それは死神が何度、目を覚ましたときだ?」

「2回ですね」

「了解」


 決められた合言葉を交わす。


「ところで、夕食一緒してもいいですか?」

「あ? 俺とお前は一緒にいていいのか?」

「問題ありませんよ。私が誰と一緒にいようと、貴方が誰と一緒にいようと、何も問題ありません」


 ドライな奴だ。それに何か含みが感じられた。この男、あまり信頼しない方が良さそうだ。


「そうかい。なら、おすすめのメニューを教えてくれ」


 ウェイターが水とメニュー表を持ってくる。


「少々お待ちを。ビールにしますか?」

「はい、お願いします」


 今度はすぐにビールともう一つメニュー表を持ってきた。

 オーダー後、しばらくすると男が薦めたメニューが届く。


「肉のかたまりじゃねーか」

「ここで肉以外を望むなんて無理がありますよ」


 野菜などほとんどないに等しい。

 こいつの言うとおりかもしれないが、こっちは時差ボケでキツイ。


 はあ、とため息を漏らす。警戒を解くことはできない。

 この男は俺と同じ側の人間か? 同じ魔術師なのか?

 事前に指示された通りにこのレストランを選び、出会い、合言葉を交えた。

 その後の指示は聞いていない。

 一緒に食事を取っているが、これはいいのか。先ほどの合言葉は単なる合言葉なのか、実際の約束なのか。




***




 午後9時半。遅い時間だが、門限には十分間に合う。この辺りはほとんどの店が夜遅くまで開いている。まだまだこの街の活気は衰えない。


 部屋に戻り、明日を占う。簡易に描かれた一筆書きの六芒星の中央で、タロットを切る。22枚の大アルカナのみを用いるシンプルな方法。一枚の手鏡と呼ばれる方法だ。シンプルであるが故に、分かることも少ないが、大局を理解するには丁度いい。切り終え、一枚を引く。


 《正位置 死神》


「自然に身を任せてはいけない。死神はいつまでもまとわりついてくる。引き離す努力が必要……」


 嫌なカードだ……。見慣れた絵柄であるにも関わらず、鎌をもつ死神に不気味さを感じた。


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