第3章 4.得たモノ
第3章 4.得たモノ
この街に来た目的のもの――王の秘宝――を目の前にして思いをめぐらせる。
タロットの大アルカナ22枚は、天地全ての始まりから終わりまでを表す。それは人間の一生も例外ではない。
ここ、天文時計の地下の一室に施されていた魔術は、その人間の誕生から生まれ変わりまでの一連を捻じ曲げるものだった。
生まれ変わりを意味する21番目の《世界》を取り除き、復活を意味する20番目の《審判》の後に始まりを意味する0番目の《愚者》を置いた魔術だ。
どうやら、400年も前に施された魔術らしい。これにより、この街は幽霊は出るという事実が蔓延している。
しかし、それでも天文時計の鶏により、彼らは夜間しか存在できない。
けれど、降霊した王の霊は魔術をもって術者を喰らい肉体を得た。そして、肉体をもった王の霊は、さらに天文時計の《日を刻む》ことを止めさせ、いっそう《生まれ変わらない》という意味を強めた。
これにより、鶏の鳴き声から身を守っていた。
今は、《世界》を《審判》と《愚者》の間に正しく入れたことで、王の施したタロットの魔術を崩した。同時に重ねがけられていた《日を刻まない》魔術も連鎖して崩れた。
さらに、俺は新たに正しい人の一生を送るように魔術を施した。それは天文時計の鶏の魔術への重ねがけとしてだ。
そして、王の霊魂は肉体から放たれ、消え去った。
これで、天文時計は日を刻み、元のようにこの街の年月日を数え上げるはずだ。時間から取り残されていたこの街も元に戻る。明日になれば、それも分かる。
***
タロットカードの図柄は芸術としての見方もされる。タロットカードを専門とする画家もいた。そして、ヨーロッパでは有力者は画家を雇い、カードの図柄に一族の反映を描かせる者もいた。
多くの芸術家、占星術師、錬金術師を呼び込み、保護した王が占星術、錬金術と関連性の深いタロットカードを描かせていないわけがないと考えられていた。
しかし、そうであるにも関わらず、カードは見つかってはいなかった。
そのカードはあろうことか、石版という形をとって、400年も前から天文時計の下で魔術媒体として使用されていたということだ。
「これは、日本に持って帰れないな」
縦50センチメートル、横30センチメートル、厚さ15センチメートルといったところだ。それが22個。輸送できないこともないが、苦労しそうだ。
それだけでなく、天文時計と魔術的に結びついたタロットの石版をここから持ち出すとどのような影響を及ぼすか分からない。一度、真剣に分析する必要がある。
「写してはいかがですか?」
「それ以外の方法はないか……」
ブルーの瞳の男の提案に相槌を打つ。
魔術様式を写せば、オリジナルよりも格は下がるが持ち帰ることはできる。だが、タロットに限定すれば、俺は他のやつらよりもマシに転写することができる。しかし、そう単純でもない。
「けど、これ、ある意味、天文時計と一組だろうが。天文時計のもつ時間の概念とタロットのもつ森羅万象の概念を組合せている」
「一仕事になりますね」
「たいへんなの?」
「ああ、そうだな。タロットの方は何とかなるけれど、天文時計の方が問題だ」
「……うん……むずかしい。まねできないようになってる」
「製作者の目を潰してまで、複製を阻止した歴史を持ちますから。この時計には、そういう念が込められています」
「うん」
「ち、面倒なことをしやがって。ようやく辿り着いたってのに」
「あなたの魔術でなら可能なのでは?」
「全く現実的じゃねえよ」
5秒も持たないっての。16時間やり続けたら、1万1520回も魔術を行使しないといけないだろうが。
「とりあえず、タロットの部分だけはさっさと写すか。それだけでも秘宝としての価値はある」
***
旧市街広場に位置する天文時計。
仕掛け時計としても有名であり、プラネタリウムとカレンダリウムと呼ばれる上下2つの金色の文字盤の針は、1年かけて1周し、プラハの1年を数え上げる。きっと明日は、針は今日より8目盛だけ進めていることだろう。
プラハに来て5日目の明日、ホテルでお世話になったおばさんに別れの挨拶を告げる。
そして、タクシーに乗り、空港を出発して、来た時と同じようにフィンランドを経由して日本に戻る。予定通りなら、13時間後には日本の大地に足を着けることだろう。
時差ボケを気にすることもあるまい。着いて数日間は怠惰な生活に明け暮れよう。
そういう予定だった。
***
天文時計の近くには多くの屋外レストランが密集している。
今はそこで、遅い昼食を取っている。
からん、からん、からん、からん…………。
天文時計を飾る死神―ドクロの彫像―が、観光客を見下しながら鐘を鳴らす。
「相変わらず死神は働き者だな」
「うん」
ナタリアが頷く。
さらに仕掛けが動き、天文時計の上部の窓から、12使徒の像が一体ずつ顔を覗かせ、皆を眺める。
ナタリアの柔らかな髪が風に吹かれて踊った。
「昨日より涼しいな」
「うん」
「どうぞ。食後のコーヒーとデザートです」
ウェイターは俺の前にコーヒーを置き、ナタリアにアイスクリームを手渡す。
一口、コーヒーカップを傾け、エスプレッソの苦みを楽しむ。
「どうも」
ショートカットのブロンドの髪の男がテーブルの横に立つ。
会った時と変わらない観光客に紛れた服装だ。
「結局、お帰りにならない予定ですか?」
「ああ、帰りの便はキャンセルした」
「…………あれを目の前にして、帰るわけにも行きませんか」
「そりゃそうだ。こっちでやることができたんでな。しばらく、ここに残る」
「そうですか。まあ、好きになさって下さい」
「言われなくても、そうする」
「ただし、石版は持ち帰らないように。それが上の決定です」
「わかったよ」
「それでは、今後も会うかも知れませんし、会わないかも知れませんが、お元気で」
短い会話のあと、男は早々に立ち去っていった。
最後に残ったコーヒーを飲み干す。
***
天文時計の上の展望に目を向ける。
母が生み出した未来を確定させる魔術。
母が辿り付けなかった『10秒後』の未来。
俺は母に学び、研鑽を積んだ。けれど、6年間の努力の末にたどり着けた未来は、たったの『5秒未満』。
だから、ここに来た。そして、手に入れた。『10秒後』を越える鍵を。
俺のもつ知識、天文時計とタロットの石版、そして、目の前の少女――ナタリア――の魔力。
これら4つを合わせることで、『10秒後』を超えた確定した未来に辿り着けると俺は信じる。
「なあ、ナタリア」
「なに?」
「俺の魔術、受け取ってくれないか?」
「うん、いいよ。けいやくしているし。セージのなら」
これが、ここプラハの地でようやく得ることができたモノだ。
俺はこのブロンドの髪の少女――ナタリア――に俺の魔術の粋を叩きこまなければならない。
きっとこの子なら、誰も到達できなかった、切望に切望を重ねた『未来』にすぐにでも辿りついてくれる。
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
ここ、『小説家になろう』への初投稿作品です。
チェコ共和国のプラハを舞台にした作品となっております。
本作では、プラハの伝承をふんだんに使用して執筆させて頂きました。
楽しんで頂けていれば幸いです。




