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プラハの魔術師 ー5秒未満の未来の先にー  作者: はせ
第2章 ~2日目~
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第2章 6.聖堂へ再び

第2章 6.聖堂へ再び


 聖堂が閉まるまで待ち、聖堂の地下へ向かい橋を歩く。

 煌々と輝く橋と城。黄金のプラハの呼び名どおりの光景を楽しむ間もない。

「相手は4人。男が3人、女が1人。見た瞬間、やばいと思って全力で逃げたから、何を使うかはわかんない」

 女の、肩まで伸びたワインレッドの髪が黄金に照らされオレンジ色に輝く。黒いラテンショートスカートが揺れる。

「ブロンドの髪をオールバックにした男がいたはずだ。そいつは任せる」

「え? おにーさん、知ってんの?」

「その内の2人とは直接やりあったことがある。俺のことは残りの2人にも知られているだろうが、話を聞い ただけなら理解も浅いはずだ。問題は実際に戦った2人だ。手の内を知られているからな。俺は魔女をやる。お前はオールバックの男をやれ」

「そいつは、どんな魔術を使ってくるの?」

「拳銃とガーネットを使う。ガーネットの周り半径1メートルに力場が発生する。触れたら終わりだと思ったほうがいい」

「おにーさん? あたしに危険なとこ、押し付けてない?」

「ものによるがガーネットの融点は2000度程度だ。余裕だろ?」

「ああ、なるほど。余裕じゃん」

 紅蓮の瞳が凛と輝く。

 マッチですら発火直後は2500度に到達する。この女には雑作もあるまい。

「俺は魔女を瞬殺する。それで残り3人だ」

「おにーさん、けっこうな自信家?」

「ふん、あれは雑魚なんだよ」


***


 聖堂を支える大理石でいくつもの柱が等間隔に並んでいる地下の壁の1つに手をやる。

「これよ」

「そういうことか」

 上の聖堂の面積と地下の面積が異なる。地下は上の半分しかない。奥の半分は、隠蔽された魔術の壁で閉ざされていた。

「よく、こんなものも見つけられなかったわね?」

「ち、うるさい。すぐに出たんだよ」

「まあいいや。おにーさん、心の準備はOK? 敵さん、一気に来るよ?」

「ありったけでやってやるさ」

 右手にナイフを8本、左手にカードを6枚。

 女もハウレスの紋章のペンダントを首にかける。ハウレスは敵対者を焔で滅する悪魔の公爵だ。

 右手の指に炎が燈る。

 壁に左手を当てる。作られた壁が消えていく。


 ――[00:00.000]――

 胸ポケットのカード、《逆位置 剣の10》――束の間の幸運――に魔力を注ぐ。約束された5秒未満の幸運。カウントダウンが始まる。

「はあああああ」

「――――!」

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。

 ガァン。

 あの時のタキシード姿とは違う王の衣装に身を包む長身の男が振るった長さ1メートルはある太刀が左腕を襲い、床に叩きつけられた。

 削がれた。

 ジャケットの裏地の《刺繍》による対魔術防御、《土星の1の護符》による悪霊を阻む結界、《正位置 塔》による神の家を模した結界、《逆位置 剣の10》による約束された幸運の、複合4重結果を削ぎ落とされた。

 同時に、《正位置 塔》による神罰――見えざる雷――が太刀を握る長身の男を襲い、突き飛ばす。

 ――[00:00.985]――

 ジャケットは破れていない。だが左腕の皮が剥かれた。袖口から血が流れ出る。

「はあああ!」

 太刀は魔剣の類か!

 だが、こいつの相手は後だ。

 ――[00:01.269]――

 右に飛び、一番右にいるやつを睨む。

 劇場で一度は殺した魔女だ。長く伸びるウェーブのかかったブロンドの髪。切れの長い眼が笑う。

「あら、また会ったわね。借りもあるし、今度はいた――」

 ――[00:03.619]――

 6枚のカードを放り、5本のナイフを投げる。

 パン、パン、パン――銃弾が左肩、左腹、右太ももをかする。

 踊る焔が銃を握るオールバックの男を襲うのを横目に見る。

  ――[00:03.808]――

 銃が焔を操る女に向く。

「邪魔をするな」

「――ぶってから殺し――」

 対峙する魔女が言葉を続ける。

 少しの時間差で残りの1本を投げる。

 過去――《正位置 剣の3》――射抜かれた心臓

 現在――《正位置 こん棒の6》――勝利の予感

 未来1――《逆位置 剣のエース》――急に訪れる不幸

 解決法――《逆位置 剣のナイト》――うぬぼれによる失敗

 未来2――《逆位置 金貨の7》――短気

 ――[00:04.254]――

 5本の鋼鉄のナイフがカードに垂直に突き刺さる。そのまま、魔女の常時展開している結界を穿つ。

 ――[00:04.535]――

 続いて、大アルカナ《死》と共に《土星の4の護符》を刻んだ辰砂のナイフが魔女に突き立つ。

「――て上げ、ごふ」

 言葉を紡ぎ終えることなく、腹を突き刺された魔女は血を吐き、膝をついて倒れる。

 ――[00:05.230]――

 続けて、大アルカナと護符の魔法陣による儀式魔術が発動する。

「ひ、ぎ、あ、ぎああああああああああああああ」

 踊り狂う。

 狂いながら、魔女の身体は存在感を薄めていく。

 最後に、残された骨だけがばらっと崩れ落ちた。


 学習能力のないバカな女だ。

 後ろへ跳ぶ。魔剣が頬を掠める。運が良かった。もう、幸運は働いていない。

 同時に《塔》による神罰の雷が男を襲う。

 さらに男を襲う焔の柱。

「ぐぬぅ」

 それらを一瞬食らいながらも後ろに跳んでかわす。

「そこの、還しおったな。皆、気をつけい。そこの男の刃は我らにとって脅威ぞ」

 低く重い声が響く。奥の壁際に佇んでいた横に大柄な男――王の1人――が顔を歪ませて言う。

「御意」

 オールバックの男が答える。

「おにーさん、ほんとやるじゃん」

 柱に隠れた紅蓮の女が楽しそうに言う。

「お前もそいつをとっとと殺せ」

「はいはい。けど、トドメはおにーさんに任せたほうが良さそうじゃん?」

 パン、パン――乾いた銃声音。

 金の髪をオールバックにした男の拳銃が女を襲う。

 女は焔弾で応戦。

 カードを放る。黒いガーネットがこちらに飛ぶ。

「ち、またか」

 ブゥゥン。球状の力場が形成される。

 太刀が横なぎに来る。

 バックステップ。同時に右腕を左上から右下に振り下ろす。

 風の刃。太刀を握る男にも風は通らない。

 聖堂を支える大理石の陰に隠れる。

「おい、女。そっちの男をこっちに向かせるな」

「無茶言うなっての。こいつの鉛玉、私の結界を越えるのよ」

 女も柱に身を隠しながら、オールバックの男と撃ちあいを続ける。

「ち」

「「「「「アー、アァアアー」」」」」

「あ?」

「うそ」

 太った男の周りに2本の角が生えた異形の悪魔が13体。悪魔を召喚した? あいつも魔力量が桁違いか。魔術王の名は伊達じゃないな。

「ゆけ!」

 左手に持った杖を振るう。

 太刀が振るわれる。

 ガーネットが飛ぶ。

 今度は灼熱の焔弾がガーネットを溶かす。

 銃弾が女を襲う。

 悪魔が飛び掛る。

 カードを放る。

 パン、パン――カードが打ち抜かれる。

「ふざけるな。援護しろ」

「やってるっての!」

「ち」

 3本のナイフを取り出し、オールバックの男に投げる。

 同時に焔が蛇のように踊り、その男を襲う。

 この同時打ちに対し、悪魔が焔の前に身を乗り出し防ぐ。

 残りのナイフは安々と避けられた。

 焦げた悪魔が姿を消していく。

 長身の男の横薙ぎの太刀を交わし、柱の影に隠れる。

 ガァンと柱に打ち付けられた太刀が響く。

「くそが。多すぎるんだよ」

 4人が3人になった次には、13体の悪魔が追加された。1体倒して合わせて15の敵を相手にしなければならない。


 ――[00:00.000]――

 同時に8枚のカードを目の前に放る。左右の手に計8本のナイフを握り、そのまま手首のスナップを利かせて、カードを貫く。

 指の間からナイフの刃が伸び、刃はカードを貫いている。

 《正位置 こん棒の7》――積極性が勝利へと導く。

 カウントダウン開始。

 太刀を振るう男に突っ込む。

 ――[00:00.695]――

 焔弾が男の背後を襲う。――避けた。

 悪魔が突進してくる。

 ――[00:01.150]――

 焔のムチが踊り、3体の悪魔を絡める。

「「「ゴアァアアー」」」

 悪魔は身体を焼かれて踊る。

 ――[00:01.966]――

 太刀の一振りを右へ避ける。そのまま、右足を軸にして回転。そして、相手の右わき腹に右手の鋼鉄のナイフとカードを叩き込む。

 ――[00.02.271]――

 バリッ、結界を貫き、脇腹に突き刺す。

 ――[00:02.598]――

 右手をそのままに、左手の王を打ち砕く《火星の4の護符》を刻んだ辰砂のナイフと大アルカナ《正位置 死》をみぞおちに打ち込む。

「ぐぅぅ」

 こいつはもう終わりだ。

 ――[00.02.984]――

 勢いをそのままに、オールバックの男に突っ込む。

「あがああああああああああああああああ」

 遅れて断末魔の叫び声が響く。

 ――[00:03.349]――

 3つのガーネットが飛んでくる。左へ体を投げ出す。ガーネットが発動し、力場を形成。

前に柱へ隠れる。劇場のときと同じく、ガーネットの魔術は柱には効果はない。上の聖堂を支える柱の多いこの場でなら、どうにかなる。

「あああああああああああああああああ」

 ――[00:04.133]――

 4つのナイフとカードを叩き込まれた男が最後の叫びをあげ、骨となり崩れた。



 残りは2人と悪魔が9体だ。

「おのれ、封印の魔女だけでなく、我が弟まで。ひれ伏せ!」

 右手に魔術書を持ち、左手の杖を振るう。

「きゃっ」

 べちゃっとワインレッドの髪の女が潰れる。

 ずん、と体が重くなるのを感じた。ジャケットの加護が王の魔術を阻む。

「重力の魔術か?」

「ちょっと、おにーさん、なんで大丈夫なのよー」

 避難めいた口調。

 5体の悪魔が女に群がる。

 オールバックの男が、こちらを銃で牽制しながら、黒いガーネットを女に投じる。

「この!」

 首から下げられた悪魔ハウレスの紋章のペンダントを右手で強く握る。

 強く、強く、強く。

 指の皮を破り血がにじむ。

 血は紋章を紅く染める。

 その血で床に逆三角の魔法陣を描き、その中央に紋章を置く。

「ハウレス、灼き、尽くせええええ」

 魔法陣に焔が灯る。

 12本の焔の柱が吹き上がる。

 女に群がる5体の悪魔、投じられたガーネット、魔術師、王を守る3体の悪魔、杖を振るう王を襲う。

 ハウレスの焔が全ての悪魔を焼き殺す。

「なんなのだ、おのれら」

 怒気をはらんだ低い声の叫び。王の結界はハウレスの焔をも防ぎきる。

 オールバックの男は、ガーネットを用いた防御魔術か。コンマ秒、結界が焔を押し止める。

 結界を破られ、跳んで避ける。

 隙ができた。


 ――[00:00.000]――

 《死》を突き刺した《土星の4の護符》を刻んだ辰砂のナイフを右手に持ち駆け出す。

 さらに《逆位置 剣の10》――束の間の幸運――に魔力を注ぐ。

「うらああああ」

「この」

 ――[00:00.564]――

 3つのガーネットが飛んでくる。

「させるかあああ」

 ――[00:01.104]――

 横から飛来した一際大きい紅く燃える焔彈が全てのガーネットを飲み込む。

 ――[00:02.224]――

 いくつもの銃弾が皮膚を掠め取っていった。

 ――[00:02.584]――

 右腕を伸ばす。

 ――[00:02.697]――

 ドス。

 男の心臓を辰砂のナイフが突き刺した。

「ぎ、ぐ、ああああああああああああ」


 悶え苦しみ、その姿を崩していく。

 最後に残された王に視線を向ける。

 …………いない。

 360度を見回す。

 逃がした!

 聖堂の地下には、地べたに縫い付けられた焔の魔女と3つの人間の骨だけが残っていた。


***


「これよ! これこれこれこれこれ!」

 女は、さらに地下へ降りる扉を見つけた。何重にも魔術で隠蔽された結界により隠されていた。「おにーさん、よろしく」と言われ、破壊してやった。先へ進むという未来を確定させることができる俺には何の障害にもならない。

 女が先に進み、俺も後ろをついていった。

 その階の一室は未だ表に出てこなかった宝物の山が築かれていた。金銀財宝ではない。煌びやかさなど微塵もない。何かも分からない骨、皮膚でできた古文書、真っ黒な水晶などなど。ある魔術師によっては途方もない価値を持ち、またある魔術師にはガラクタだ。そのとある王は、魔術的なものは見境なく集めたという。生粋のコレクターだったそうだ。

 一時間ほど探し、そして女は自身の欲する王の秘宝を見つけた。焔の魔女は嬉々として喜ぶ。

「呪われた火の靴!」

 ――――貧民を哀れまない裕福な人間を踊り狂わせたという火の靴。悪魔が火を灯したと伝えられている。今はもう火など灯ってはいない、煤けた貴婦人の靴だ。到底、価値など理解できない。

「ねーな」

 落胆し、呟く。

「おにーさん? ここじゃなかった?」

「ああ」

 忌々しげに答える。

「契約はここまでだけど、手伝う?」

「あ? いらねえよ。高い見返りを求められそうだ」

「それはもちろん。 それなりの対価は求めるのは当然じゃん」

「ち。いい。ここでないことが分かっただけで十分だ」

 ここで、女と別れた。ひと時の共闘は仕舞いだ。

 結局、ここに俺の求める秘宝はなかった。

 どうでもいい。どうせ明日にはたどり着く。


***

 

 夕食後、部屋に戻り、明日を占う。一筆書きの六芒星の魔法陣の中で、22枚の大アルカナを切る。一枚のカードを引く。


《逆位置 死神》


「そうかい、またお前か」

 死神の逆位置。『止まっていたものが動き出す』。死神の鎌は、今を終わらせ、次に進める力を持つ。止まっていた今が、明日ようやく動き出すのだろう。


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