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プラハの魔術師 ー5秒未満の未来の先にー  作者: はせ
第2章 ~2日目~
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第2章 5.戦いの前

第2章 5.戦いの前


 インターホンを押し、ホテルの扉の鍵を開けてもらう。

「どう? プラハは楽しめている?」

「ええ。きれいな街並みで良い所だね。今日は、城の聖堂に行ってきたよ」

 作った笑顔を向けて言う。

「良かったでしょ? あそこは、この街で一番有名なところよ」

 綺麗な街並みだと思う。威風堂々とした聖堂も魅力的なものだ。そうであるにもかかわらず、観光という点で全く楽しめていないところが残念だ。

「夕方にまた出るよ」と言い残し、自室へ向かった。


***


 この街を治めたとある王は、芸術、学問、占星術、錬金術を生業とする者を保護した。王はその中で特に錬金術に興味をもった。多くの錬金術師が集まったこの地には、今もなお、彼らが居住した家々が残る。

 彼らが残した英知は王の遺産として、かつ魔術的な秘宝として、この街のどこかに眠っていることは間違いないと伝えられている。

 彼の王位は、彼の死の1年前に弟の手に渡った。しかし、新たな政権は即座に破綻し、永きに渡る戦争へ転げ落ちた。多くが死んだ。そして、王の遺産の行方を知るものはいなくなってしまった。

 ブルーの瞳の男は、劇場で見た横に大柄な男と長身の男は歴代の王であり、兄弟だと言っていた。つまり、この2人の王のことだろう。

 降霊する対象としては最適だ。

「秘宝の在り処は本人に直接聞くのが一番か。……真似できないな」

 術者は必ず降ろす霊よりも上でなければならない。でなければ、上下関係が崩れ、取り付かれるか、最悪殺される。

 俺も悪魔の紋章で遠くからの力の一部を借りることはあっても、悪魔自体を召喚することなどはしない。

 そいつらを死者へ還さなければならない。劇場で殺した魔女は生きていると言っていた。

「単純に殺す、では足りない」

 死者に還す術式で殺さなければいけない。そうでなければ、何度でも蘇る。

「儀礼済みの銀と聖水があれば簡単なんだがな」

 ジャケットを脱ぎ、リビングに置かれた灰色のスーツケースを開く。刃渡りの短い投擲用の小型のナイフを取り出し、テーブルに並べる。

 いつものナイフではない。賢者の石という異名をもつ鉱物である辰砂を加工し刃としたものだ。

 辰砂――硫化水銀――。中世の錬金術師を魅了した水銀の原料であり、また縄文時代から死者を飾るモノとして使われてきた歴史すらある。

 死者を死者に還すには、このナイフに加え、護符と大アルカナを使う。

 大アルカナは儀式としての性質が強いため護符との組み合わせが必須だ。故に、戦闘で使うことはほとんどない。しかし、今度の戦いは相手の特性が分かっている。事前に護符とカードの組み合わせを準備しておける。

 並べたナイフの横に、フッ素樹脂で作られた特別製の万年筆、塩酸と硝酸を入れたガラスの小瓶、ビーカーを並べる。

 ソファーに座り、腕を捲る。

 ビーカーに塩酸と硝酸を入れ調合する。2つは反応し時間をかけて王水へと変化する。

 万年筆からインクカートリッジを取出し、ビーカーを傾け、王水を注ぎ込む。

 そして、カートリッジを万年筆へ戻す。

 ナイフの刃に筆を走らせる。

「ち、嫌なにおいだ」

 辰砂の刃は異臭と共に化学反応を起こし、護符を浮かび上がらせる。

 切断するという手段には全く役に立たないが、死者を還すには有効なナイフだ。

 一つ、また一つと作り上げ、机の上に並べていく。

 描いた護符は2つ。

 《火星の4の護符》――怒りの日に王を打ち砕くと記されている。王を滅するというのなら、これほど最適な護符はない。

 《土星の4の護符》――死に至らしめるという意味と一つの状況を終わらせる意味をもつ。殺し、終わらせる。この護符により死からの復活を妨げる。


***


 死霊であるならば、《土星の1の護符》と《正位置 塔》のタロットの組合せも有効であろう。

 大アルカナ《塔》――崩壊や災害という意味を持ちながら、神罰、そして神の家をも意味する。

 悪霊の接近を許さない土星の護符と塔のカードを重ねてジャケットに入れる。これにより、ジャケット自体を聖域とする。

 これで、あいつら4人は直接、俺に触れることはできない。殴る、蹴るといった攻撃には障壁となる。逆に、こちらから相手に触れるだけでダメージを与えることもできる。

 次だ。拳銃とガーネットを使う魔術師への対抗策。一番厄介な相手だ。この地の加護を受けた魔術に対抗する手段は、今の俺にはない。

 ナタリアの加護の魔術を見たあとでは、そう考えざるを得ない。あの子も加護にガーネットを用いていた。魔術師の使うガーネットはナタリアのそれよりも劣ってはいるが、優劣の差を差し置いても、やはり強力だ。

 そうなると、あの男にはあの焔を使う女に相手をさせる。そして生じた隙を逃さず、ナイフとカードを打ち込む。どんなにあの男が強かろうと、死霊であるのなら、間違いなく還すことができるはずだ。

 紅蓮の瞳と指先を染めた紅蓮の焔から感じられた魔力は、あの女が相当の使い手であることを示していた。対峙した時、ちりちりと首の後ろを焼くような感覚を覚えた。

 あの女――即席の仮初の仲間――を火力の大きな魔術武装としてのみ認識し扱う。

「十二分に働いてくれることを期待するか」

 

 くくく、と笑う自分に気がつく。高揚している。

 今までのように行き当たりばったりに殺してきたのとは違う。今、俺はあいつらを殺す準備をしている。それが理由かもしれない。戒めなければならない。高揚は怯むことなく突き進む勇気を生み出すが、冷静さを欠いては死に近づくだけだ。

 ジャケットにナイフ、タロットカード、護符を仕込んでいく。

 さあ、あいつらを殺しつくそう。

 そして、秘宝を手に入れよう。


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