第2章 4.紅色の魔女
第2章 4.紅色の魔女
昼食後、ブルーの瞳の男はやることがあると言って先に席を立ち出て行った。
その後は、明日の朝また会う約束をして、ナタリアを天文時計まで送り届けた。
途中、ナタリアにアイスクリームをねだられ――ジェラート屋の前で一瞬立ち止まっただけだが――買い与えてあげた。あの子はアイスが好物なのだろうか? 女の子なら誰でもそうといえばそうなのかもしれない。5年前に別れたあの子も同じだった。
14時50分。
川の向こうへ渡るために橋を歩く。
結局のところ、秘宝の在り処が分かっていない。
しかし、使い魔を用いて探しているやつがいた。
王を降霊して秘法にたどり着こうとしている魔術師もこの街にいるようだ。王を降霊するとなるとそういう理由だろう。
皆が独自に宝物への道を進んでいる。
そして、俺もこの街に来てその手段を見つけた。ある魔術を行使することで、容易く見つけ出せる。だが、あれは曜日と時間を選ぶ。今はまだ使えない。
しかし、『目的はセージと同じ』というナタリアの言葉が気にかかる。
この地に入った魔術師の目的が王の秘宝という意味なのか、俺と全く同じものを求めているのか。後者であるとするなら厄介だ。
危険だが、魔術師と会う必要がある。情報を集めなければならない。必要であれば、妨害しなければならない。
ナタリアには悪いが、《王の道》を行かなかったならば出会っていたであろう魔術師を狙う。
《王の道》から外れて歩くことでそれは可能になると期待する。
***
ナタリアと一緒に渡った橋からかなり離れた橋を渡る。
この橋を渡ろうとする者はほとんどいない。知名度が全く違い、無名といってよいからだろう。
「こんにちは」
橋の中央に女が立っていた。肩まで伸びたワインレッドの髪、整った顔立ち、縦フリルのついた赤いカットソーに縦フリルの黒いラテンショートスカートの女だ。10代後半といったところだ。
「おにーさんのこと、見ていたの」
「あ? どこからどこまで?」
「昨日からずっと」
どいつもこいつも――『沢山の人がセージに会いに来るよ』――の通りだな。
「おにーさんさ、魔術師よね?」
「だからなんだ?」
「あたしもおにーさんも求めているものは似たようなものよね?」
「かもな。で、おまえは敵か?」
「ちょっと、待った、待った。別に殺りあうってわけじゃなくてさ。協力しあわない?」
協力か。そういうやつも中にはいるか。
「おまえはなにを求めているんだ?」
「うーん、それは教えない。あたしが何をしようとしているのか分かっちゃうじゃん。それとも、おにーさんは教えてくれるの?」
「ふん。悪かったよ。同じくだ。教える愚は犯さん」
「けど、おにーさんとあたしが求めてるものは違うんじゃない? あたしはおにーさんのこと見ていたから分かるのよ」
「そうか。じゃあ、前向きに考えてやるよ」
右手首をひねり、ジャケットの裾から仕込みナイフを取り出す。
「ちょっとちょっと、言ってることとやってること違うじゃん」
「なにもしてねーよ、警戒しているだけだ」
「警戒ってか、殺そーとしてんじゃん」
「知り合いが、俺に会いにくるやつは死神だって予言してたんでな」
「そりぁあさ、死神かどうかっていえば、似たようなものかもしれないけれど、おにーさんだって同じようなもんじゃん」
「かもな」
「でさ、はっきりいってもう時間がないじゃん? それはおにーさんも理解しているんでしょ?」
時間がない――先を越されては終わりということだ。
「ち、まあな。話だけ聞いてやる」
ジャケットから一枚のタロットカードを取り出す。
右手にナイフ、左手にカードが握られている。
目の前の女が息を飲むのが分かる。
「――――。つまらなければ、殺すってことかしら?」
「いいや。ただの警戒だ」
「はあ、しっかたないなぁ」
左手を腰にあて盛大にため息をつく。次の瞬間、合わせた右手中指と人差し指の先が紅く揺らめく。
焔だ。
魔術を持たない者を相手に魔術を盾にして交渉することは避難の的だが、魔術師同士が魔術を盾にして交渉することは一般的な手段だ。魔術にかぎらず、戦力を持てば、あとは弱いほうが悪いという世界だ。人であれ国であれ同じこと。
――――。少しの沈黙。
「おにーさん、聖堂に行ってたじゃない?」
「朝からずっと見てたわけか」
「いや、なんか途中で見失ったけど、聖堂でまた見つけたわ。隠蔽とか得意なんだ? あたしはそういうの見つけるの得意なんだけど見失っちゃったからプライド傷ついたっての」
「さあな。あの場所は、この街で一番怪しいからな」
俺は特になにもしていない。十中八九、《王の道》の効果だろう。
「よね。どちらにしたって、おにーさんも王の遺産が目当てなのでしょう? けど、あそこの守り、堅すぎるのよ」
「……特になにもなかったと思ったが?」
やはりあそこには何かがあるのだろうな。
ナタリア曰く、劇場の2人はあの場所にいたそうだ。
ブルーの瞳の男曰く、あの2人は死霊だそうだ。
そして、彼ら2人は歴代の王だそうだ。あの聖堂には、王の納骨所でもある。
特に何もなかったが、あの2人はそこにいたのだろう。実体化していなかったのか、骨があっただけなのかは定かではない。
「へー、本当に?」
「さあな」
あの時は、ナタリアが一緒だったからな。早々に引き上げた。
この女も、探し物はあの聖堂にあると思っているのか。
「ふーん。まあ、仕方ないか。あたしはそういうの見つけること得意なのも事実だし」
「そういう魔術か? だったら、目星もついているんだろ」
「まあね。求めているものかどうかはわかんないけどさ。あそこに何かあるのは確か。ただ、さっきも言ったけど、守りが堅すぎんのよ。おにーさんなら壊せるじゃん?」
「見てみなければわからん」
「そうね。それなら見てみればいいんじゃん。でも、おにーさんじゃ見つけられないんじゃない? あれも見つけれないんじゃさ。助け合う方が得策よ?」
放っておけば、この女は秘宝に辿りつけずに終わってくれるか。それとも、自力でたどり着くだろうか。いや、この女は他の魔術師と手を組む可能性もある。
こちらも手段は見つけた。1日目にはなかったが、2日目の今はそのために必要な物は見つけた。あとは魔術を行う曜日と時間まで待てばいいだけだ。
だが、それを待たずとも、今日この女と秘宝まで辿り着くならそれでいい。
「具体的にどこだ?」
「さあ? あたしはそれを提供する。おにーさんは邪魔なものを片付ける。そういう話じゃん?」
「わかった」
ナイフとカードをジャケットに仕舞う。
「ふう。よかった。あなたと殺りあっても良い事なさそうだったし」
女も右手の焔を消す。
***
「お前の言う邪魔なものっていうのは?」
「魔術師よ。4人も居た。全員がそうかは分からないけどね。一人じゃ無理よ、あんなの」
「4人か、多いな」
聖堂の地下が王の納骨所であるなら、その4人とは昼にあの男が言っていたゴーストだろう。王が2人、その側近が2人。劇場で相手した魔女とガーネットの男。
霊だが、実体を持っている分、ナイフで殺せる。
1対4ならまず勝ち目はないが、2対4ならなんとかなる。
だが、さらにそいつらを降霊した魔術師も居るはずだ。近くにいないのか。そもそも、その魔術師は王を降霊して秘宝の場所を聞き出してはいないのか。いつまでも実体化させておくなど魔力の無駄遣いではないか。それに、劇場に居たことも気になる。
「でも2人ならなんとかなるでしょ。聖堂が閉まって、人が少なくなってからまた合流ね」
「了解。それように装備を整えてくる」
「うん。じゃあ、よろしくね、おにーさん」
後ろに手を組み、いたずらっぽく笑う。覗きこむような仕草。大きな紅蓮の瞳が輝いていた。




