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幻に揺れる淡い島  作者: KAHO
第一章
8/11

醜い軍人

「ふ、船か?」

 

 ホームに降り立ち、呆然とする或斗はその一言を言うのがやっとだった。

 

 待ち受けていたのは、腰を抜かしそうになるほど大きい船だった。豪華客船なんてものでもなく、ともかく桁外れに巨大な木造の船だ。それが一本の細いホームを挟んだ向い側にあるのだ。離れて見上げても、船の腹が太すぎて天辺まで見えない。こうやって見ると天井のゴツイ外壁に接触しているようにも見える。


「海水があるのか」


 船に近づいた時、或斗は、海面が揺れているのを見た。水面に浮いていると言うことは、やはり船舶に違いない。そして至近距離で船体を見ると、木造にガラスがコーティングされたような輝きと艶があった。

 触れても平気だろうか? そんな不安と好奇心から、或斗は腕を伸ばして指先で撫でた。とても艶やかで滑らかだった。ガラスのように冷たくなくて温もりのある質感をしている。


「さ、こっちです」

 ココが添乗員よろしく手を上げて行く先を先導するように裸足を歩ませた。そして船の中心辺りで止まり、下腹部を弄り出した。その刹那、驚くことに、外観の一部が左右にスッと開いた。あたかも自動ドアのように。


「隠し扉?」

 ココに追いついた或斗は、扉の周辺を見て、ようやくそれがからくりではないことを知った。

「なるほど。まさしくエレベーターだな」

 開閉の押しボタンがあった。

 中は思ったよりも狭く、薄暗かった。或斗が真っ先に関心を寄せたのは二人掛けのソファーが前後に二列あることだった。箱に入って上下するだけなのに随分な優遇である。

「ファッションエリアは三階ですな」

 とココは呟き、操作パネルの「Ⅲ」を押す。その後にも何かを重ね重ね押したが、或斗の位置からは確認が出来なかった。

「よし。オッケーです」

 扉が閉じられ、ボックスが静かに上昇する。

 

 ココは当然のようにソファーに座ったので、或斗だけ立っているわけにもいかず、その隣に腰を下ろした。何気なしに足裏の傷の具合を見ようと思ったが、皮膚を確認するには明かりが暗すぎた。

 

 或斗は地下に入ってから思っていたのだが、全体的にいささか明かりが弱いように思う。使用されているライトは決して発光ダイオードではないし、面積の割には電球そのものが小さいように見える。この中もそうだが、ワゴン軽自動車一台分の広さがあろう空間で、昼光色系の電球一つというのは色んな面でどうかと思う。


「なぁ、そう言えばさ、インバースって奴らは地下には入って来ないんだな?」

 地上ではあんなに見たのに地下では一度も出会っていなかった。と言うよりも、「生き物」を見ていない。

 ココは人差し指を顎に当てて考えるように頷いた。

「ココもそれには疑問に思ってましたです。地下にだってインバースはいるはずです。だた今日はどうしたのか、住人に限らずインパースも大人しいですな」

「どうして?」

「そうですな。ココが思うに、そうなってしまったってことですかな」

「そうなってしまったって――随分と他人事じゃないか」

「う~ん。全てはいずれ判明するですよ。仲間と会ったら分かるです」

 また仲間かよ。

 或斗は息をついた。助手のくせして秘密ごとが多いんだな。


「にしても三階だろ? 長くないか?」

 乗り込んでから二分は経過しているに違いなかった。地上三十階建ての高層ビルの最上階へ昇るのだって一分はかからない。

「三階と言ってもファッションエリアの中の靴屋へ行くです。ガイドが右へ左へと進んでるですよ」

「ガイド?」

「この箱のことです。目的の場所まで連れて行ってくれる乗り物のことです。そろそろ着くころかと思うです」

 ココはそう言うと立ち上がって足元を見た。

「早く靴が欲しいですなぁ。服の色と合わせて赤なんて良いですなぁ。あ、ちなみにこの船は海上ショッピングシップと言って、商店街を詰めたシップのことです。島のあちこちに作られた海を転々としてるですよ。このシップは中でも一番多きなやつです。何でも売ってるです」

 瞳が輝き、声が弾んでいるのがよく分かった。女の子はショッピングが大好きなのだ。それは葵恵の買い物を付き合っている時にとても勉強になった。何件も店を回ってヘトヘトになったのを覚えている。


 葵恵……今頃、どうしているだろうか。元彼が学校に来てないことを心配してくれているだろうか。してくれていたら、嬉しい……。


 ふいに手を引かれ、或斗はソファーからずり落ちるようにガイドを降りた。木造の細長い床の上につんのめりながら足を踏み入れた。


 目の前には素晴らしく立派な靴屋が構えていた。


 一瞬、自分がどこから降りたのか分からなくなった。背後を振り返ると、二つの並行する通路の間に一階まで見下ろせるような幅広な空洞がある。それは大型デパートの構造と酷似していた。違う点と言えば、空洞部分に編むようなレールが入り組まれているということだった。ガイドが走るレールである。或斗が乗っていたガイドは靴屋の前で口を開けている。


 この階全体がファッションエリアなのだろうが、べらぼうに広い。そして一つの店が大きい。こうやって見渡せる限りでも鞄屋と洋服屋と帽子屋があって、もっと奥には別の店が入っているが、さすがにそこまで視力は良くない。それよりも何よりも、人っ子一人の気配すらないのはどうしたものか。ちょっと不気味なってくる。

 靴屋には老若男女関係なく、実に様々な靴が陳列されてあるようだ。見るからに店員までもがいなそうだが……。


 と――何となく或斗は、視界の隅に異質な存在を認めたような気がした。

 直後に顔を向けたが、そこには何の姿もなかった。


「わぁぁぁぁ。これ可愛いですなぁ!」

 握りっぱなしだった或斗の手を離し、ココは真っ赤なエンジニアブーツを両手にとって頭上に掲げた。人の気配がないことにもう少し不安がっても良いだろうに、全然構いなしだ。こういう所は小学生っぽいなと思う。

 ココは或斗の方を見る。

「殿、これが良いです! これ買って下さいな!」

「あ~買うのは良いんだけどさ」

 どうやって実績を金にするんだよ。きちんと値札がついてるじゃねぇか。しかも三万円かよ、高いじゃねぇか――ん?

「何だこれ?」

 値札にはもう一つ数字が表示されていた。「1,280en」と、見慣れないアルファベットもおまけされている。

「あぁこれですか」

 ココが大きく頷く。

「これは個人が体内に蓄えたエネルギーのことです。能力とは別ですな。人間は誰でも不思議な力を持ってるですけど、その力で吸収したエネルギーって言うのは、様々な資源として活用できるですよ。自然の力よりも遥かに強力で正確です。でも、まだまだ不足してるのが難点です」

 ココは赤いブーツを大事そうに抱きしめた。

「要するに、そのエネルギーでこのブーツも買えるってことです。あ、殿は別です。エネルギーでも当然買い物は可能ですけど、高額の品と交換してしまったら、せっかくの幻力が弱ってしまうです。幻力に関してはまだまだ未知の世界らしいですからね。大事に使わないとだめです」

「なるほど。じゃあ俺の功績ってやつは?」

 金になるとか言ってたやつだ。

「はい。殿の場合は、結果的に国の利益になること全てです。霊能者は下の島で常に監視してるかもですね。あ、下の島ってのは殿の住処のある日本島のことです」

「下で監視だって?」

 冗談じゃない。こんな所まで来させられてまでプライバシーの侵害を被りたくはない。或斗は監視カメラがあると思って周囲を探したが、そんなものは確認できなかった。

「冗談です。霊能者でもこの世界が見えないはずです。さ、殿もブーツを買うです。おそろいのこれなんかどうです?」

 ココに笑われ、或斗は少々ムッとしながらも手に取った。靴は是非欲しいと思っていた。

 黒いショートブーツは編み上げタイプで、足先など分厚くて硬いのにとても軽量だった。履き心地は最高に良く、自分の足に合わせて仕立て上げられたようだった。中々な良質の品である。

 

 問題は自分の成績がどれくらい溜まっているかだ。心当たりは二つ。一つはインバースの腕を退治したこと。もう一つは透明人間になれたことだ。

 この二つがどれだけの価値があるものなのか、或斗には分からない。

 

 清算を済ませようと店内の奥へ行くと、そこもまた現実と酷似していた。カウンターとかレジとか、本当に丸々コピーしたような作りである。普段はカウンターの内側に店員がいるのだろう。

 値札に埋まっているチップを専用の機械に読み込まないと値札が取れないらしい。会計を通さずに店を出ようとすると警備隊に通告され、最悪は逮捕ということだ。

 この状況を第三者から見れば、誰もいない店だから好きなだけ商品を盗めるんじゃないかと思われるだろう。けれど或斗にはそんな勇気がなかった。捕まって格好悪いことになるのが怖い。


「現在の殿の貯蓄は十六万三千円ですな」

 ペンダントを見つめ、ココが言った。

「ウソだろ……?」

 この言葉は失意ではなくて、驚きだ。多額過ぎてびっくりしたのだ。

「そんなに利益になるようなこと、俺、した?」

 と、自分を指して訊いてみる。

「しましたです。詳細はここでは分からないですけど、とりあえず、この世界に入った段階で十五万円は確定してるですよ。残りの一万三千円は腕を枝にした分ですかな」

「透明人間は?」

 あんなに精神を使ったんだ。ないとは言わせない。

「あ~あれはダメです」

「なぜッ?」

 或斗は両手を大げさに広げる格好を取った。

「だってあれは透明になっただけで国のためになったことは一つもありませんですから。しかし殿は頑張りましたですよ」

 小首を傾げるようにニコリとココに微笑まれ、或斗は自分がえらく幼稚に思えた。

 クソォ。バカにしやがって。

「バカになどしてないです――さ、会計は終了です。残高は十万三千円です。お金の管理もココがすることになってますですから、殿は無駄遣い一切できませんですよ」

 椅子に腰掛けてブーツを履くココは、いささか愉快そうだ。

 或斗は心中で舌打ちをしてブーツを履いた。寝間着には吊り合わないけれど、紐をギュッと縛ると足元だけ強そうに見えた。


 それは唐突だった。或斗の視界の端に人の影が入り込んでいた。直感的にさっき感じた影と同じモノだと或斗は思った。

 顔をパッと上げると、大日本帝国陸軍の軍服のような服を着衣した男が顔を俯かせる格好で立っていた。その衣服は所々が解れ、何年も洗っていないようなくらいくすんでいる。帽子のツバが邪魔して、見えるのは浅黒い鼻の天辺と顎だけだった。手には銃身の長い狙撃銃が握られている。肩章や襟章がないのを見ると、軍衣ではないように思うけれど、それ以外には見えないのも確かだ。知らないだけでこういうシンプルなタイプのものもあったのかもしれない。

 男は、全体的に精気が抜けたかのような薄気味悪いオーラを放っていた。まさしく戦死した軍人の亡霊のようだ。

  

 或斗は相手を警戒していたが、それよりも恐怖の方が大きくて、その場から動くことが出来なかった。

 明らかにインバースのようだったが、突っ立っているだけの相手をどのように消してしまうのが善良であるか、考え付かない。

 あれには銃弾が入っている。銃口が向けられたら終わりだ――そんな予感がする。


 或斗は生唾を飲み込んでから立ち上がった。ともかく同じ目線の高さでいたい。

 軍人は石膏のようにピクリとも動かない。


 どうずるべきか……彼は一体……。


 背後にココの気配を感じた。ココは或斗の背後に隠れるように顔をくっ付けてきた。椅子の上に立っているのは瞭然だ。

「……じゃないです……」

 ココが囁いた。

「何だって?」

 と或斗は心中で問い、軍人を気にしつつ、眼球だけでココを見るように動かした。

 ココは或斗の腰に腕を回してギュッと締め付ける。

「違うですよ……インバースと何かが違うです」

 インバースじゃない!?

 或斗は眉間に力を入れた。

 ではこの軍人は一体……。


 次の瞬間、微動だにしなかった軍人の頭がカクカクと不自然に持ち上がった。

 完全に持ち上げられた時、或斗はその気味悪い造作を見て息を飲んだ。

 軍人の顔は土色でゴツゴツとしていて、唇はただれ、目玉がなかった。


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