一つの決心
飲み物を運んで来たルリちゃん人形がどのようにして皆の所まで運ぼうとするのか、或斗はとても興味があって観察していると、まさに裏切らないファンタジックなものだった。
ルリちゃん人形は、お盆を片手に持ち、もう片方の手で白いパラソルを開いて逆さにし、独楽のように回転させた。すると、そこに原動力など存在しないのかもしれないけれど、柄の部分だけが高速に回り、パラソルごと浮かび上がったのだ。ルリちゃん人形は器のような傘の内側に乗り込むと柄を巧みに操って、自分の十倍以上はある高さまで上昇したのだった。
問題はルリちゃん人形が運んで来た飲み物だった。
これがまた小さなプラスチック製の容器に入った――要するに玩具のグラスやマグカップに注がれた数滴のほどの飲み物だったのだ。
或斗に配られた飲み物は、濃厚な茶色から推測してコーヒーと判断できる。右隣のココはオレンジジュースだろう。左隣の女性はアイスコーヒーだろうか。男性のは距離的に見えなかった。
ルリちゃん人形は、女性に御礼を言われるとしとやかに笑い、元の位置に戻る。そして魂が抜けたかのように瞳の覇気を失せてしまった。現職に戻ったのだろう。
さてどうしたものか。ミニミニサイズの飲み物を正面切って飲むべきだろうか。
或斗が思案していると、突然、四つの容器が巨大化した。中身も比例して増量している。その表面は揺らめいていた。
「驚かせてごめんなさい」
女性が舌をチロッと出した。「幻力使って大きくしたの。玩具はどう考えても厳しいでしょ」
「にしても四人分のを一度にって……簡単に出来るものなの?」
感心する或斗に片目を瞑って彼女は答えた。
「訓練すればね」
マジックじゃあるまいし、練習してどうにかなるものだったら安い肉を霜降りに変身させたり、食した料理をもう一度蘇らせたり、それこそ金だって増やすことも可能だったりするのか? それはまた別なのか?
或斗を除く三人は、平然とした表情で飲み物に口をつけ始めた。その後、ココだけが満面の笑みを或斗に見せてきた。殿も早く飲むですよ。
或斗は慎重にカップを持ち上げた。その時点で容器がプラスチックではなくて割れ物であることが分かった。
しげしげと見ると立ち上る湯気が確認できた。ほどよい熱さのようだ。
恐る恐る口をつけてすすったら、コーヒーだと思い込んでいただけにホットココアだったことが、一瞬だけ、腐ったコーヒーでも出されたのかと思ってしまった。情けないけどココアの香りが分からないほど尻込みしていたのだ。ココアは甘くて美味しいものだった。
初めに自己紹介をしたのは女性だった。
青砥吹雪。二十一歳。北海道在住の短大生。
冬の吹雪の日に生まれた彼女は透き通るような白い肌をしていて、顔つきはシャープである。黒く長い髪の毛は大きくシャギーが入っていて毛先まで鋭く仕上がっている。
彼女はとても気さくで切れ味の良いナイフのような話方をする。自己紹介も恥らいなくこなしてテンポが良い。
ルリちゃん人形はこの世界における彼女のパートナーだそうだ。ある日突然、昔から大事にしていた人形が喋ったものだから悪い夢でも見ているのだと思ったと彼女は語る。自宅にある大きな三面鏡の中に大きなリングが浮かび、恐々する暇もなく凄まじい吸引力で引きずり込まれたのだそうだ。気がつくと見たこともないだだっ広い荒地に倒れていたようで、傍らにルリちゃん人形が膝を抱えて座っていたらしい。ルリちゃん人形の名前をマリンと名付けたのは、今は亡き母親が海を大層好きだったことに由来しているのだそうだ。
彼女は最後に自分の第六気の詳細までも発表してくれた――「霊力・一」「予知力・ニ」「言霊・一」「既視感・四」「千里眼・マイナス三」「幻力・五」
既視感と幻力が彼女の突出した能力であるようだ。既視感が出来したと同時に幻力を使うと、過去に遡って幻物や展開が想いどおりになるようで、要領よく使いこなせば未来を定着させてしまうことも可能であるようだ。
しかし第六気と聞いても、或斗には今もってピンとこない。そんなことをココの口から聞いたような気もするが、肝心の内容までは掠り程度も覚えていなかった。
「吹雪と呼んでちょうだい」
と、彼女は最後に付け足して臀部を下ろした。「次は浬武の番よ」
促された男性は、腰を上げてサングラスを外した。
藤麻浬武。二十五歳。福岡県在住の小説家。
サングラスを外した容姿は、或斗が推察したとおりの美形であった。彫り深く凛々しい瞳にキリリとした眉毛。スッと伸びた鼻筋と薄い唇。どの角度から見ても絵になる苦み走った顔立ちである。
彼が小説家として本格的にデビューしたのは三年前のことで、某出版社のコンテストで入選したのが切欠だったらしい。主に広義のミステリーを書いているようで、その中には或斗の知っている作品もあった。加えて、筆名が「富士アサ」と聞いて或斗は驚いた。彼の作品をつい先月、友人に借りて読んだばかりだったのだ。生憎文庫本ではなくてコミックの方だったことに後ろめたさを感じてしまうのだが……。
とは言え、本名が名前負けしてないくらい立派で、尚且つ、こんなにも美男子だったことが意外だった。プロフィールから若いとは認識していたけれど、作風などからもう少し庶民的な容姿を思い浮かべていたからだ。
彼のパートナーは彼のデビュー作に登場してくる主人公のライムと名付けられた十四歳の少年だ。少し活発で自由奔放なライム少年は、現在、主の言いつけを無視して船外へ探索に出ていると言う。お腹空かせてじきに戻って来るだろうと主はタバコに火をつけて半ば投げやりに言った。そんな言い回しで片づけるのも、ライム少年の鉄砲玉精神が毎度のことだからなのかもしれない。
彼がこの地に入ったのは、青砥吹雪よりも十日後のことだったそうだ。そのころには既に巨大船があって「青の家」も存在していたらしい。自然も生き生きとしていて芝生は青かったし、何よりも境界線がハッキリとしてたようだ。インバースも適度にいて、幻力で発展させた新世界を、マザーから誕生した住民たちは何の不満もなく暮らしていたそうなのだ――そう。普通に住人が暮らしていたというのだ。
最後に藤麻浬武も第六気を発表してくれた――「霊力・一」「予知力・四」「言霊・一」「既視感・一」「千里眼・マイナスニ」「幻力・五」
青砥吹雪同様、やはり幻力が高い。下島の偉い人たちは幻力が優れた国民ばかり集めてどうしようとするのだろうか。
「俺のことは浬武でいい」
その言葉で小説家の自己紹介が終了し、次に指摘された或斗は、温くなったココアを口にしてから立ち上がった。
自分のことを喋るのはどうも苦手である。だから年齢とココとの出会いを少し喋ったくらいにして終わらせた。出会いと言っても、トイレから出現したことは伏せておいた。ココが口を滑らせそうになったが、それをも遮って、自室に貼ってあったポスターから飛び出てきたと偽った。ココはつまらなそうに頬を膨らませたが、本当のことを喋るってことは、トイレから出てきたココを幽霊と早とちりして|(幽霊みたいなものだけれど)卒倒したことまでもぶっちゃける流れになりかねない。先に臆病者だと言われている中で自ら恥さらしをすることもない。黙っていればいいことだ。
ココも主の心中に勘付いたのか、ジュースを静かに飲んでいる。
或斗は自分の第六気など分からなかった。しかれども性格も素性も知らないような相手に対して安易に「仲間」意識は持たない方が健全ではないだろうか。
息を吐いて座り直した時、入れ替わりにココがスツールの上に立ち上がって大きな咳払いをした。そして失神したことは伏せておくからまかせてと言わんばかりに得意気な目配せを寄越し、胸に下げたペンダントを見ながら主の力を公表した。
「殿は、幻力が高いです。八あるです。霊力と言霊と既視感はそれぞれ一で、予知力がニ。千里眼はマイナス三です。あ、ちなみに殿のことは或斗って呼んでくださいな」
「幻力が恐ろしい限りだ」
浬武が嘆息するように呟いたのが聞こえた。
或斗は依然として興味がない。自分のことであれ、肩を竦めてココアを飲み干した。
「やっぱり凄いんだ、或斗って」
早々と呼び捨てにする吹雪が頬杖を突いた。「逸材が一人いるって聞いてたけどそんなに高いなんてね。幻力が八もあるってことは、自分のこともコントロール出来るんでしょうから」
「自分をコントロール?」
「そうよ。例えば大病を患ったとしても、病を克服した時のことを考えれば本当に克服出来ちゃうし、反対に健康な身体であったとしても、病気した時のことを考えれば本当に病気になっちゃう。本来幻力っていうのは感情や魂には効かないんだけど、物質や自然には有効なのよ。当然、病にもね」
或斗は目をむいた。それじゃあ医者いらずじゃないか。信じられない。
「信じられない気持ちは分かるわ。でもそれが現実。幻力さえ強ければ大抵のことは想像したとおりに動かせちゃう。だから霊魂から銃を盗むことも成功したし、透明人間にもなれたってわけ。私や浬武には無理だもの。その点、君は臆病だけれど、怖いもの無しってことよ」
「それはウソだと思うな」
殿カッコイイです。と言うココを制し、或斗はかぶりを振った。「俺は確かに気味悪い軍人から銃をかっぱらった。でも、ソイツを銅像には出来なかったんだ。そんなにスゴイって言われる無敵の幻力が高ければ簡単に銅像に出来たはずだろ。たとえインバースじゃなくとも」
「効かなかったわけじゃない」
浬武が紫煙を燻らせながら言った。「逃したのさ」
「逃した?」
「そうだ。あの軍人は成仏してない霊魂だ。元々が負のエネルギーで満ちている。しかしそれのみならずマザーからも負の意識を組み込まれて「邪心」の塊となった運の悪い幽霊さ。そして幽霊の霊力は最上級だ。霊力が十もあれば君が放つ独特のオーラというのを感じ取っただろう。それが自分にとって有害であったら尚更さ。ただ、銃には霊力があるわけじゃない」
或斗はベルトをギュッと掴んだ。
それを横目で見ていた浬武は、「大丈夫。取り返しに来ることはない。たとえ邪心であったとしてもインバースと同様に組み込まれた負の意識に沿って行動するだけだ。彼らはこの世界を崩壊することが優先的なんだ」
語り終えた浬武は正面を向くと、長くなった灰を開き缶に落としてから、ゆっくりと口元に持っていった。
いくら宥められたとしても或斗の恐怖はグルグルと渦巻いていた。ずっと心の隅にあったのだ。国に幻力を買収され、アニメのキャラクターと共に身一つでふざけた世界に連れて来られて、ここが新しい日本――娯楽園になる予定の土地であると漠然と説明を受けて任務に当たらなくてはならない運命を突然に背負わせられたら、どんなに豪胆なる男子でも弱腰になってしまうものではないか?
「どうすれば、逃さなかった?」
或斗は問うた。どんな方法も失敗に終わったはずだ。
浬武は短くなったタバコを空き缶に落とし、カップを持ち上げ、無地の意匠を眺めるようにして口を開いた。
「己の思考から霊の存在だけを消し、霊体から意識を切り離してやることだ。霊にオーラを読み取れない工夫をすることが枢要なる場面だ。僅かな気の弛みすら致命傷となりえる」
カップを傾けて喉仏を上下させた浬武は続ける。
「成功すれば霊は自由の身だ。本来の姿に戻る。裸になった意識もマザーに帰還する。銃を入手したければ後から幻力で引き戻すことは可能だ。だが、それにも霊を呼び戻さぬよう物質だけに精神を集中させねばならない。さもないと己の命が危なくなる。霊魂を相手にすることというのは、それだけ大きなリスクも背負うと念頭に置いておくべきだ」
「そうね。今回は運が良かったのかもしれないわ」
吹雪が大きく頷く。
浬武はカップを置くと、傍らに置いていたサングラスをかけた。
「君の幻力が精強であったことが救いだった。好条件が遇合しただけとも考えられる。もう少し低かったら、完全に賠償金が支払われていたはずだ」
と言うことは「死んでいた」と言うことだ。
確かにあの場所が靴屋だったから命拾いしたのかもしれないと思える。背の低い棚が均等に配置されていたということと、大きな鏡が手の届く位置にあったということと、そして軍人が低能であったことだ。一つでも欠けていたり、または別の悪条件が重なっていたりしたら、真っ赤な光線で串刺しにされていたかもしれない。
或斗は身震いした。
軍人に詰め寄られた時のことを思い出すだけで冷や汗が出そうだった。再びあの怪物と対峙することになったら、オーラを勘繰られないように冷静になるなんて、とってもじゃないが、無理だ。
「銃を発砲しなかったのだって不幸中の幸いよ」
吹雪がため息混じりに言った。
足をぶらぶらさせて黙って聞いていたココは、
「殿がいれば安心です。アヤツから銃を奪ったのだって偶然じゃないです。殿が強いからですよ。殿の幻力は無敵です」と意気込んだ。運が良かっただけだと片づけられたのが面白くなかったようだ。
「そうかもしれないけど。そうじゃないことだってあるわ」
駄々をこねる子供を言い聞かせるように吹雪が言う。
「でも殿の幻力は最強ですッ。ココが保証するですよッ」
ココの声は震えていた。下唇を噛み締めて吹雪をねめつけている。
「おいココ、よせよ」
争いごとは御免だ。面倒になる。
だがココはスツールの上に立ち上がった。両手に拳が作られている。
「ヤです! 殿は悔しくないですか! あんなに頑張ったのに、悔しくないですか! 偶然て思われて、それってヤじゃないですか!」
「いい加減にしろよ!」
我慢ならず或斗は大声を出した。
ココは顔を真っ赤に染め、怒鳴られたことが相当ショックだったのだろう、どんぐり眼に涙が見る見る溜まった。
しばらく見合った末、ギュッと歯を食い縛ったココは、すとんと腰をおろして正面を向いた。腕で乱暴に涙を払い、シャツの裾をギュッと掴む。
「――ゴメン。大声出して、悪かった」
と謝っても、ココは今にも号泣しそうな顔をテーブルに向けるだけだった。
「申し訳ない」
困った表情を浮かべる吹雪を見て或斗は一言言わざるを得なかった。完全保護者のようだ。ため息がこぼれる。
吹雪は緩く笑ってかぶりを振った。
「良いのよ。私たちも悪かったわ」
そして場を取り直すようにスツールから離れると、パンッと手を叩いてココの背後に近付いた。
「ココちゃんは或斗のことが大好きなのね。聞いてちょうだいココちゃん。私と浬武ね、思うことがあるの」
「……何ですか」
ソッポを向いたままココはぼそりと答える。
大層な負けず嫌いだと見て、或斗は気が揉める思いだった。
吹雪が浬武と目配せし合い、じれったそうに笑った。
「実はね、特別指令団体のリーダーに、或斗を指名しようと思うの」
「……え? 殿を、ですか?」
ココは目を見開いて振り向き、吹雪を見つめる。「リーダーですか?」
「そうよ。彼の能力は優秀だし、右に出る者はいないわ。だからリーダーとして最適だと意見が一致したのよ。でもね、だからって気を抜いていちゃいけないの。隙を見せてしまっては幻力を最大限に発揮できない時だってあるんだもの。インバースだけだったら簡単かもしれないけれど、現実はそうじゃないわ。普通じゃ考えられない生物が徘徊しているし、何と言っても世界が殺伐としてるの。特に彼はこの世界のことをまだ良く知らないわ。だから怖いのよ」
分かる? と肩に手を置かれ、ココは静かに頷いた。
「ハイ。ごめんなさいです」
「ううん。良いのよ」
和やかに話は進み――と言いたいけれど、ちょっと待て。冗談だろッ!?
「俺がリーダーだって!?」
バカやろう。ふざけるな。知ってのとおり、こっちはこの世界に関して何も聞いちゃいないし何も知っちゃいないんだッ。
「正気か!? こっちは無教養の人間なんだぞッ?」
或斗は噛み付かずにはいられなかった。
「それも無知の知よ。私と浬武が叩き込むから安心していいわ」
「そんな簡単なものかよッ」
「殿、頑張ってくださいッ」
ココは、力瘤を出すように腕を折り曲げて、笑った。
切り替えが尋常なく早いことに或斗は嘆息を漏らさずにはいられなかった――今鳴いたカラスがもう笑うってやつだ。
奥に座る浬武がスツールを回転させ、長い腕と足を組んだ。
「君にはこうやって応援してくれる仲間がいるんだ。無知であれやるしかないだろ。何か不満か?」
そりゃあ不満だ。大有りだッ。この格好にしたって天と地の差があるじゃなか。
「仲間内で我慢は厳禁よ。不満は出しちゃった方が良いわ」
吹雪が優しく問いかける。
「……じゃあ言うけれど。どうして二人はそんなに立派な服を着てるんだ? 俺だけ普段着ってのは不公平だ」
ずっと思っていたのだ。青の家に入って二人と顔を合わせてから尚更思う。たとえ銃を担いでいるとしても、幻力が高いとしても、こんなみすぼらしい身なりではリーダーとしても格好がつかないだけじゃない。一人の人間としてとても惨めじゃないか。
「その点は心配無用よ。きちんと準備してあるわ」
「ホントか?」
思いかけず食らいついてしまった。ハッとしたが既に遅く、吹雪は部屋の奥から映画俳優が着る豪華な衣装らしきものを両手に抱えて持って来た。
ライダースーツのような黒い細身のつなぎに、胸元に大きな羽がついた皮製のベスト、ショートパンツ、ベルト、ホルスター、グローブ。
スーツ意外はどれも茶褐色で統一されていてベストの白い羽が異様に目立つ。グローブはスタッズ付きで指先がオープンになるタイプのものだ。
床いっぱいに広げられた衣装は、縫製も素材もしっかりしたものだった。素人は簡単に出会えない代物である。
「ブーツは立派なものを購入したようだから省いたわ」
吹雪が言う。
「殿に似合うですよ!」
ココは感激に瞳を輝かせながらジャンプをしてストールから降りた。「わぁ! この羽は大天使ミカエルのですな! 心身の癒やしに効くですよ!」
「良く知ってるのねココちゃん」
「マザーにそこそこの知識は埋め込まれてるですよ」
自分のことのように嬉々とするココをしばらく眺め、或斗は吹雪に言った。
「全部、俺の?」
「ええそうよ。遠慮なく。ただ、リーダーになるって言うならの話よ」
「それはズルイだろ?」
「ずるくないわよ。もし或斗が拒否するなら、そのときは私がリーダーだもの。そうなったら貴方の冒険着は自分自身で準備するように命令するわ。リーダーの権力には逆らえないのよ」
だからそれがズルイって言うんだよ。
「ったくぅ」
どれもこれも立派な物だ。だからこそという訳ではないが、こうなったらもう乗りかかった船だ。この現実から逃れるすべは皆無に近いのだから……。
或斗は意を決して返事をした。
「分かったよ。やれば良いんだろ、リーダーを」
「それでこそ殿ですよ! 絶対に殿はリーダーとして獅子奮迅の活躍を見せてくれるです!」
「それはどう考えても言いすぎだろ」
「いえ! 良い過ぎじゃないですよ! もう直ぐにでもこの世界は本当の娯楽で溢れるです!」
娯楽ね。そんな国が一つでもあったら人類は幸せなんだろうな。
「じゃあ今から或斗がリーダーってことで」
吹雪が言うと、「了解」とクールな浬武の返事が返ってきた。
或斗は心中で長い息を吐いた。この俺がリーダーなんか務まるとは到底思えないんだけどな。
すると突然、扉が勢いつけて外から開かれた。
「ちょっと待った!」
大喝するような声が反響する。
仁王立ちで吼える人物は、或斗よりも背丈のないように見える少年だった。
少年はこちらを見据え、肩をそびやかすように近付いて来た。
「遅いぞライム」
浬武が一言叱責するが、少年は聞く耳持たずだ。いたく憤っていると見える。
或斗は少年が間近に来るまでその風貌を凝視していた。これが藤麻浬武のパートナーのライム少年である。十四歳だ。
彼のデビュー作を拝見したことはないけれど、色白で身体の線が細く、栗色のボブカットの少年だと初めて知って、おとぎ話に出てくる公子が連想された。我がままで嫉妬深く傍若無人な王子である。外見も聞いていたとおりの利かん気が強そうな少年だ。
それを立証させるべく、ライム少年は嘗め回すように見渡すと視線を或斗に定め、意気揚々と大きなことを発言してくれた。
「リーダーはこの僕だ! 貴様なんかに渡すものか!」
藪から棒に怒鳴られた或斗は、目をぱちくりするしかできなかった。