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幻に揺れる淡い島  作者: KAHO
第二章
10/11

青の家

 ガイドを降り立った場所は飲食店エリアだった。

 О型の構造に沢山の店が看板を並べている。

 客は一人も見当たらず、どこもかしこも店員は不在のようだけれど、ボタン一つで料理が完成する「無人営業」はしているようだ。その中でも「宇宙料理店」や 「幻想レストラン」が或斗の関心を強く引いた。いつか入って食事をしてみたい。


 エリア内は人の気配がないのに食欲を増幅させる匂いが漂っていた。甘かったり辛かったり、揚げ物やチリソースやニンニクなど様々な匂いが混ざっている。

 ココの説明によると、この香りは利益を目的とした演出で人工的な香りらしい。等間隔おきに設置された天井の送風機から送られているようだ。その効力は絶大のようで、或斗はこの世界に来て初めて空腹感を催した。


 歩いていて気づいたが、足裏の傷がいつの間にか癒やされていた。荒れた芝生を長時間歩き続けた際に出来た切り傷の痛みが完全に鎮まっていたのだ。ブーツ自体に治癒力があるのかもしれない。ココも何の苦痛もなく歩行している。


 途中の案内図を見て分かったが、船体は大小の二つに分かれているようだ。或斗がいる場所は大の方で「海上ショッピングシップ」と名前が付けられている。面積も実に大きく大型デパートが何個もくっ付いたくらいの店舗数あるようだ。

 その反面、後からこっそり書き足されたように記されている「小」は、大のおまけ以下ほどの広さしかなく、その名前も「青の家」と風変わりなものであった。図面からもテナントが構えられているようには見えないし、何の区切りもない六角形の個室が一つあるだけだ。


 しばらくしてレストラン街の奥まった所にある扉に辿り着いた。クリーム色の全面を隠さんばかりの大きな赤文字で「非常口」と記されたドアである。上の方には御馴染みの緑色のピトグラムがスローモーションで走っている。


 ココは得意そうな顔で扉の前に立ち止まって或斗を見上げた。或斗はその顔を見下ろす。

「この奥にいるのか?」

「そうです。待ちくたびれてるですよきっと」

「と言われてもな……」

 待っていて欲しいと頼んだ覚えはないし、会ったこともない相手を仲間と認めるわけにもいかない。

「もうすぐ二人に会えるですよ、殿」

「あ? ああ」

 或斗は鼻の下を伸ばして顔の引き攣りを隠した。


 ココがノブを回してドアを押す。キーッと蝶つがいが小さく響いた。

 扉の向こう側からひんやりとした空気が流れ込んできた。肌が冷たいと認識したのは久し振りのような気がする。

 ドアの奥はクリーム色の世界だった。廊下、壁、天井は、はっきりとしない色に包まれていた。広さにして六畳ほどしかない狭いスペースである。

 ドアより左手に螺旋状の非常階段があった。或斗が当たり前に階段の方に向うと、ココが制した。

「そっちじゃないですよ、殿」

 振り向くと、ココは今しがた跨った扉の前に向かい合ってこちらを見ていた。ニコリと笑う。

「戻るのか?」

「違うです。ここが入り口です」

「入り口だって?」

 或斗は首を捻った。

「はい。ここが青の家の入り口です」

 と言って、ココはドアノブを何度も左右に回し出した。カチャカチャカチャと壊れそうなくらい回す。

 何やってんだよ? と或斗が声をかけそうになったその時だった。

 クリーム色だった鉄扉が一瞬にして濃厚な青色に変色した。

「どうなってんだ……?」

 目を擦って再確認するが、やっぱり青色にしか見えなかった。はっきりとした青だ。

「仲間はこの中にいるですよ」

 さぁ行くです。と元気一杯に言うココを或斗は引き止めた。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 どうしたですか? と目を丸めるココの両肩を掴んで向かい合わせる。

「この先は今通って来たじゃないか。案内図によると青の家はこのシップよりも外れた所にあるはずだろ?」

 或斗は困惑していた。鼻の尖った魔女でも出てきそうな予感が湧いてくる。

「まぁまぁそんなに慌てなくても大丈夫です」

 ココは悪戯っ子のような表情で或斗を宥めた。そして肩を掴まれていた腕を振り払い、扉を勢い良く引いた。

 もうどうなってんだよ……。

 或斗は髪の毛が抜けんばかりに頭皮を思いっ切り掻いた。奇妙な展開についていけずに起こした衝動的な動作だった。

「お待たせです。殿を連れて来たで~す」

 とココは陽気に声を上げ、一人で中へ入って行く。

 或斗はココに続くことをしなかった。と言うよりも出来なかったのだ。

 魔女こそ現れなかったものの、扉を一枚隔てた向こう側のなんとも豪華な光景に或斗の顎が外れそうだった。レストラン街は一画とも存在せず、大きなシャンデリアが吊るされた部屋である。

「こ、これは……」

「基地ですよ、殿。カッコイイでしょ?」

「は、はあ……」

 情けない返事しか出せない。

 目前に迫る現実は、カッコイイとか悪いとかそれで片付くような次元ではない――何なんだここは。

 

 天井が六角形であることは理解出来た。と言うことは、案内図に載っていた「青の家」に間違いない証拠である。おまけのコブのような部屋だ。

 ココは慣れた具合に奥にいる誰かに近付き、会話する。相手は二人いた。あれが「仲間」だと言うのか?

 

 或斗は入り口で立ち尽くすしていた。中に入ろうとは些かも思わなかった。

 

 目の前を木製のトロッコがゆっくりと通り過ぎて行き、或斗は飛び跳ねそうなほど驚いた。本能的に轢かれると思ったのだ。見ると床には六角形をなぞるように一本のレールが張られていた。ガイドのレールとは種類の違うものだ。

 さらに部屋の左寄りには大きな立方体のパネルがあって何やら映っている。ネオンのように消えたり点いたりと騒がしく動いている。そしてパネルをグルリと囲むようにカウンターがあり、椅子が均等に並んでいる。

 

 この光景を或斗はどこかで見たことがあった。

 巨大な機械を囲んで人々が戯れる場所――ゲームセンターのビンゴゲームだ。

 中学生の時分夢中で遊んでいた。コインを好きな枚数を賭ける遊びで、機械が選ぶ数字と自分が配列した数字とが条件どおりにビンゴすれば得点が得られると言うものだ。早く一致すればそれだけ獲得得点も高い。コインが大きく増えるのだ。行きつけの小さなゲームセンターで、最高で三千枚は貯めた経験があった――それと作りがそっくりだ。

 

 或斗がただただ唖然としていると、再びトロッコが通り過ぎる。今度は驚かなかった。中に何か入っているようだが見ることは出来なかった。

 

 どうするべきか迷っていると、今度は信号と同じ配色の派手なトロッコが通り過ぎた。赤黄青と三列連なっている。

 或斗は漠然と回転寿司を思い出していた。デザートやサラダまでもが回っている遊び心満載の回転寿司店だ。


「君が、冴森或斗君ね?」

 女性の声に或斗はハッとして顔を上げた――心臓が飛び跳ねる。長い黒髪の美女は、少しだけ葵恵に似ていたこともあって少しばかり見とれてしまった。


「さ、入って。詳しい話はまだのようだからゆっくり話すわ」

「いや、あ~」

 彼女は年上であろう。姉貴と同じくらいに見える。

 ワインレッド色の皮のシャツがピッタリとしていて豊満な谷間が覗いている。どこに視線をやったら良いのか分からない。下を見れば細く長い足にタイトのミニスカートだ。シャツと繋がっているようで、一応はワンピースなんだろうが、九十年代に流行った身体のラインが露になるボディコンのようでもある。が、不思議とダサくない。むしろ格好良いとさえ思う。それは彼女のスタイルの完璧さで覆されているのか、またはこの異世界が故の新鮮さなのかは分からない。一見しただけでお酒も喧嘩も強そうだと受け止めるのは或斗だけではないはずだ。

 

 己の汚い格好なども相まって、色んなことに恥ずかしくてグズグズしている間に、両者を引き裂くように一台のトロッコがガタンゴトンと通り過ぎる。


「ほら早くッ」

 強く腕を引っ張られ、或斗は首が置いていかれそうになった。

「怖がることはないのよ。私だってアナタと同じ特派の人間だし、あの男だってそうよ」

 レールの内側まで進入すると、ココが満面の笑みをこちらに向けて大きく手を振った。

 女性は或斗の腕を離さない。更に奥へ連れて行こうとする。

 或斗は無理やり引っ張られる子供のような足取りになっていた。怖気づくというより気が引けるのだ。このままの流れに乗ってしまって良いのだろうか……?

 

 ココと楽しそうに喋る一人の男の顔がこちらを向いた。彼もまた或斗よりも年上の雰囲気を持っていた。サングラスをしているからその造作は分からないけれど、非常に優れた美形のようだ。全身がそう物語っていた。

 

 男が小さく頭を下げたので、或斗も慌てて似たような挨拶を返した。

 彼は銀髪に近い色の長い髪を後ろで緩く束ねている。裾が膝に触れるくらいの黒いマントを羽織り、腕を中に隠している。黒いスリムパンツを包み込む立派なブーツは甲冑のようなメタリックと思われる輝きがあった。


「こっちに座って」

 女性に促されるがまま腰を下ろした場所は、ビンゴゲームを囲むスツールだった。或斗が座ったと同時、スツールの脚が自動的に微調整された。まるで生きているようだ。

 左隣に女性が座り、右隣にココが座った。最後にココの隣にサングラスの男が座る。

 面白いことに、三脚とも、腰掛けた相手がテーブルの高さに吊り合うよう調整するのだった。

 

 目の前のモニターは良く見ると四角いガラスだった。その中で彩り様々に光るボールが跳ねていた。

 

 ガラスを挟んだ向いのテーブルの上に人形が座っているのを見つけ、或斗は驚いた。三十センチもない金髪のお人形さんである。ピンクの可愛いドレスを着せられ、白いハイヒールを履いている。姉貴が遊んでいた歴代の玩具にこれと同じのがあるのを或斗は思い出した――ルリちゃん人形である。

 

 ルリちゃん人形は、発売当時から女子の間で大流行の着せ替え人形で、現在も顔つきなどに変化はあるものの、その人気は衰えることを知らない。洋服や小物も数多く販売されていて、それがまた可愛いものだから子供たちは次々と欲しくなるようだ。とは言っても玩具とバカに出来ないくらいの値段はするし、人形にド嵌りした子供を持つ親は、必死なおねだりが悩みの種なのかもしれない。

 目の前のルリちゃん人形は、初代の物である。金髪が初代で、二代目から徐々に色が濃くなっていると以前テレビで観たのを覚えていた。現在は五代目にしてブラウンで、髪の毛も昔より若干長くなっている。

 姉貴が持っているのはこのタイプである。十年以上経った現在でもタンスの上に飾られているのを何度も見ているから間違いはない。まさに目の前で座っているこの色である。

 

 座ったままジッとどこかを見つめるルリちゃん人形に、或斗の背筋が凍った。人形と言うのはリアルに作られるほど薄気味悪い。

 

 左に座る女性がテーブルに置かれたリモコンのような物を手にとってボタンを押した。すると周囲で煩く走っていたトロッコが停車した。


「何か、飲み物でも?」

 と彼女は言って或斗の顔を覗き込む。「冷たいの? それとも温かいのが良い?」

「あ~じゃあ温かいのを」

「了解。ココちゃんは?」

 背中を反ってココに話しかける。ココは冷たいのを選んだ。そしてサングラスの男はホットをと答える。

「それじゃあ私は冷たいのにするわ」

 彼女は言って短く口笛を鳴らした。「お願いね、マリン」

「ええ、分かったわ」

 と、ココに負けず劣らずの少女らしい声が答えた。

 四人意外に誰がいるというのだろうか。それも子供だ。

 或斗は瞳だけを動かして辺りを見張った。


 ――と、予想もしていなかった事態に、或斗の心臓が止まりそうになった。

 向かいに座るルリちゃん人形が動き出したのだ。よっこらっせという具合に両手を使って立ち上がり、ピンクのドレスの埃を払う。

 或斗が腰を抜かしそうなほど愕然としている間にもルリちゃん人形はスタスタとテーブルの端まで走り、小瓶に立てかけていた白いパラソルを開くと、落下傘の要領でゆらゆらと地面に降り立った。


「殿、びっくりしてるですな」

 ココはそう言うと、両手を口に当て肩を縮めてクスクスと笑う。

「ば、ばか言え。金髪が珍しいと思っただけだ」

 人形が歩くことがなんだ。普通じゃないか。俺は透明人間になれるんだぞ!

 或斗は身体に掛けているベルトをグッと引っ張り、背中の銃の重さを感じていた。俺は軍人から銃を奪ったんだぞ!


 強張る或斗の表情を見て、ココは歯を見せてニヤリと笑った。

「殿のそういう所、可愛いですな」

「はぁ?」

 いちいちコイツは……と思っていると、左からも聞きたくない言葉が飛んで来た。

「顔は中々の男前なのにね。意外と臆病なんですって?」

「え……はい?」

「まぁでもアレから銃を奪ったんだから大したものよ」

「はあ、どうも」

 或斗は更にベルトを引いた。

「でも恋には奥手なんだって?」

「あ~……」

「でもカッコいいもの。彼女くらいいるんでしょ?」

「いや……あ~」

 答えを探していると、拍車をかけるようにココが言った。

「別れたです。可愛い子だったですよ」

「オマエなッ」

 声を殺して或斗は叱った。「余計なことは言うな。だ、ま、って、ろ!」

「まぁまぁ良いじゃない」

 長い髪をかき上げて女性は笑った。薔薇の香りがした。

「その様子だと、まだその子のことが好きなようね」

「べ、別に――好きじゃないですよ」

「そう?」

「はい。未練なんかないですからッ」

 つうか、なぜ知らない相手にこんなこと言ってるんだ? バカじゃないか、俺。


 クスクスと笑う声が左右から聞こえる。


 クソッ。何なんだよッ。


 或斗は気分を落ち着けるため大きい咳払いをしたが、顔の火照りは改善されなかった。




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