名前のない主人
怪しい部屋の中、白濁した池の中央が風もないのにさざめき、今や大きく膨れ上がっています。
それを溢れ出さないように押しとどめているのは無数の魔術。
照明などなくとも本が読めるほどに輝く魔法陣の渦です。
「こちらが、この屋敷の主人 様でいらっしゃいます」
荒れ狂う魔法陣の渦のすぐ脇に平然と立ち、大きく持ち上がった白い水を指して執事さんは紹介しました。
その名前に剣士さんがその切っ先を揺らします。
「剣士殿は、我が主をご存じのようでございますね。稀代のズガガ研究者であった主を不当な理由により追放した国の手先よ」
執事さんが笑います。
何が不当だ、生き物や魔物への違法な生体実験を繰り返したあげく、封印を破りズガガとの融合を試みるなど狂気の沙汰。
剣士さんは言いました。
「狂気?人間はもとより狂っております。すべての医術が、すべての技術が、過去の犠牲の上に成り立っているも同然。それを、我が主だけ引っ張り出し、狂っているはないでしょうに」
我が主の研究は完成していたのです。
そう言った執事さんの目は、まっすぐ白いうねりを見ていました。
「ズガガは完璧な生き物。人間も魔物も不完全すぎる。我が主は、完璧に、神になられた」