prologue
これは昔々のお話です。
それは山で竜が昼寝をし、森の泉で精霊が水遊びをし、花の中で妖精がお茶をしていた時代。
当時、人間の国は魔物達の侵略に日々、戦々恐々としておりました。
朝日に綻ぶ花よりも、夜空に輝く月よりも美しいと讃えられた王女様は、お城のテラスで一人嘆いておりました。
今日もまた、一つの町が、魔物によって攻め滅ぼされたと聞いたからです。
王女はポロポロと、ダイヤモンドのような涙をその綺麗な緑の目からこぼしました。
そんな王女様の姿をじっと見つめる男がいました。
血のような色の目の男が庭木の陰から王女様を見ていたのです。
「美しい……」
ため息をつくように言った男は、その背に生えた翼を広げ、王女様の前に躍り出ました。
突然目の前に現れた男に王女様は息を呑みました。
男はきれいに整った顔をしていましたが、その背に漆黒の翼を持ち、耳も牙も鋭く尖り、山羊のような角をつけ、血の色の目をした魔物でした。
魔物は王女様を抱き抱えるとそのまま空へ飛び上がりました。
悲鳴すら上げることかなわず、王女様はさらわれてしまったのです。
その一部始終を見ていたのは、月と、星と、お城の窓から顔を覗かせていた道化だけでした。