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コーンフリーク  作者: 角野
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「泣き虫天使」と「超絶紫電」その③

デッドマンズバトル前日

アテネとライアは、最後の特訓をしていた。ライアの戦闘スタイルは、ギターをベース(=土台)として扱う独特なものだ。演奏そのものが攻撃や干渉に直結するためテクニックと持続力がそのまま戦闘力になる。そのためアテネはまずスタミナ強化に重点を置いた。ライアは居住区域内を毎日五周。呼吸を乱さず走り続けその直後にギターを弾く。「はぁ……っ、はぁ……っ……で、こうだろ!」荒い呼吸のまま弦を弾く。音がわずかに歪み空間に波紋のような揺れが広がる。「悪くありません」アテネは静かに頷いた。「ですが、まだ精度が落ちています。疲労時でも安定させてください」「注文多くねー?」文句を言いながらも、ライアは再び構える。次にアテネが目を付けたのは、回避能力だった。「いきますよ」言葉と同時に、翼が振るわれる。風を切る鋭い一撃が頬を掠める。「おわっ!?」ライアは慌てて身を引く。だが動きが大きく無駄が多い。「遅いです」二撃目。今度も掠めた。「いってぇ!本気じゃん!」「当たり前です。実戦ではもっと速いですよ」ライアは舌打ちしながらも笑う。「……楽しくなってきたじゃん」その目はどこか異質な光を帯びていた。数時間に及ぶ特訓の末、アテネは手を止める。「……今日はここまでにしましょう」ライアはギターを肩に担ぎながら振り返る。「もう終わり?」「明日に響きます」少しだけ間を置いてアテネは言った。「ライア……どうか無事でいてください」その声は、普段よりもずっと静かだった。ライアは一瞬きょとんとした後、いつものように笑う。「大丈夫大丈夫!すぐに勝つっしょ!」その軽さに、アテネは小さく息を吐いた。だが、不思議と心は少しだけ軽くなる。「……そうですね」その帰り道。「なぁ生徒会長、今日さうち来る?」「……は?」予想外の言葉に、アテネは一瞬固まる。「飯食ってけよ。せっかくだしさ」断る理由はあったが「……わかりました」ライアの家は二階建ての古い木造建築だった。どこか懐かしい温かみのある家。中からは賑やかな声が漏れている。「ただいまー」扉を開けた瞬間「「「あ!!ねーちゃん!!!」」」小さな影が一斉に飛びついてきた。「ただいまー!」三人、いや四人。小学生くらいの子供たちがライアにまとわりつく。「ゲーム勝ったんだぜ!」「いやずるしただろ!」「ねーちゃん腹減ったー!」情報量が多すぎる。アテネはその光景を見て、完全に思考が停止した。(……多い)「お、客?」一人の少年がアテネに気づく。ライアが軽く振り返る。「あー、この人はアテネ。お世話になってる人」紹介が雑すぎる。「えっと……」アテネは一瞬迷った後、小さく頭を下げた。「金糸雀ケ原・アテネ・イリアです」子供たちは一斉にざわついた。「名前なげぇ!」「かっけー!」「天使!」「おっぱいでけぇ!」「……天使ではありません」即答だった。食卓は、想像以上に賑やかだった。湯気の立つ料理。笑い声。言葉の応酬。白い教室や自分の家とは、まるで別世界。ライアは自然にその中に溶け込んでいた。「ほら食えよ生徒会長」「……ありがとうございます」箸を持つ手が、ほんの少しだけぎこちない。(……こういう時間は)アテネは一瞬だけ考える。(……知らない)だが、不快ではなかった。むしろ――「ねーちゃんこの人固い!」「きんちょーしてんの!」ライアが笑いながら頭を軽く叩く。そのやり取りを見て、アテネはほんの少しだけ目を細めた。食事の後。玄関先。「今日はありがとうございました」「いいっていいって」ライアはあくびをしながら手を振る。「明日、だな」「……はい」「なぁ負けたらどうなるんだっけ?」軽い口調。だがアテネは答えなかった。代わりに静かに言う。「負けません」ライアは少しだけ笑った。「そーいうの嫌いじゃねぇ」扉が閉まる。その夜。アテネは一人空を見上げていた。(……あの人は)思い出すのは、白い教室で見た「あれ」そしてもう一つ。「……なぜ、あんなに普通に笑えるのですか」答えは出なかった。

そしてデッドマンズバトル当日。

デッドマンズバトルは学園内の第一多目的ホールで行われる。広大な空間。無機質な床。そして観客席は存在しない。基本的に会場内に生徒は入れない。試合の様子はすべて学園内へ生中継される。そのため、各所のモニター前には人だかりができていた。ざわめきや笑い声が入り混じり興奮に包まれていた。「どっちに賭けた?」「そりゃ久木野だろ。1.2倍だぞ?」「あのライアとかに入れたやついるのかよ」非公式の賭けが飛び交う。久木野傘:オッズ1.2倍。神代ライア:オッズ120倍。圧倒的な差。「いや、あいつちょっと変だったぞ」「分かる。なんか嫌な感じした」ごく一部の声だけが逆の方向を向いていた。カフェテリアでアテネはモニターの前に立っていた。腕を組んでいるがその指先はわずかに震えている。(……大丈夫です)そう思おうとしても、脳裏に浮かぶのはあの時の光景。「……ライア」小さく呟く。視線は画面から離れない。第一多目的ホール。中央に、二つの影。ライアは床に座り込みギターのチューニングをしていた。キンと澄んだ音が響く。弦を弾くたびわずかに空気が震える。「……よしこれでいいかなぁ」小さく呟き、立ち上がる。一方、久木野傘はパイプ椅子に腰掛け頬杖をついていた。その視線は、まるで観察するようにライアを捉えている。「……ふふ」小さく笑う。「準備、ずいぶん丁寧なのね」ライアは肩にギターを担ぎながら答える。「本番でミスるのダサいじゃん?」「へぇ」久木野は立ち上がる。「でも無駄よ。私の能力には勝てない」その声には確信があった。ライアはニヤリと笑う。「そういうのあんま言わない方がいいよ。負けた時めっちゃダサくなるからさ」その瞬間、低い電子音が会場に響いた。『これよりデッドマンズバトルを開始します』無機質なアナウンスが空間全体に染み渡る。『ルールを確認します』一つ。会場外での戦闘は禁止。二つ。相手が戦闘不能、または10秒以上行動不能で勝利。三つ。外部からの支援・援護は禁止。四つ。能力増強薬の使用は禁止。五つ。審判の指示に従うこと。『以上』『試合時間:無制限。フィールド:第一多目的ホール全域。能力の開示は不要』空気が張り詰める。カフェテリアでは誰もが言葉を失っていた。モニター越しですら空気が重い。アテネはただ一人強く拳を握りしめて無事を祈っていた。会場で二人は向かい合う。距離はおよそ十メートル。ライアは軽く肩を回す。久木野は静かに目を細める。その瞬間。ほんのわずかにライアの背後で何かが揺れた。久木野の瞳がわずかに歪む。(まただわ…)口には出さない。だが確信する。(この子何なの?)次の瞬間。『開始まで10秒!両者位置につくように!』学園内にいる全員が息を吞みながら試合開始の瞬間を覚悟しながら待機していた。『10』『9』『8』『7』『6』『5』『4』『3』『2』『1!』『試合開始‼』先に仕掛けたのはライアだった。ライアの指が弦を弾く。キン――。その一音を起点に空気が震えた。周囲の照明が、バチッと瞬く。「……来た」久木野は動かない。ただ観察する。ライアはその場で演奏を続ける。一音、また一音。音が重なるごとに、空間に帯電していく。蛍光灯が明滅し床を走る微細な火花が増えていく。(……多い)久木野の目が細まる。(前と明らかに違う)電気の量だけではない。密度と制御が別物だった。ライアは笑う。「いくぞ」演奏が加速する。ジャッ――!!弦を薙ぐように弾いた瞬間、蓄積された電気が一気に解放された。白い閃光が一直線に久木野へ走る。だが「まだまだ甘いわね」その姿は、すでにそこにいなかった。床を滑るように踏み替え最小限の動きで回避する。久木野は制服の胸ポケットから、折りたたみナイフを取り出した。カチリと小さな音。刃が展開される。ふっと息を吹きかけた次の瞬間、ナイフが飴細工のようにドロリと溶けた。「……は?」金属が液体のように歪む。そのまま細く長く伸びていく。地面に触れた刃先がぐにゃりと生き物のように動いた。「なにあれキモ」蛇のようにうねる刃。久木野はそれを軽く持ち上げる。まるで新体操のリボンのように。「避けてみなさい」ブンッ――!!しなり伸び軌道が読めない。上下左右あらゆる角度から刃が襲いかかる。「やっば!?」ライアは咄嗟に跳ぶ。足元を掠める刃。直後背後からもう一撃。「チッ!」体を捻って回避。だが着地の瞬間、さらに横薙ぎ。「……っ!」ギターを盾にして弾く。ギィンッ!!金属音が響く。(なんだこれ)速いだけじゃない。軌道が生きている。予測が成立しない。「ほら、どうしたの?」久木野は軽やかに腕を振る。その動きに合わせて刃が自在に軌道を変える。しなやかで重い。そして何より「殺しに来てる」ライアは歯を食いしばる。後ろへ跳びながら弦を弾く。バチィッ!!電撃が広がる。空間を焼くように走る雷撃。だが久木野はそれすらも、紙一重で避ける。「甘い」一歩、踏み込む。距離が詰まる。刃の軌道が、さらに鋭くなる。「……やばすぎ」ライアの額に汗が滲む。攻撃は通らない。防御もギリギリ。そして理解する。圧倒的戦闘能力の差に。「どうしたの?さっきまでの威勢は」久木野の声はどこまでも冷静だった。しなる刃が再び襲う。ブンッ――!!「っ……!」ライアはギリギリで身を沈める。頭上を刃が掠め数本の髪が宙に舞った。(やべぇ……普通にやったら勝てねぇ)距離を取る。床を蹴り後方へ跳ぶ。そのまま弦を弾く。ジャッ――!!電撃が走る。だがやはり当たらない。「単調ね」久木野はわずかに首を傾ける。「軌道もリズムも全部見えてる」その言葉の直後。刃があり得ない角度で曲がった。「は?」ライアの目が見開かれる。空中で軌道を変え死角から迫る一撃。回避間に合わない。「チッ!」咄嗟にギターを構える。ガギィンッ!!衝撃。腕に痺れが走る。後方へ吹き飛ばされ床を滑る。「ぐっ……!」初めてまともにダメージが入る。カフェテリアのモニター前。「今の当たったぞ……」「やっぱ無理だろあれ」ざわめきが広がる。アテネは何も言わない。ただ画面を見つめる。微かに目を細める。ライアはゆっくりと立ち上がり腕を軽く振る。「……なるほどね」口元がわずかに歪む。「見えてるじゃねぇな」久木野の眉がほんの少しだけ動いた。ライアはギターを構え直す。「決まってるんだろ?」一拍。空気がわずかに揺れる。久木野は沈黙する。その沈黙が答えだった。「やっぱそうか」ライアは笑った。「じゃあさ」弦に指をかける。「壊せばいいだけじゃん」キン音が鳴る。だがその音は、先ほどまでと違っていた。明らかに先ほどよりも固く鋭い音が鳴り響き始めた。久木野は何か危機を感じ後方へと逃げるも右足に鋭い痛みと痺れを感じた。足を見ると血がだらだらと流れ痙攣しているように震えていた。「うぐっ!!」アテネは見逃していなかった。演奏をはじめた瞬間に高速の鋭い電気が久木野の右足を貫いていたのだ。久木野はナイフを落とし右足を抑えた「うわああああ!!!!」「あんた戦闘経験はあるけどダメージの経験は少ないみたいだね」ライアは攻撃の手を緩めずに連続攻撃を繰り出す。久木野は回避することに精一杯でナイフを取りに行く余裕がなかった。「私はあんたみたいに!笑いながら生きてけないのよ!退学になんてならない!私は幸せになるのよ!!!!!」そう言い放つと腕に息を吹きかけ反撃をはじめた。しかしライアの高速攻撃を完全に払いのけることは出来ず、5発受けたところで抵抗をやめて倒れ込んだ。10カウントが始まる。数字が減るたびに体の力が抜けそうだった。そして遂に0を数え切りライアの勝利でデッドマンズバトルは終了した。学園内は一瞬の静寂の後、大歓声に包まれた。アテネはカフェテリアから去りライアの元へと急いだ。『これにてデッドマンズバトルを終了します。勝利者の神代ライア氏には在学の権利と一つ願望を叶えます』ライアはしばらく考えた後にカメラに向かって指をさして高らかと宣言した「金糸雀ケ原・アテネ・イリアを生徒会長の座に復帰させろ」しばらくの沈黙の後『承知しました。では現時刻より金糸雀ケ原・アテネ・イリアを生徒会長の座へ復帰させます』それを聞いたアテネは涙を流しながら走った。「…あんたは強かった。けど失うものがなさ過ぎた」倒れた久木野を背に第一多目的ホールを出た。その瞬間何者かに空中へと持ち上げられ校舎の屋上へと連れていかれた。「生徒会長!」「うぅ…ライア」ライアを翼で包み込み傷を癒す。「そこまで大きな怪我じゃねぇから大丈夫だって」「そういうことじゃないです!貴方は馬鹿です!」「勝ったんだから褒めてよ…!」アテネは大粒の涙をこぼしながら首を横に振り続けた。「私は!貴方は!もう!本当に心配だったんです!」「ははは…大丈夫だっただろ?またこうやって生きて戻ってきたんだから」「うぅ…」アテネの顔から流れる涙をライアは指でそっと拭った。指先に残る温もり。ほんの一瞬、アテネの呼吸が止まる。「……ほんと、泣きすぎ」軽く笑う声。だがその直後。ライアは何の躊躇もなく唇を重ねた。「……!」思考が真っ白になる。風の音が遠のく。時間がわずかに止まったような感覚。四秒。やがてゆっくりと離れる。何事もなかったかのようにライアはその場で軽く体を伸ばした。「……よし全回復!」肩を回す。まるでストレッチでも終えたかのような気楽さ。「さーてと、帰ろうかなー」「な、な、な……!」アテネの顔が一気に赤くなる。「何をしたんですか今!?」「ん?」ライアは振り返りきょとんとした顔で言う。「キス」あまりにもあっさりと。「……!」「はじめて?」一歩言葉を重ねる。アテネは言葉を失いわずかに視線を逸らす。「……貴方は、本当に……」拳を握る。だが最後まで怒鳴りきれない。「馬鹿です……!」ようやく絞り出した言葉。ライアはそれを聞いて楽しそうに笑う。「知ってる」軽い返事。だがその目は、ほんの少しだけ優しくなっていた。屋上には穏やかな風が吹き抜けた。

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