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コーンフリーク  作者: 角野
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「全て」と「冷たい煙」

暁元年

遠い昔この国を統治していた尊家の生き残りである「暁の尊(以降は尊と称する)」が多次元からの侵略者である「イエス・■■■■・アルケミスト」を葬り去り、この国を「暁」という名に変えると同時に再びこの国の頂点に返り咲いた年である。尊はこの「暁の国」を世界一安全な国にすると共に再び「アルケミスト」のような侵略者によってこの国を危機的状態に陥らせないと宣言し自身を崇め奉る事なく己を信じろと説いた。そこから32年後の今日。「暁の国」には多くの不思議な「能力」を持った人間達の確認事例が相次いだ。「能力」の種類は幅広く炎を出したり助走無しで5m飛んだりと色々。この事態に「暁国安全保障防衛部隊第7戦隊『能力者対策課・輪廻』」には政府直々の命令が下り「能力者」達の対策に追われた。一旦「輪廻」の組織的な概要とリーダーである「中目封戸」の紹介に移ろう。「暁国安全保障防衛部隊第7戦隊『能力者対策課・輪廻』」とは「アルケミスト」や近年増加し始めた「能力者」の「監視」「捜索」「追跡」および必要に応じた「排除」を主任務とする「暁国政府直轄」の特殊部隊である。その活動領域は国内外を問わず表向きには存在しない「影の治安維持機関」として機能している。特に「アルケミスト」と呼ばれる「多重能力保持者」や、突発的に能力が発現した「覚醒者」による社会秩序の崩壊を未然に防ぐことを目的としておりその任務は常に極秘裏に遂行される。「第7戦隊『輪廻』」は数ある戦隊の中でも「対能力者戦」に特化した実働部隊であり、個々の隊員もまた「常人を超えた適性」あるいは何らかの「特殊技能」を有している。彼らは対象の捕縛だけでなく能力の「解析」「無力化もしくは制御」「再発防止」のための処置までを一貫して行う。しかし、その任務の性質上「輪廻」の隊員たちはしばしば倫理の境界線を踏み越える判断を強いられる。「救うべきか」「排除すべきか」その選択は常に一瞬で下されその選択には大いなる責任を追及され続ける。隊員は活動内容を誰にも知られることなく歴史の裏に葬られていく。国を守っていたという記録も名前も残されず死ぬ。それを承知の上で常に命をかけて国を守り続ける組織なのである。その組織のリーダーである「中目封戸」は組織内では「非情の中目」と呼ばれるほど冷徹な人間で知られている。その組織のリーダーである「中目封戸」は28歳という若さでリーダーにまで上り詰めた天才である。組織内では「非情の中目」と呼ばれるほど冷徹な人間で知られており任務において一切の私情を挟まず、対象が子どもであろうと、かつての仲間であろうと、必要とあらば即座に排除の判断を下す。その決断の速さと正確さは群を抜いており歴代の指揮官の中でも最も高い成功率を誇っていた。だが、その冷徹さは生来のものではないと噂されている。かつて中目が14歳の頃に起こった「能力者」による大規模災害「灰域事変」において中目は民間人ながら救出を最優先とする判断を行い全ての人を助けようと行動した。しかしその行動は無駄だと理解した。必ず助かると無駄に希望を与え続けた少女が苦しそうに腕の中で息を引き取った。瓦礫の下から伸びた手が彼の指先に届く寸前で止まった光景。「救えるはずだった命」と「どう足掻いても間に合わない命」その境界線は、あまりにも残酷に、そして明確に引かれていた。「全てを救う」という理想は音もなく崩れ落ちた。限界がある。選ばなければならない。そして選ばなかった側は、必ず死ぬ。14歳の中目封戸はその事実を理解してしまった。それからの彼は変わった。感情を切り離し、判断を研ぎ澄ませ、最も「損失の少ない選択」だけを積み重ねるようになった。「助ける命」を選び「切り捨てる命」を決める。その行為に躊躇はなく後悔すらも切り捨てた。やがて彼は18歳の時「暁国安全保障防衛部隊」に入隊し異例の速さで頭角を現す。「第19級能力者」でありながら、その判断力と指揮能力だけで数多の修羅場を制してきた。第7戦隊『能力者対策課・輪廻』の頂点に立った彼の目に映るのはもはや「救うべき人間」ではない。そこにあるのはただ「排除すべき脅威」か「利用可能な戦力」その二択だけだった。だが、かつて瓦礫の中で掴み損ねたあの手の感触だけは、どれだけ時間が経っても彼の記憶から消えることはなかった。そんな中目は捜査員に現時点で確認されている能力者の監視を指示し、部隊員には治安維持に重大な支障をきたす能力者の制圧、排除を指示した。作戦には一瞬のズレや相違があってはならない。それらを放置すれば命に関わるため作戦内容は何度も読み合わせをし訓練を行う。中目自身も作戦に漏れはないかを議論し少しでも穴があれば補正を行う。そのようなストイックさと正確さが「輪廻」という組織を高いレベルにまで押し上げているのだ。今回行う作戦は東京の増城市にある廃墟に巣食っている「蜘蛛女」と呼ばれる能力者の排除だった。「蜘蛛女」は多くの人間をその美貌で騙し廃墟に連れ込んでは骨までしゃぶりつくす極悪を極めた能力者である。今回「輪廻」は本拠地として特定済みであった廃墟への突入作戦実行を命令され、通常作戦以上に緊張感を持ちながら作戦実行日まで入念な訓練を積み重ねた。作戦実行当日、廃墟前には12名の隊員と中目が待機し時を待っていた。そして作戦実行時間を迎え廃墟へと突入をした。廃墟へと突入した瞬間、空気が変わった。湿った鉄の匂いと腐敗した有機物の臭気が入り混じり、隊員たちの神経を強く刺激する。床や壁、天井に至るまで、白く粘ついた糸のようなものが幾重にも張り巡らされていた。「全隊、警戒レベル最大。糸には触れるな。罠の可能性が高い」中目の低く冷静な声がインカム越しに響く。隊員たちは即座に陣形を維持しながら進行を開始する。先頭の二名が索敵、後方が支援と退路確保。訓練通り無駄のない動きだった。だが「……隊長、これは」一人の隊員が足を止めた。その視線の先、壁に貼り付けられていたのは「それ」だった。人間だったもの。乾ききった皮膚が骨に張り付き、まるで抜け殻のように吊るされている。十、二十では利かない。廊下の奥まで無数に連なっていた。「……記録だけ取れ。感情は捨てろ。性別は視認できる者だけでいい」中目は一瞥しただけでそう言い放つ。その声に迷いはなかった。「対象はこの先だ。進め」隊は再び動き出す。奥へ奥へと進む度に糸の密度は増していき、やがて視界すら制限されるほどに張り巡らされた空間へとたどり着いた。その中心。天井から垂れ下がる巨大な繭のような塊。そして「……来てくれたのね」甘く艶のある声が響いた。次の瞬間、繭がゆっくりと裂ける。中から現れたのは、一人の女だった。長く艶やかな黒髪。白い肌。妖しくも美しい顔立ち。だが、その下半身は異形――巨大な蜘蛛そのもの。八本の脚が床を這い、糸を震わせる。「歓迎するわぁ……『輪廻』のみなさん」「対象確認。『蜘蛛女』だ。総員構えろ」中目は一歩前に出る。銃口を向けながら、淡々と告げた。「暁国安全保障防衛部隊第7戦隊『能力者対策課・輪廻』だ。対象に告ぐ。直ちに抵抗をやめ投降しろ。さもなくば実力行使に移る」一瞬の静寂。そして「ふふっ……」女は笑った。その笑みは、人のものではなかった。「やだ」次の瞬間、空気が弾けた。無数の糸が一斉に射出される。「散開!!」中目の号令と同時に、隊員たちが四方へ跳ぶ。だが中目が足を絡め取られた。糸はただの糸ではない。鋼線のような強度と、異常な粘着性を持っていた。「構うな!攻撃しろ」支援班は即座に刃を振るうが糸は容易には断ち切れない。その隙を蜘蛛女は見逃さなかった。「いただきます♡」跳躍。常人ではあり得ない速度で間合いを詰める。その瞬間。「まぁ読めていたがな」乾いた一声。銃声が三発、連続して響いた。中目は塞がっていなかった左手で発砲し全弾を正確に蜘蛛女の関節部へと命中する。動きが止まる。「今だ。回収」中目の指示で他にも拘束された隊員が引き戻される。蜘蛛女は一瞬驚いたように目を見開き――すぐに、笑みを深めた。「あら……いいじゃない」その瞳が、真っ直ぐに中目を捉える。「あなた……美味しそう」中目は無言で照準を合わせ続ける。「全隊、第二フェーズ移行。『捕縛優先』から『排除許可』へ変更」一瞬の躊躇もなかった。「対象は高危険度クラスβ。ここで終わらせる」その宣告と同時に、戦場の空気が完全に変わる。「狩る側」と「狩られる側」その境界線が、静かに引かれた。蜘蛛女はその気迫に圧倒されながらも、体勢を整えると再び糸を吐き出し複数の隊員を拘束した。蜘蛛女は勝ち誇ったように体を這わせ中目に近づく「貴方にしか興味ないのよ今はね」中目はじっとり見つめる蜘蛛女の目に数弾撃ち込むと、蜘蛛女は叫び声を響き渡らせた。続けて他隊員は脚部に小型爆弾を仕掛け爆破させ脚部を破壊した。蜘蛛女は言葉にならない声を叫びながら身体を這わせて何処かへと逃げようとした。「隊長!準備は整いました!総員!ガスマスクを着用せよ!」隊員達は重厚なガスマスクを着けると中目は大きく息を吸い込み手袋を外した。「何するつもりよ!!!!この野郎許さないわ!!!!!!!!!この場で全員!!!!!!私の卵を産み付けられる袋になってもらうわよぉ!!!!!!」中目はメガネを直すと人差し指を蜘蛛女に指すと指先から煙が噴出し始めた。煙は床全体に広がると地面に這いつくばっていた蜘蛛女の顔にもかかり始め呼吸困難に陥らせた。「はぁ!はぁ!息が!!息が!!!」中目は間髪入れず超高濃度の煙を噴出し続け遂に蜘蛛女は絶命した。「お前の欲望には答えられないな…生憎私は既婚者だ」普通ならここで気を抜いて緊張を解くが「輪廻」はその様なことを許さない。隊員達は糸から解放されると蜘蛛女に一斉掃射を行う。今の段階では死亡を確信出来ないため目視でもわかるほどのとどめを刺す必要がある。特に能力者によっては死を偽装していたり寸前のところで防いでいたりと読めない部分が多い。なので死んだとわかっていてもそれらを防ぐために一斉掃射を行うのだ。10秒の一斉掃射を終えて遺体を特殊な袋に包み鋼鉄製の棺に入れると輸送車で本部へと送る。本部へ輸送後、遺体を解剖し能力を解析した後に厳重な手順の元焼却する。時に遺体を欲しがる遺族がいるが能力者の遺体というのは少し特殊なのだ。というのも焼却した際に骨が全く残らないのだ。詳しいメカニズムはわかっていないが、どの能力者も例外なく骨が残らないため事情や経緯を捏造し渡せないと説明している。中目は報告書の作成と上層部への作戦の説明と結果報告を終えるとようやく任務を終えることが出来るのだ。中目は日に日に過激化する能力者犯罪に辟易しており、最近は呆れという感情以外湧かなくなってきていた。そんな気分のところに上層部から一通のメッセージが届いた。どうやら匿名の招待状らしく上層部はその招待状の場所へ行くよう命令をした。中目は最初断ったものの上層部は「如何なる事情や予定も全て断りこの招待状に書かれている場所へ迎え」と言うと仕方なく書かれていた場所へと向かった。その場所は中目はよく知っている場所だった。その場所とは「尊御殿」と呼ばれる「暁の尊」が住んでいる巨大居住区域だった。東京ドーム4個分の広大な土地と自然豊かな森林を保有している。年に4回程国民向けに解放している場所もある。そんな象徴とされている場所に何故呼ばれたのかわからなかったが、全ての仕事を切り上げて向かった。到着すると使用人のような人物が門を開き「尊御殿」の中央にある「暁の館」へと案内された。「暁の館」の入口に立つと扉が開き中へ入るよう何処からともなく声が聞こえ、その声の案内に導かれるように館の中を歩きある部屋の前で止まると部屋の奥から声が聞こえた。「あぁ来たね…じゃあ入っていいよ」中目が扉を開けると外を見ながら立っている青年の後ろ姿が目に入った。陽の光が大きな窓から差し込み、その背中だけが輪郭を持つように浮かび上がっている。静かだった。あまりにも静かでまるで外界と切り離された空間のようだった。「……遅くはない。時間通りだね」振り向かないまま、青年は言った。その声には威圧も誇張もない。ただ、奇妙な「確信」が滲んでいた。中目は数歩進み、一定の距離で足を止める。「暁国安全保障防衛部隊第7戦隊『輪廻』隊長、中目封戸。上層部の命令により参りました」簡潔な報告。それ以上でもそれ以下でもない自己紹介。その瞬間「もっと楽でいいよ」青年がくるりと振り向いた。年齢は二十代前半に見える。整った顔立ち。どこにでもいそうな、だが同時にどこにもいないような存在感。その瞳だけが異質だった。底が見えない。「……初めまして、『非情の中目』」その呼び名に中目は一切反応を示さない。「用件を」短く切り出す。青年は少しだけ笑った。「いいね。無駄がない。さすがだ!さっきのは冗談だよごめんね」ゆっくりと歩み寄る。その一歩一歩に、空気がわずかに歪むような感覚があった。「僕が誰か、分かる?」「検討はついています。しかしながらそれを口にするのは大変無礼と考えており敢えて言いません」即答だった。だが次の瞬間、中目の脳裏に警鐘が鳴る。青年はその反応を楽しむように目を細めた。「そっか。じゃあ名乗ろう」一拍の間。「暁の尊って言えばわかるかな」空気が凍りついた。それは名前ではない。「概念」に近い。この国の頂点。象徴。そして32年前、国を救った存在。中目の瞳が、ほんの僅かに細められる。「……決して全てを疑っている訳では無いですが…それを証明出来る方法は?」疑うことは許されていない。だが、確認は必要だ。尊は軽く肩をすくめる。「慎重だね。いいよ。僕は君のその慎重さに対して嫌悪感は抱かないよ。だって立場や仕事の都合上そうなってるんだからさ」そう言った瞬間、何も起こらなかった。いや「起こらなかったこと」が異常だった。窓の外。揺れていた木々が止まっている。風が消えている。音が消えている。世界そのものが切り取られたかのように静止していた。「……これでいいかな?」尊は何事もなかったかのように言う。次の瞬間、全てが元に戻る。風が吹き葉が揺れ遠くの鳥の声が聞こえる。中目は数秒の沈黙の後、口を開いた。「……確認しました。大変失礼いたしました」それ以上は問わない。問う必要がない。この常軌を逸した能力を未だかつて見たことがない。「それで、何の用ですか」尊は満足げに頷くと机の上に置かれていた一枚の紙を手に取った。「最近、『能力者』増えてるよね」「……はい」「しかも質が悪い。暴走型、捕食型、群体型……君たちも大変でしょ」淡々とした会話。だがその裏にある「何か」を、中目は感じ取っていた。「結論から言うね」尊は紙を差し出す。そこには、いくつかの名前と写真。そして、一つの単語。「『原初回帰オリジン・リバース』」中目の視線が鋭くなる。「新しいタイプの能力者だよ。いや……能力者って呼んでいいのかも分からない」尊の声が、わずかに低くなる。「これはね」一瞬、間が空いた。「アルケミストに最も近い存在だ」その言葉の重みが、空間に沈む。「そして既に、国内に複数確認されている」中目は資料に目を落とす。そこに写っていたのは人間の形をしている「何か」だが、どれも共通して身体が壊れていた。「君を呼んだ理由は一つ」尊は静かに言い放つ。「第7戦隊『輪廻』に、この案件を手伝ってほしいんだ」「……」「優先度は最上位。必要なら他の戦隊も使っていい」一歩、近づく。「ただし」その瞳が、わずかに細められた。「君は僕の仲間の一人になって欲しいんだ。もちろんタダでとは言わない」命令だった。この世で一番で絶対的な。中目は数秒の沈黙の後「了解しました」そう答えた。だがその胸の奥で何かが微かに軋む。それは恐怖ではない。違和感。「アルケミストに最も近い存在」その言葉が、脳裏に残り続ける。そしてもう一つ。瓦礫の中で、掴めなかった手の感触がほんの僅かに蘇っていた。部屋を出た瞬間、外の空気がやけに重く感じられた。中目は無言のまま歩き続ける。案内の使用人が何かを話していたが、その言葉はほとんど耳に入っていなかった。「アルケミストに最も近い存在」その一文が、思考の奥で反芻され続けていた。「……原初回帰ねぇ」小さく呟く。能力の進化ではない。回帰。それはつまり「……元に戻る、か」何に。その答えが見えないことが、わずかに不快だった。門を抜け外へ出ると待機していた車両に乗り込む。ドアが閉まると同時に、現実へと引き戻されるように思考が切り替わった。「本部へ戻る。全隊員に緊急招集をかけろ」「了解しました」運転席の隊員が即座に応答する。中目は座席に深く腰掛け資料を再び開いた。そこに並ぶ「対象」写真の一枚に、視線が止まる。少女。年齢は十代前半。だが、その目は人間のものではない。空洞のように何も映していない。「……」その瞬間。一瞬だけ、記憶が重なる。瓦礫の中。腕の中で息を引き取った少女。必ず助かると言い続けた自分。「……どうかしてるな」中目は資料を閉じた。過去は関係ない。今やるべきことだけを見る。それが中目封戸。だが。その数分後、本部に到着した直後だった。「隊長!」通信室の扉が勢いよく開く。「どうした」「先ほど隊長が送られた『原初回帰』と思われる対象を確認! 場所は!」一瞬、言葉が詰まる。「……都内、第三区域。現在、交戦中の部隊がいますが!!!!!!」「落ち着け、まず結論を言え」「…壊滅寸前です」沈黙。中目の目が、ゆっくりと細められる。「いきなり来たか…!対象の能力は」「不明です。ただ……」オペレーターが震える声で続ける。「攻撃が通らないとの報告が……」「気体か……?」その瞬間、全てが繋がる。アルケミストに最も近い存在「車を回せ‼総員‼出動準備‼」中目は即座に立ち上がる。「そして…前線には俺が出る」「は、はい!」「第7戦隊、戦闘要員を全て投入。非戦闘員は後方支援へ回せ」次々と指示が飛ぶ。その速度に誰も口を挟めない。「作戦コードは断絶」一瞬の間。「対象を、この場で完全に終わらせる」その言葉に、室内の空気が引き締まる。数分後。輸送車が夜の街を切り裂くように走る。サイレンは鳴らさない。存在を知られてはならないからだ。だが遠くからでも分かる。異常が起きている。空が歪んでいた。まるで現実そのものにヒビが入ったかのように空間が揺れている。「……」中目は無言でそれを見据える。やがて、現場が視界に入る。崩壊した建物。燃え上がる炎。そして「それ」。人の形をしている。だが人ではない。輪郭が定まっていない。存在が揺れている。まるで現実に固定されていないかのように。「……あれが」誰かが呟く。その瞬間。「それ」がこちらを見た。距離はある。数百メートルは離れている。だが「っ――!」車内の全員が同時に息を呑む。視線が合った。それだけで理解する。これは「……なかなかの化け物だな」中目が静かに言う。恐怖はない。ただ評価するだけ。「全車停止。ここから先は徒歩だ」ドアが開く。夜の冷え込んだ空気が流れ込む。中目はゆっくりと地面に足をつけた。その瞬間「それ」が消えた。「来るぞ‼総員構え‼」次の瞬間。目の前にいた。「なんだと‼」誰も反応できない速度。だが「想定内だ」銃声。至近距離で放たれた弾丸が「それ」の頭部を撃ち抜く。……はずだった。しかし弾はすり抜け夜の闇に消えていった。存在を捉えられない。「……なるほどな。そりゃ壊滅状態になるわな」中目は銃を下ろす。そして静かに言った。「全員、通常攻撃を禁止」ざわめきが走る。「隊長それでは攻撃が‼」「当たらない攻撃に意味はない。今は銃弾を無駄に使わないようにすることだけを考えろ」即答だった。中目は一歩前に出る。「それ」と向き合う。距離約五メートル。「……聞こえているか」呼びかける。返答はない。だが「それ」は確かにこちらを見ている。「お前は何だ」沈黙。次の瞬間「それ」の口がゆっくりと開いた。「……た……す……け……て……」掠れた声。その一言で空気が凍る。「……なんだと」中目の瞳が、僅かに揺れる。それは確かに人間の声だった。「……たすけて……」繰り返される。壊れたように。「くるしい……」その声はどこかで聞いたものと重なる。瓦礫の中。あの日の少女。「そうか……」中目は数秒間動かなかった。隊員たちも誰も動けない。そして「全隊、後退しろ。そして奴の言葉に耳を貸すな」静かな命令。「この対象を倒せるのは俺だけだ」「……え?」一瞬の困惑。だが中目の声には一切の迷いの感情がない。「命令だ」隊員たちはゆっくりと後退を開始する。中目は一人その場に残る。「それ」は、なおも呟き続ける。「たすけて……」その声を真正面から受け止めながら中目は手袋を外した。指先からわずかに煙が立ち上る。「なるほどな。幻惑も見せてくるのか。たしかに尊様が言ってた通り…質が悪いな」一瞬ほんの一瞬だけ。迷いがよぎったが「……その力を使うには相手が悪かったな」その言葉と共に指を向ける。煙が溢れ出す。「お前がどういうやつかは知ったことではないが」声は低く静かだった。「苦しまずに終わらせる」次の瞬間、煙が「それ」に向けて一斉に放出された。そして煙の弾幕は「それ」に向かって鎖のように縛りつくと「それ」の体内に入り込み身体の制御を奪った。「おまえ自身の身体が気体なら俺の煙はもろに取り込むよな…」絶叫はなかった。ただ静かに消えていった。跡形もなく完全に。中目はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて手袋をはめ直す。「……作戦終了」振り返ることなくそう告げる。だがその胸の奥である途轍もない違和感に襲われた。「…倒した感覚がない。次もまたくる可能性があるのか」中目は空を見上げながら一息つく「もっと自分も強くならなきゃいけないのかもな」そう呟くと待機していた車両へと戻るのだった。「あぁ…帰りの連絡入れ忘れた…今日はカレーだった」

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