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第9話 選ばされた中立

帝都の夜は、相変わらず明るかった。


繁華街の喧騒が遠ざかり、屋敷に戻る車の中で、俺はずっと考え込んでいた。

麦わら帽子の女性と別れた後も、頭の中からあの一言が離れない。


——日本も戦後、合衆国の一部を領土にしたけど、大丈夫なんですか。


知らなかった。

いや、正確には——知ろうとしなかった。


「……一度、整理しよう」


屋敷に戻るなり、俺は全員を集めるよう指示した。

ただし、騒がしくなるのは避けたかった。


呼んだのは三人だけだ。


政府の監視役。

帝国出身の亡命者。

そして、念写の能力者。


広間の一角、簡易的に整えた机を囲み、俺たちは向かい合った。


「日本の戦後について、知っている限り教えてほしい」


俺は率直に言った。


「帝国側の視点でもいい。

政府資料でもいい。

……できるだけ事実ベースで頼む」


監視役が静かに頷いた。


「承知しました」


彼は資料端末を起動し、淡々と話し始める。


「日本は、世界大戦初期から中盤にかけて、帝国と敵対関係にありました」


それは知っている。

帝国が人間を家畜にしていた時代、日本がそれを黙認するはずがない。


「連合王国、共和国、日本、合衆国。

当初はこの枠組みで帝国に対抗していました」


監視役の声は平坦だ。


「しかし戦局は、途中から急激に変化します」


念写の能力者が、無言でノートを開いた。

白紙に文字が浮かぶ。


《連合王国 降伏》

《共和国 降伏》


「……そこからです」


監視役が続ける。


「二国が脱落したことで、戦線は急速に縮小しました。

合衆国は戦争継続を主張しましたが、国内では深刻な対立が起きます」


亡命者が、鼻で笑った。


「内戦一歩手前、だったな」


監視役は否定しない。


「はい。

国内での戦争継続派と停戦派の対立が激化し、治安は著しく悪化しました」


念写のノートに、淡々と追記される。


《合衆国内部 対立激化》

《内戦寸前》


俺は息を飲んだ。


「……その状況で、日本は?」


監視役は、ほんの一瞬だけ間を置いた。


「日本国内でも、議論が起きました」


「どんな?」


「このまま戦い続ければ、日本も崩壊する可能性が高い、という意見です」


それは——卑怯でも裏切りでもない。

ただの、恐怖だ。


「帝国は、すでに単独で世界を相手に戦える状態にありました。

日本が戦争を継続した場合、次に追い詰められるのは日本です」


亡命者が、低い声で付け加える。


「帝国は、負ける気配がなかった。

むしろ……“勝ち方”を選び始めていた」


背筋が冷える。


「日本国内では、“今ここで選ばなければ国が消える”という危機感が広がったそうです」


監視役は、そこで一つ資料を切り替えた。


「その結果、日本政府は——帝国側に寝返る決断をします」


念写のノートに、はっきりとした文字。


《日本 帝国側へ転向》


「……合衆国は?」


俺が聞くと、亡命者が代わりに答えた。


「背後から刺された」


淡々と、しかし皮肉を込めて。


「内戦寸前で身動きが取れないところをな。

帝国と日本、二方向から圧力を受けて——終わりだ」


「それで、世界大戦は終結……」


「帝国の勝利、という形でな」


監視役が補足する。


「日本はこの行動により、帝国から高い信用を得ました。

同時に、戦後処理において一定の裁量を持つ立場になります」


「……でも」


俺は、どうしても引っかかっていた点を口にした。


「日本は、戦後“中立国”を名乗ってる」


監視役は頷いた。


「はい。

日本政府は、合衆国の“味方面”を保ちつつ、表向きは中立を貫きました」


亡命者が苦笑する。


「器用だよな。

勝者の信用を得て、負けた側にも顔が立つ」


「国内は……荒れたんじゃないですか」


そう聞くと、監視役は静かに答えた。


「はい。

国内では激しい非難が起きました」


念写のノートに、短い言葉が並ぶ。


《恥も外聞もない》

《よく味方面できるな》

《裏切り》


「政府は、このままでは国が分裂すると判断しました」


「だから……」


「はい」


監視役は淡々と言った。


「世界大戦での日本の悪行は、いったん“なかったこと”にされました」


言葉が、重い。


「正確には、公式記録から段階的に整理され、

国民の議論の場から切り離されました」


亡命者が肩をすくめる。


「忘れたふりをしたんだ。

生き残るためにな」


「……それで、中立を貫く方針へ」


「はい。

国民の声を聞いている、という形を取りつつ

“これ以上関わらない”という立場を選びました」


沈黙が落ちた。


誰も、日本を悪だとは言わない。

卑怯だとも、正義だとも。


ただ——追い詰められていた。


「……初の世界大戦、か」


俺は呟いた。


この世界では、最初の大戦だった。

経験も、前例もない。

一国に負けかけ、国民の未来が見えなくなる恐怖。


「その状況で……この選択を“しない”国が、どれだけあるだろうな」


亡命者は、皮肉を込めつつも断定しなかった。


「俺は帝国を憎んでる。

でも、日本の判断を笑う気にはなれない」


監視役が、静かに付け加える。


「この判断がなければ、日本は現在存在していない可能性もあります」


念写のノートに、最後の一文が浮かぶ。


《日本は悪ではない》

《だが、無関係でもない》


俺は、深く息を吐いた。


「……俺は」


言葉を探す。


「俺は、この流れのどこに関わった?」


誰も、答えない。


分からないのだ。

どこからが政治判断で、どこからが俺の改変なのか。


ただ一つ確かなのは——


「俺は、世界を単純な形にしすぎていた」


帝国が悪で、日本は正義。

そんな話じゃなかった。


生き残るために、選ばされた国。

選ばされ、選んで、そして忘れた国。


「……帰国したら、もっと深く調べる」


俺は言った。


「日本が何をしたかじゃない。

日本が、何を選ばされたかを」


誰も反対しなかった。


世界は、俺が思っていたよりずっと複雑で、

俺が改変したかもしれない“結果”は、

誰か一人の悪意で片付けられるものじゃなかった。


それが分かっただけでも、

この帝国に来た意味はあったのかもしれない。


だが同時に——

背負ってしまったものの重さを、俺ははっきりと自覚していた。

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