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第29話 あなた一人の命で済まなくなる

「……翔さん」


シャルの声は、いつもより低かった。


教室でも、電話越しでもない。

皇女としてではなく、私的な空間で向き合う声。

その温度の変化に、俺は直感的に理解した。


(……やばい)


これは“止める”話じゃない。

“叱る”話だ。


「連邦に行く、という発想が出てくる時点で」


シャルは、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

視線は逸らさない。

逃げ場を与えない座り方だ。


「あなた、相当追い詰められていますね」


「……自覚はある」


俺は正直に答えた。


美亜のこと。

連邦の動き。

配信。

AGB。

全部が同時に押し寄せてきて、頭がまとまっていなかった。


「だからこそ、聞いてください」


シャルは、少しだけ間を置いた。


「あなたは、“行けば何とかなる”立場ではありません」


「……」


「あなたが連邦に行けば」


そこで、はっきりと言った。


「帰ってこない可能性のほうが、圧倒的に高い」


「捕まる、って話?」


俺は、まだ甘かった。


シャルは、首を横に振る。


「捕まる、ではありません」


一拍。


「解体されます」


言葉が、脳に届くまでに時間がかかった。


「……は?」


「誤解のないように言います」


シャルの声は冷静だ。

感情を抑えているからこそ、余計に怖い。


「あなたの“内臓”が目的です」


「……」


「正確には」


シャルは、俺の目をまっすぐ見て言った。


「能力を持つ日本人の内臓です」


心臓が、どくんと跳ねた。


その言葉で、帝国から帰るときに聞いた話が、脳裏に蘇る。


――もし日本人の内臓を外国人に移植したら、能力は発現するのか。


――答えは、発現する。


――元の持ち主ではない。現移植者がオリジナル能力を発現する。


――しかも、その子どもも能力者になる。


「……あ」


喉が、乾いた音を立てる。


「思い出しましたか」


シャルは言った。


「帝国では、すでに“実験例”があります」


「……例外、じゃない?」


「例外ではありません」


きっぱりと。


「連邦も、その事実を把握しています」


背筋が冷えた。


「つまり」


シャルは続ける。


「あなたを連邦に“迎え入れる”目的は、宣伝でも、協力でもありません」


「……」


「能力者を量産するための素材です」


言葉が、重い。


「獣人に移植すれば、獣人能力者が生まれる」


「エルフに移植すれば、エルフ能力者が生まれる」


「一世代で終わらない。子どもも能力を持つ」


シャルは、そこで少しだけ声を落とした。


「国家として見れば、これほど魅力的な“資源”はありません」


「……俺が死ぬ、って話じゃないのか」


「いいえ」


シャルは、首を横に振る。


「あなたの死は、始まりです」


その言葉が、胸を抉る。


「あなた一人の命で済まなくなる」


「あなたの体から生まれた能力者が」


「何百、何千と増えていく可能性がある」


「それを、連邦は“管理”するでしょう」


「……」


「つまり」


シャルは、静かに結論を告げた。


「あなたが連邦に行くという選択は」


「あなた自身だけでなく」


「世界のバランスを、不可逆に壊す選択です」


頭が、追いつかない。


俺は、椅子に深く沈み込んだ。


(……俺、何考えてたんだ)


連邦に行って、情報を集めて、宣伝して。

それで少しでも被害が減ればいい、なんて。


(……甘すぎる)


シャルの声が、少しだけ強くなる。


「分かりますか、翔さん」


「あなたはもう、“自分の命だけを賭けられる立場”ではありません」


「英雄でも、犠牲者でもない」


「災厄になり得る存在です」


その言葉が、重くのしかかる。


「……シャル」


俺は、やっと口を開いた。


「ごめん」


それしか出てこなかった。


「俺、焦ってた」


「考えすぎて……」


いや、違う。


「考えなさすぎてた」


自分の影響力。

自分の体。

自分が死んだ“後”。


全部、ちゃんと考えていなかった。


「美亜のことも」


「連邦のことも」


「全部、自分で何とかしなきゃって……」


声が、少し震える。


「……無知でした」


シャルは、俺を見下ろすような視線を向けない。


ただ、深く息を吐いた。


「……分かればいいんです」


そして、少しだけ厳しさを残したまま言う。


「ですが、二度と同じ発想をしないでください」


「あなたは、自分を軽く扱いすぎです」


「……はい」


素直に頷いた。


反論する余地はない。


「それに」


シャルは、少しだけ表情を和らげる。


「あなたがいなくなれば」


「守ろうとしている人たちも、守れません」


美亜。

家族。

この学校。

配信の向こうの誰か。


「……そうだな」


やっと、呼吸が整ってきた。


「ありがとう、シャル」


「本気で止めてくれて」


シャルは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


「……当然です」


「私が守ると決めた人ですから」


その言葉が、胸に沁みる。


(……俺、一人じゃないって言われてたのに)


また、一人で全部背負おうとしていた。


「連邦の件は」


俺は、はっきり言った。


「行かない」


「少なくとも、“直接”は」


シャルは、静かに頷く。


「それでいい」


「関わり方は、別に考えましょう」


「あなたが生きたまま、世界を壊さない方法を」


その言い方が、やけに現実的で、少しだけ救われた。


「……すまん」


俺は、もう一度言った。


「相談してよかった」


シャルは、少しだけ困ったように笑った。


「その言葉が聞けただけで、今回の説教は無駄ではありません」


説教、という言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。


(……本気で怒らせてたんだな)


当然だ。


内臓を目的に狙われるなんて話、

軽々しく“行くかも”なんて言っていい話じゃない。


俺は、深く息を吸った。


(……俺は、俺だけじゃない)


その事実を、ようやく理解した。


そして、同時に思う。


(じゃあ、どう関わる?)


連邦を無視することはできない。

美亜も、世界情勢も、放っておけない。


でも、行かない。


(……次は)


考えるべきは、“行かずにやる方法”だ。


シャルが言った。


「焦らなくていい」


「あなたが考える時間は、私が守ります」


その言葉に、胸がじんとする。


俺は、ゆっくりと頷いた。


「……頼りにしてる」


シャルは、はっきりと答えた。


「任せてください」


その一言が、今は何よりも心強かった。

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