第22話 一人で決めないでください
第二回配信の告知を出した翌日、空気が変わった。
具体的に何がどう変わったのかと聞かれると説明しづらい。
ただ、視線が増えた。
廊下ですれ違うとき、教室で席に着くとき、誰かが一拍遅れてこちらを見る。
好奇でも敵意でもない。判断を保留したまま、値踏みするような目。
(……ああ、始まったな)
そんな感覚だけが、胸の奥に沈んでいた。
昼休みの終わり際、シャルが声をかけてきた。
「少し、時間をもらえますか?」
いつもと同じ、丁寧で柔らかい口調。
それなのに、なぜか逃げ道がないと直感した。
「……いいよ」
校舎の裏手。
人気のない渡り廊下の端。
風の音だけが、やけに大きく聞こえる場所。
シャルはしばらく黙って立っていた。
こちらを見ない。
ただ、何かを確かめるように、視線を遠くに向けている。
「昨日の配信」
不意に、言葉が落ちた。
「……結構、人が集まっていましたよね」
一瞬、胸が跳ねる。
「成功、貴方の……」
言い切らない。
そこで止める。
それが、かまかけだと分からないほど、俺は鈍くない。
でも――。
「いやはや」
俺は、気づかないふりをして笑った。
「正直、あれだけ集まると思わなかったからさ。
あとで見返したら、すげえ怖かったんだけど」
言ってから、しまった、と思った。
(……あ)
沈黙。
風が、制服の裾を揺らす。
シャルが、ゆっくりこちらを向いた。
「……やっぱり」
声は、低くも高くもない。
「やっぱり、本当に貴方だったんですね」
「……え?」
言い訳が、喉まで出かかった。
「っ、しまっ……」
遅い。
「なんで」
シャルの声が、少しだけ震えた。
「なんで、あんな配信を突然始めたんですか」
一歩、近づいてくる。
「しかも、寄りにもよって連邦」
視線が、逃げ場を塞ぐ。
「脅されているなら、相談してくれれば……」
一瞬、言葉に詰まる。
「……なんでっ」
感情が、抑えきれずに滲む。
「なんで、自分一人で決めてしまったんですか……」
胸が、きつく締め付けられる。
「違っ」
反射的に声が出た。
「いや、違わないけど……いや、だから……」
言葉が、続かない。
頭の中では、いくらでも理由が回っているのに、口に出そうとすると全部崩れる。
シャルは、一度深く息を吸った。
「これは……」
声を整える。
「私だけの意見ではありません」
その一言が、重い。
「おそらく、あなたのご家族も同じだと思います」
胸の奥に、冷たいものが落ちた。
「特定の個人、特定の組織への肩入れ。
提案や脅しに乗ることは……」
言葉を選ぶ。
「基本的に、誰にとってもいい結果にならない」
視線が、真っ直ぐ刺さる。
「それが分かっているのに……
なんで、何も言ってくれなかったんですか」
責める口調じゃない。
怒鳴ってもいない。
ただ、悲しそうだった。
それが、きつい。
「……ごめん」
気づけば、そう言っていた。
「俺は……」
言葉を探す。
でも、正解なんてない。
「俺は、自分がやらかしたことのツケを、何としても支払わないといけない」
声が、少しだけ掠れる。
「このまま放っておいたら、
これから被害者は、もっと出るかもしれない」
視線を落とす。
「だから……ごめん」
それ以上、言えなかった。
理屈を並べれば、いくらでも正当化できる。
でも、それを口にした瞬間、全部が嘘になる気がした。
シャルは、しばらく何も言わなかった。
やがて、静かに口を開く。
「……それでも」
一拍、置く。
「あなたが、そう決めたのなら」
視線が、少しだけ柔らぐ。
「私は、否定しません」
胸の奥で、何かがほどけかけた、その瞬間。
「分かった」
俺は、思わず言ってしまった。
「出来る限り、気を付け――」
「出来る限りじゃ、ダメです」
遮られた。
はっきりとした声。
「だって」
一歩、踏み出す。
「よりにもよって、帝国や日本を裏切って、
連邦に肩入れするんですよ?」
事実だけを、淡々と。
「その自覚、ありますか」
言葉が、刺さる。
「何があっても」
声が、少しだけ強くなる。
「絶対に、相談してください」
命令じゃない。
お願いでもない。
「一人で決めないでください」
その一言が、すべてだった。
俺は、何も言えなかった。
言い返す言葉も、正解も、覚悟を示す言葉も、何一つ。
なぜなら――。
これは全部、俺自身がやらかした結果でしかないからだ。
過去を改変して、世界を歪めて。
その歪みの上で、誰かが苦しんでいる。
それを見ないふりは、もうできない。
「……ごめん」
それしか、出てこなかった。
シャルは、視線を逸らした。
「謝ってほしいわけじゃ、ありません」
小さく、息を吐く。
「ただ……」
言葉を切る。
「あなたが、独りで全部背負う必要はない、ということだけは……
覚えておいてください」
それ以上、何も言わなかった。
背を向け、歩き出す。
数歩進んで、立ち止まる。
「……次の配信」
振り返らずに言う。
「気を付けてください」
それだけ残して、シャルは去っていった。
渡り廊下に、風の音だけが残る。
俺は、その場に立ち尽くしていた。
(正解なんて、分からない)
分かっているのは一つだけ。
(もう、一人で決めるわけにはいかない)
それでも、歩くしかない。
自分が作った世界の中を。




