第18話 戦争は終わったらしい
朝の教室は、思っていたよりも騒がしかった。
転校初日というだけで視線を集めるのに、隣の席に座っているのが“帝国から来た転校生”となれば、当然だろう。
もっとも、クラスメイトたちはシャルの正体を知らない。
少なくとも、今は。
「なあ、あの金髪の子、マジで海外から来たのか?」
「帝国って言ってたよな……映画の世界みたいじゃね?」
そんな小声が、あちこちから聞こえてくる。
俺はというと、机に肘をつきながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
日本の空は、帝都と違ってやけに広い。
人工光も結界もなく、ただ自然に雲が流れている。
(……戻ってきたんだな)
日本に。
数週間前まで、異空間が人を殺すのを目の当たりにしていたのが嘘みたいだ。
だが、だからといって世界が平和になったわけじゃない。
休み時間。
教室の後ろのテレビが、いつの間にかニュース番組に切り替わっていた。
《――合衆国で続いていた内戦は、本日未明、正式に終結が宣言されました》
その一言で、俺の意識は一気に引き戻される。
(……内戦、終わったのか)
戦後、面倒なことになっていたのは知っていた。
領土問題、政権争い、復興の遅れ。
だが――内戦、という言葉を改めて聞くと、背中に薄く汗が浮かぶ。
(してたんだ……内戦)
俺が知らなかっただけで、世界は普通に血を流し続けていた。
《今回の内戦は、戦後に分割統治された地域間の対立が原因とされ――》
画面には、地図が映し出される。
「……分かりやすく言うとですね」
隣から、小さな声がした。
シャルだ。
周囲に聞こえないように、けれど俺にははっきり聞こえる声で話しかけてくる。
「戦後の合衆国は、大きく三つに分かれていました」
俺は視線を動かさず、耳だけを向ける。
「一つは、日本の統治下に置かれた衛星国。
名前は――自由皇国」
(ネーミング、強いな……)
「もう一つは、領土を大きく失った、従来の合衆国政府。
そして最後が、帝国の統治領となった北部帝国です」
テレビの地図と、シャルの説明が重なる。
「内戦の大雑把な経緯としては……」
シャルは少し言葉を選んでから続けた。
「日本と帝国が、“この内戦には極力介入しない”という同盟を結びました」
「フェアだから、ってやつ?」
思わず小声で突っ込む。
シャルは苦笑した。
「ええ。“フェア”という名目です。
実際は、互いに直接ぶつかりたくなかっただけですが」
現実的だ。
「その結果、まず自由皇国が北部帝国を制圧しました。
帝国は表向き、静観。
日本も同様です」
(……静観、ね)
実質的には、どちらも自分の陣営が勝つのを待っていただけだ。
「その後、最近になって日本政府が、合衆国に領土の一部を返還しました」
「……返した?」
思わず声が出た。
シャルは頷く。
「はい。“仲良しの証”として。
恩を売る、という意味合いが強いですね」
(いや、もともと合衆国の領土だろ……)
心の中で、思わずツッコミを入れる。
だが、それを口にするほど俺は世間知らずじゃなくなっていた。
国と国の関係は、正しさじゃなくて都合で動く。
ニュースは続く。
《――これにより、合衆国政府は統治権を回復し、長期化していた内戦状態は終結へと――》
「……終結、か」
口に出すと、やけに軽く聞こえる。
内戦が終わった。
それは本来、喜ばしいことのはずなのに。
(……これで、全部終わり?)
そんなはずがない。
俺は、ふと別の疑問に囚われた。
(……俺が関わったことで、何が変わった?)
過去改変の能力。
世界大戦。
帝国、日本、合衆国。
俺が何かを変えた結果、
失ったものと、得たもの。
——どっちが多いんだ?
答えは出ない。
そもそも、数えられるものじゃない。
でも、この世界の歪みが、俺の改変の延長線上にある可能性は否定できなかった。
「……第二次、起きないよな」
思わず、独り言が漏れる。
シャルが、わずかにこちらを見る。
「何か言いましたか?」
「いや……」
俺は少し迷ってから、正直に言った。
「この世界で、第二次世界大戦とか……起きないよなって」
冗談みたいな言い方をしたつもりだった。
だが、内心は笑えない。
日本が領土を返したとはいえ、
合衆国がそれをどう受け取るか分からない。
感情という不確定要素が、戦争を起こす。
シャルは、少し考えてから答えた。
「……大丈夫ですよ」
断言ではない。
でも、否定でもない。
「少なくとも、私がいる間は」
彼女は、ほんの小さくつぶやくように続けた。
「帝国が、日本と敵対することはさせません」
その声は、決意というより、誓いに近かった。
俺は一瞬、言葉を失う。
(……皇女って、こういうこと言うんだな)
軽い一言で、国と国の関係を背負っている。
「ありがとう」
俺は、そう言うしかなかった。
「でも……」
シャルは、視線を前に戻す。
「“永遠”ではありません。
だからこそ、今をどう使うかが大切です」
今を、どう使うか。
その言葉が、胸に残る。
チャイムが鳴り、次の授業が始まる。
教師の声が教室に響く。
俺はノートを開きながら、もう一度考えた。
戦争は、終わったらしい。
内戦も、終結したらしい。
でも、それは
“終わったことになった”
だけなのかもしれない。
世界は、まだ不安定だ。
国と国は、まだ綱引きをしている。
そして俺は――
その世界の中で、普通の高校生として机に向かっている。
(……皮肉だな)
過去改変の力を持ちながら、
今は授業を受けている。
失ったものと、得たもの。
その答えは、まだ出ない。
ただ一つ分かるのは。
(もう、無関係ではいられない)
俺が何かを変えた以上、
世界も、俺を放ってはおかない。
教室の窓から差し込む光は、やけに穏やかだった。
その穏やかさが、
次に何が起きてもおかしくないことを、
逆に強く意識させる。
戦争は終わったらしい。
——本当に、終わったのならいいのだけれど。




