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第17話 お別れのあとで

目を覚ましたとき、最初に感じたのは――静けさだった。


帝都特有の人工光も、警備の気配もない。

聞こえるのは、かすかな風の音と、機械が規則正しく作動する低い音だけ。


「……ここは」


身体を起こそうとして、軽いめまいを覚える。

やはり貧血は完全には回復していないらしい。


「無理をしないでください」


すぐ近くから、聞き慣れた声がした。


視線を向けると、そこにいたのは――

麦わら帽子の女性、だった人。


ただし、今は帽子をかぶっていない。


白を基調とした簡素な服装。

派手さはないが、どこか品のある立ち姿。


「……助かりました」


俺がそう言うと、彼女は小さく微笑んだ。


「間に合ってよかったです」


その言い方が、どこか“取り繕っている”ように聞こえた。


「改めて、自己紹介をさせてください」


彼女はそう前置きしてから、静かに言った。


「私は、帝国第二皇女

シャルロッテ・フォン・アーデルハイトです」


一瞬、頭が真っ白になる。


……え?


「…………」


言葉が出てこない。


第二皇女。

殿下。

アーデルハイト。


どれも聞き流せる単語じゃない。


「……え?」


かろうじて、それだけが口から出た。


「改めて言われると、驚きますよね」


シャルロッテ――いや、シャルは少し困ったように笑った。


「え、えええええっ⁉

は? えっ⁉」


今度は、ちゃんと声が出た。


「え、ちょ、待ってください!

皇女って、あの皇女ですよね!?

冗談じゃないですよね!?」


「冗談ではありません」


あっさり否定される。


頭が追いつかない。

帝国の皇女が、麦わら帽子をかぶって街を歩き、

俺に観光案内をして、

血液バイトの相談に乗っていた?


「……いやいやいやいや」


思わず頭を抱える。


「じゃあ何ですか、あの時の別荘も、護衛も、全部……」


「私のものです」


即答。


「……ですよね!」


そりゃそうだろう。

今さら否定される方が怖い。


「どうして……」


言いかけて、止めた。


聞かなくても分かる。

聞いたところで、全部は教えてもらえない。


シャルは俺の表情を見て、少しだけ真剣な顔になった。


「あなたを騙すつもりはありませんでした」


「……でも、隠してましたよね」


「はい」


否定しない。


「立場上、言えませんでした。

それだけです」


それだけ、と言われて納得できる内容ではないが、

彼女の言葉に嘘がないことだけは分かった。


「……助けてくれたことは、感謝してます」


俺は息を整えながら言った。


「もしあのままだったら、たぶん……」


「ええ」


シャルは頷いた。


「あなたは“保管”されていました」


淡々とした言い方が、逆に怖い。


「ステラ・ミュラーは、国の命令を受けて動いていました。

あなたを“資源”として確保するために」


「……ですよね」


第14話で見た、あの金庫。

高級品として扱われる日本人の血。


全部、繋がる。


「ですが」


シャルは続けた。


「あなたを確保するかどうかについて、

帝国内でも意見は割れています」


「割れてるんですか……」


「ええ。

あなたは危険でもあり、同時に“不安定”な存在です」


不安定。

否定できない。


「今回は、私の判断で介入しました」


「国の命令に逆らって?」


「正確には、“上書き”です」


さすが皇女。

言い方が違う。


「……ありがとうございました」


改めて、そう言った。


シャルは少しだけ照れたように視線を逸らす。


「いえ。

友人を見捨てる方が、よほど後味が悪いので」


友人。


その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。


数日後。

帝都で、ささやかなお別れパーティーが開かれた。


場所は、シャルの私的な邸宅。

公式行事ではない。

あくまで“個人的な集まり”だ。


護衛たちも参加している。

筋肉軍人は相変わらず場違いなほど目立つし、

亡命者は壁際で酒を飲みながら周囲を警戒している。


「……こういうの、悪くないですね」


俺が言うと、シャルは微笑んだ。


「命のやり取りをしたあとだからこそ、です」


皮肉な言い方だが、否定できない。


「日本には、いつ戻るんですか?」


「明日です」


「早いですね」


「長居する理由も、なくなりましたから」


本当は、理由が“増えすぎた”のかもしれない。


「……あの」


シャルが少し言いづらそうに切り出す。


「呼び方、なんですが」


「呼び方?」


「シャル、でいいです」


さらっと言われた。


「皇女殿下、と呼ばれるのは慣れていますが……

あなたにまでそう呼ばれると、少し距離を感じます」


「……いいんですか」


「ええ。

友人、ですから」


友人、という言葉を彼女はもう一度使った。


「じゃあ……シャル」


口に出してみる。


不思議と、しっくり来た。


「はい」


彼女は満足そうに頷いた。


翌日、日本へ戻る準備を進める中で、

俺は一つの提案をした。


「……学校に通いたい」


政府関係者は、一瞬言葉を失った。


「学校、ですか?」


「はい」


「理由は?」


少し考えてから、正直に答えた。


「普通の生活を、もう一度ちゃんとやってみたくて」


そして、付け加える。


「帝国じゃないんです。

日本なら、送り迎えを車にすれば……

学園に通うくらい、問題ないですよね」


あの時、シャルに言われた言葉。


『帝国じゃないから、可能なこともあります』


それが、ずっと頭に残っていた。


「……検討します」


そう言われてから、話は意外なほどスムーズに進んだ。


数週間後。


俺は、転校生として教室の前に立っていた。


久しぶりの感覚だ。

ざわつく教室。

好奇の視線。


担任が咳払いをする。


「では、転校生を紹介する」


俺は前に出た。


「……えっと、よろしくお願いします」


無難な挨拶。


教室が軽くざわめく。


「では、もう一人」


……もう一人?


俺は一瞬、担任を見る。


聞いてない。


「もう一人の転校生は、海外から来ています」


海外?


「入ってきなさい」


教室の扉が開く。


そこに立っていたのは――


見覚えのある、金色の髪。

落ち着いた立ち姿。


そして、聞き慣れた声。


「帝国から転校してきました。

シャルロッテ・フォン・アーデルハイトです。

よろしくお願いいたします」


一瞬、時間が止まった。


「…………」


脳が処理を拒否する。


「えええええっ⁉

は? えっ⁉」


教室が一気にざわつく中、

シャルは――悪戯っぽく微笑んだ。


俺は、ゆっくりと悟った。


(……ああ、逃げ場はないな)


こうして俺の“普通の学園生活”は、

帝国第二皇女殿下と共に始まった。


――お別れのはずだった、その“あとで”。

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