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第16話 殿下が来る前に

最初に違和感を覚えたのは、血を吸われている最中だった。


量は、いつもと同じはずだった。

ステラ・ミュラーは約束を破らない。

それは、これまでの経験から分かっている。


なのに――。


(……長い)


吸われている時間が、明らかに長い。

チャームの感覚が、いつもより深く、重い。


体が動かない。

声も出ない。

だが意識だけは、妙に冴えていた。


(おかしい)


その瞬間、FKが反応した。


脳の奥に、焼き付くような未来像が走る。


――数秒後、血圧低下。

――意識消失。

――拘束。

――回収。


(……回収?)


その言葉が浮かんだ直後、理解した。


これは「事故」じゃない。

最初から、ここまでが予定だった。


(裏切り……いや)


ステラは最初から、この結末を選択肢に入れていた。


だが、気づいた時にはもう遅い。

血が抜ける感覚が、急激に強くなる。


視界が暗転しかけた、その瞬間。


――念動力。


体が、横に吹き飛んだ。


椅子ごと、空気を裂くように飛ばされ、床を転がる。

チャームが一瞬だけ途切れ、肺に空気が流れ込んだ。


「ボス!!」


聞き覚えのある声。

筋肉軍人の声だ。


視界が揺れる。

天井と床が、ゆっくり回転する。


「大丈夫ですか!? ボス!!」


その声を最後に、意識が沈みかけた――その時。


「……あー」


呆れたような声が、頭上から落ちてきた。


「やっぱり、失敗ですわね」


その声を、俺はよく知っている。


視界の端で、ステラ・ミュラーが立っていた。

表情は穏やかで、困ったようですらある。


「国の命令ですから、成功させないと結構面倒なんですが」


――国の命令。


その一言で、すべてが腑に落ちた。


個人的な嗜好じゃない。

ミュラー家の独断でもない。


俺は「保管対象」だった。


その瞬間、筋肉軍人がステラに向かって踏み込む。


だが、遅い。


ステラが、軽く手を振りかざした。


何かが、消えた。


空間ごと、壁が細く抉り取られる。

まるで、現実に刃を入れたように。


筋肉軍人は咄嗟に身を捻り、間一髪で躱す。

その背後で、壁の一部が“存在しなかった”かのように消失した。


狙いは――首。


(……首ちょんぱ、か)


冗談みたいな言葉が、頭をよぎる。


だが現実だ。


ステラの能力は、異空間操作。

血液を保存するだけじゃない。

異空間を現実に展開し、物体の一部を消滅させる。


即死攻撃。

回避不能に近い。


「下がれ!」


筋肉軍人が叫ぶ。


同時に、視界の端で影が動いた。

亡命者――元帝国人が、銃を構える。


FK弾。


撃つ。

弾丸はステラの脇を掠め、床に突き刺さる。


その瞬間、未来像が爆発的に流れ込む。


――ステラが避ける。

――追撃。

――空間消失。

――包囲。


「撤退だ!」


亡命者が叫び、後退しようとする。


だが――逃げ場が、ない。


前方に、異空間が展開される。

床が、空が、壁が、歪む。


「……無駄ですわ」


ステラの声は、どこまでも落ち着いていた。


「動線は、すべて塞ぎました」


圧力。

空間そのものが、こちらを押し潰すように迫る。


戦うには、圧倒的な機動力が必要だ。

だが俺たちに、それはない。


(……詰んだか)


思考が、そこで止まりかけた。


その時。


「――それ以上は、私が許しません」


澄んだ声が、空間を切り裂いた。


はっきりと。

揺るぎなく。


意識が朦朧とする中でも、分かる。


何度も聞いた声だ。


麦わら帽子の女性――。


だが、姿が違う。


彼女は、ワンピースを纏っていた。

街歩き用の服じゃない。

貴族や、王族が公の場に出る時の、それ。


護衛の質も、数も、今までとは比べ物にならない。


空気が、一変した。


「……」


ステラの表情が、初めて硬くなる。


「殿下の前で、不敬であるぞ」


低く、重い声。


周囲の護衛たちが、一斉に膝をついた。


殿下。


その言葉が、脳に届く。


(……やっぱり、そうか)


彼女は、ただの吸血鬼じゃない。

ただの貴族でもない。


「……申し訳ありません、殿下」


ステラが、ゆっくりと頭を下げる。


「任務の途中でした」


「分かっています」


彼女――殿下は、静かに言った。


「ですが、その任務はここまでです」


視線が、俺に向く。


「この方は、私が保護します」


一瞬、沈黙。


帝国の空気が、張り詰める。


「……国の命令では」


ステラが言いかけた、その言葉を遮るように。


「私も、国です」


殿下は、淡々と言った。


その一言で、すべてが決まった。


ステラは、しばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……承知しました」


異空間が、収束する。

歪んでいた空間が、何事もなかったかのように戻っていく。


俺の体から、力が抜けた。


緊張が解けたせいか、それとも――。


視界が、再び暗くなる。


最後に見えたのは、殿下がこちらへ歩み寄る姿だった。


「無茶をなさいますね」


その声は、どこか苦笑を含んでいた。


「でも……」


少しだけ、優しい。


「今回は、間に合いました」


その言葉を聞いたところで、俺の意識は完全に途切れた。


――また明日。


彼女が言った、その言葉が、

今になって、ようやく意味を持って胸に落ちてきた。

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