第35話 暗闇を照らす光
ドクン......ドクン.......。
静寂がヘヴィロック大採掘場に広がる。
先ほどまで響き渡っていた、採掘機が岩壁を削る音も、作業員達の咆哮も今はなく、ただ、冷たい沈黙だけが横たわっている。
そんな中、ここにいる全員が採掘した深さを示すメーターを一点に見つめていた。
そう、採掘機が約束の20メートルに到達したのだ。
しかし、そこにはヴェル・サイトの輝きも、ルメン・ライムの拍動もない。
そこにあるのは、今まで延々と掘り続けてきた岩壁だけだった。
だめなのか......。
背中に一筋の汗が流れるのを感じる。
もともと、この20メートルというのは、何らかの根拠に基づいた数字ではなかった。
ヴァレリアが現場の決断を促すため、咄嗟についたウソだ。
しかし、この数字は採掘を決定する上でとても大きな意味を持ち、その意味は掘り進めるうちにさらに大きくなってしまった。
「ジーク、探知機の反応はどうだ?」
バルカスがジークに確認する。
「残念ながら、何の反応もありません」
ジークが冷静に応える。
本来、探知機によって大まかな深さの見当がつくが、ヴェル・サイトにより鉱石の拍動が消されている今、頼れるのはヴァレリアのウソしかなかった。
そして、そのウソにかかっていた魔法は、あっけなく解けてしまった。
今ここで何か言わなければ、このまま終わってしまう。
でも、俺が提示できる採掘の根拠は何もない。
俺は己の無力をかみしめ、立ち尽くすことしかできなかった。
「そうか......残念だが......」
バルカスが言いかけた時、ヴァレリアが前に出る。
「バルカスさん」
ヴァレリアがまっすぐバルカスを見る。
「際限なく採掘できないことは分かっています。でも、ここには必ずバルカス鉱業にとっての希望があるはずです。どうか、もう少しだけ採掘することを許してもらえませんか」
ヴァレリアが丁寧に、しかし強く芯がある眼差しをバルカスに向ける。
バルカスは少し困ったように頭をかいた。
「ヴァレリアさん、気持ちは分かるが、そう簡単にはねぇ......」
ヴァレリアは信じているんだ。
ヴェルサさんが残したSith-Spiraという言葉を。
もう、どうしようもないことは分かっている。
14歳の少女は、それでもまだ諦めていない。
ヴァレリア......
俺は、意を決してバルカスの下に駆け寄る。
もう小手先のごまかしは効かない。
今思っていることを素直にぶつけるしかない。
ドクンドクンドクン......。
まだ収まらない心臓の鼓動をなんとか抑え、緊張で乾いた口をひらいた。
「バルカス親方、白状します。俺はここに残ると言った時、どうにか資金援助をしないで済む方法はないか、そればかり考えていました」
ここにいるみんなが照平に注目する。
「ここを掘ることを提案したのも、最初はそれが目的でした。......でも」
「でも?」
バルカスが先を促す。
「ここで皆さんと一緒に過ごすうちにだんだん考えが変わってきたんです。そして、先ほど見せていただいたバルカス鉱業のエネルギー、団結力。鳥肌が立ちました。このような素晴らしい会社がなくなってはいけない。絶対にルメン・ライムを掘り当てて、この会社を救いたい。今はそう思っています」
バルカスは無言で聞いている。
「俺もここを掘り進めることでルメン・ライムが出ると信じています。そしてそれがバルカス鉱業を救うことになると信じています。お願いします。もう一度チャンスをいただけないでしょうか」
そして、深々と頭を下げた。
バルカスは腕を組み、何かを考えている。
無言のバルカスの様子をうかがうように現場は依然静まりかえっている。
結局、俺はまた理論や知識ではなく、人当たりの良さや信頼という感情論に頼ろうとしている。
ごめん、ヴァレリア。
俺は、なんの役にもたたない。
目を閉じ、唇を噛みしめる。
もうダメかと諦めかけたその時、暗闇の中にひとつの小さな火が灯った。
「――俺は、照ちゃんに機械修理してもらったっけなぁ」
以前、飲み会でお礼を言ってくれた作業員だ。
「俺も頭が痛かったのが、照ちゃんのアドバイスでよくなったよ」
他の作業員も後に続く。
「俺なんて母ちゃんとケンカしたときに愚痴を聞いてもらったんだ!」
現場が笑いに包まれ、一気に和やかな空気になる。
それぞれが照平への感謝の気持ちを口にする。
灯された火は、バルカス鉱業の作業員達の胸に飛び火し、静かに、だが力強く燃え広がっていく。
「わかった、わかった、もういいよ」
そういうバルカスも笑っている。
「ジーク!お前はどう考える」
バルカスがジークを見る。
発言を求められたジークは天を仰いだ。
そして、今までにないくらい、晴れやかな表情で応えた。
「親方、やりましょう。照平達のことは信頼できる。それがここを掘る一番の根拠です」
「......ジーク」
燃え広がった火は熱を生み、最後に一番硬く冷たい氷の塊を包み込み溶かしていく。
凍てついていた彼の瞳に、初めて信頼という名の、温かな灯火が揺らめいていた。
バルカスはうなずく。
そして、採掘の再開を宣言しようとしたその時――
ピッ......
わずか一瞬、探知機にルメン・ライムの拍動が表示された。
「親方!!ルメン・ライムの反応あり!!」
ジークがあわてて報告する。
「なにぃ?!」
現場が騒然とする。
バルカスはニヤリと笑い、ツルハシを高く掲げる。
「よぉし!野郎共!ルメン・ライムはもうすぐだ!死ぬ気で掘りやがれ!!」
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
現場に再び熱気が戻り、採掘機が重厚な駆動音を鳴らし岩壁を削り始める。
「ルメン・ライムの拍動が表示されるなんて......あり得ないです」
どんな時も元気いっぱいなミカが、呆然と立ち尽くしている。
ヴァレリアがミカの肩に手を置いて微笑んだ。
「お母さまと、あなたのお父さまが導いてくださったんだわ」
ミカはぐるぐるメガネの下に大粒の涙を貯めてうなずくと、ヴァレリアに抱きついた。
そして、採掘機が岩壁に勢いよく当たったその時、岩壁の隙間から青い光が漏れ出した。
この光こそ、暗闇に輝く希望。
ヴェル・サイトだ。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
現場の熱が一気に上がる。
俺はヴァレリアとミカと顔を見合わせて喜びを分かち合う。
「みなさん!もう一息です!ヴェル・サイトの先にルメン・ライムが眠っているはずです!!」
採掘機のエンジンがギアをさらに一段上げる。
周りで見守っていた作業員も、この先に眠っているであろうルメン・ライムを我先に採掘せんと、ツルハシを振るう。
そしてついに、ルメン・ライムの琥珀色の光が岩壁の奥から溢れ出す。
それは太陽を地底に引きずり込んだかのような力強さと、ここまでのすべてを包み込み、優しく労うような温かさを放っていた。
Sith-Spira――
そこには、ウソを真実に変えた少女の祈りと、自分の殻を破った男の覚悟と、そして何より、ひとつになった『職人達の意地』が、太陽よりも明るく輝いていた。




