第32話 ジーク
物心ついた頃には、俺はヘヴィロック大採掘場にいた。
採掘場で働く父の元に生まれた俺は、ここが遊び場だったし、ここで働くみんなに可愛がられて育った。
父は生粋の職人で、腕一本で成り上がり、先代親方の元でNo.2にまで上り詰めた。
そんな父は俺の誇りだったし、父のとなりで一緒に働くことが俺の夢だった。
「これからの時代は腕だけじゃなく、頭も使えねぇとダメだ」
それが父の口ぐせだった。
俺は幼いながらその言葉を聞いて、将来、頭で父の役に立ちたいと思った。
父は俺をルメンヴァルの学校に通わせてくれた。
父の期待に応えたい思いで、そこで死に物狂いで勉強し、ルメンヴァルでトップの高等教育機関に進学することができた。
そんな俺のことを父は誇りに思ってくれていたと思う。
俺は進学先でも一生懸命勉強し、トップクラスの成績で卒業することができた。
教師達は、俺に役人や銀行員になることを進めたが、生まれ育ったヘヴィロック大採掘場で父の役にたちたいという思いは変わらなかった。
自分より成績が悪い同級生が、役人や銀行員になるなか、俺は先代から代替わりして誕生した、バルカス鉱業に就職した。
「やっと父と一緒に働ける、頭で役に立つんだ」
俺の気持ちは希望と期待でいっぱいだった。
バルカス鉱業では、高等教育を受けて入社した社員が少なかったから、すぐに財務経理や経営企画などのバックオフィス寄りの仕事を任されるようになった。
そこで、俺は愕然とした。
バルカス鉱業は、経営的にかなり厳しい状況だったのだ。
年々、燃料費や人件費が高騰し、利益率はどんどん下がっていた。
また、騙し騙し使っていた設備も、いよいよ入れ換えが必要になり、まとまった資金が必要だった。
さらに、採掘作業員へのなり手が不足し、社員の高齢化がどんどん進んでいた。
極め付きは、主要鉱物であるルメン・ライムの採掘量が年々減っていて、売上が緩やかに落ちていた。
会社は問題だらけ、そしてそれを若い自分が中心となって対応していかなければならない状況だった。
まず始めに着手したのは、社内で発生する無駄な費用の削減だ。
現場で働く作業員に聞き取りを行い、効率化を進めた。
それに対する現場の反応は悪かった。
当たり前のことだ。
何も考えずに今まで通り採掘を行い、給料が入ってくるのが一番楽なのだ。
しかし、会社の未来を考えるとそうはいかない。
時にはひと回りもふた回りも年上の作業員に、厳しい言葉をかけなければならないこともあった。
はじめの内は『ジークが勉強して戻ってきてくれた』と歓迎していた社員達も、だんだん俺を煙たがるようになった。
ある時、父づてに現場からの不満を聞いた。
「もっと現場を見て、現場の立場に立って考えなければダメだ」
そう父から言われた時、初めて父への反発心が芽生えた。
「ちゃんと現場を見た上で言っている。これは会社にとって必要なんだよ。父さんは勉強していないからそんなことを言えるんだ」
言ってから後悔した。
でも、口にしてしまった言葉を戻すことはできない。
それから父とは言葉を交わすことが少なくなった。
そんな父も一線を退き、三年前に亡くなった。
亡くなる直前、弱りきった父は俺に、「バルカス鉱業を頼んだ」と言い残し、天国へ行ってしまった。
最後まで仕事に生きた人だった。
社内の無駄を整理すると同時に、資金調達もしなければならなかった。
銀行からの融資や、ルメンヴァル公邸からの資金援助をお願いする日々は、ひたすら頭を下げる日々だった。
しかし、資金調達は難しかった。
なぜなら、既に銀行からは多額の融資を受けているし、ルメンヴァル公邸からは毎年決まった額の助成金をもらっている。
追加が難しいことは十分承知している。
だが、それでも資金が足りないのだ。
そんな状況の中、もっともストレスだったのが役人の対応だった。
資金援助が難しいのは仕方がない。
でも、役人はこちらの状況を見ようともせず、紙切れ一枚で終わらせようとする。
資金援助を頼みに行くと、確認と称して一日現場を見に来る。
そして、適当に現場確認をした後、結論は持ち帰ると言って帰る。
その数日後に資金援助見送りの紙切れが送られてくる。
役人は何を見て判断しているんだ。
一日現場を回ったくらいで判断できるわけがない。
結局、役人は『見に行った』という口実を作りたいだけで、俺たちのことを親身になって考えてはくれないのだ。
俺は役人が大嫌いだ。
この間も、親方からルメンヴァル公邸に資金援助の依頼に行くから同行するように言われたが、断った。
行っても意味がない。
結局、親方が一人で行ったようだが、いつもどおり、後日、役人が現場を見にきた。
しかもなぜか子供を二人連れてだ。
完全にナメてやがる。
それがアルベルト様のご令嬢だったから我慢して付き合ったが、そいつらの態度はまるで遊びにきているようだった。
こっちは会社の存続がかかっているというのに、なんなんだ。
どうせまた『持ち帰って検討します』で、後で紙切れ一枚で見送りの返事が来るんだろう。
そうたかを括っていた。
しかし、その役人は思わぬことを言った。
「私をしばらくここで働かせてもらえませんか?」
はぁ?何を言っているんだこいつは。
頭がおかしいんじゃないか?
俺は全力で反対したが、何を思ったか親方が承認してしまった。
まぁいいさ、きっとすぐに逃げ出す。
その役人が働きだしてから数日が経った。
そいつは俺の予想に反して逃げ出すことなく仕事をした。
それどころか、朝は誰より早く現場に行って準備をし、夜は最後まで仕事を手伝った。
二週間ほど経つと、ベテラン作業員から『照ちゃん』などと呼ばれるほど、完全に現場に受け入れられていた。
正直、腹が立った。
ルメン・ライム枯渇問題の解決にはなんの役にも立っていないのに、受け入れられているあいつに。
でも、きっと本当は違うんだ。
俺は現場の作業員に信頼される努力を怠って、自分の要求ばかり押し付けていた。
そのことにやっと気づいたんだ。
俺が本当に腹を立てていたのは、自分自信に対してだったんだ。
分かっていた。
俺にないものを、アイツが持っていることを。
分かっていながら、アイツにひどいことを言ってしまった。
今日、アイツは現場に来なかった。
もしかしたら、このままいなくなってしまうかもしれない。
でも、どうしたらいいんだ?
今さら謝りになんて行けない。
俺の立場とプライドが許さない。
まるで体の中心に重い鉛の塊があるみたいだ。
動かないといけないと思うのに、体が思うように動かない。
コンコンッ
その時、誰かが事務所のドアをノックした。
ドアを開けるとそこにはアイツが立っていた。
つづく




