第26話 仕事を任されるのは信頼の証......かもしれない
薄暗く長い一本道。
スマホを見ると時刻は22時を過ぎていた。
日中は賑やかな商店街も、この時間になると開いている店はまばらで、人もほとんど歩いていない。
「もう、嫌だ......」
ひとりの男が駅に向かって足早に歩く。
「俺にはこの仕事、向いてないんだ」
静まりかえった商店街に、荒々しい革靴の足音だけが響いていた。
◇
ジジジジジジ......
もうすっかり住み慣れた部屋に、目覚まし時計の音が鳴り響く。
まだ日が昇る前の薄暗い部屋。
重い体をなんとか起こし、身支度に取りかかる。
連日のハードワークのせいか、38歳という年のせいか、ここ数年はスッキリと気持ちよく目覚められた記憶がない。
ヴァレリアがクラスメイトに受け入れられたあの日、そしてミカという趣味の合う友達ができたあの日から、月に一日だった登校日が週二~三日になった。
アルベルト不在の中、ヴァレリアが担う公務の量を考えれば、週二~三日というのはかなり頑張っていると思う。
ヴァレリアの登校には必ず俺かルチアが付き添うため、ルメンヴァル公邸で働く人員が減ってしまうという意味でも、週二~三日が限界だろう。
俺はというと、ヴァレリアから助手に任命された後もなお、使用人見習いとしてルメンヴァル公邸でこき使われていた。
朝は日が昇りきる前に起きて身支度をし、軽く朝食をとった後、ルメンヴァル公邸の正面玄関や執務スペースを中心に掃除をする。
ルメンヴァル公邸はヴァレリアや俺たち使用人が生活する居住スペースと、ルメンヴァルの行政を担当する役人たちが出勤してきて仕事をする、執務スペースに分かれる。
朝イチは役人が出勤する前に、その執務スペースの掃除を済ませる。
執務スペースの掃除が終わると、今度は生活スペースの掃除だ。
生活スペースは住んでいる人数に対して部屋数が無駄に多い。
昨日掃除してから誰も足を踏み入れていないであろう部屋を掃除する時は、掃除の必要があるか?と心が少し重くなる。
昼前になると、食堂の手伝いに入る。
ルメンヴァル公邸で働く役人のための食堂は家政長のイネスがひとりで運営している。
イネスも朝早くから仕込みをするものの、さすがに昼の時間帯はひとりでまわすことができない。
盛り付けや接客対応、皿洗いなど、主に料理以外の雑用を手伝う。
それが終わるとやっと昼食休憩だ。
もうこのあたりで既にくたくただが、おっとり系お姉さんタイプのイネスさんと一緒に食事するこの時間は、ちょっとした癒しだ。
午後の仕事はその日によって違うが、最近は本当に人が足りないのか、市民の嘆願を聞く場に同席したりと、役人寄りの仕事も頼まれるようになった。
ブラック企業だとは思っていたが、本当に働かせすぎだと思う。
そうそう。
頻度こそ減ったが、相変わらずオリバーの元に古代ルメンヴァル語を習いにも行っている。
「――おぉ、そうかそうか、ヴァレリア様が学校に行かれるようになったのか。それは、良かった」
「えぇ、ほんとに。しかも、鉱石が趣味の友達もできて、ちょこちょこ公邸に遊びに来てるんです」
「なんと、それはとてもいいことじゃ。それにしても同年代に鉱石が趣味の生徒がいるとは、なんとも珍しい」
「ですよね、ミカ・グランツっていう女の子なんですけど、正直、少し変わってる子です」
先日の怪しい動きと、『こぽ』を思い出して笑ってしまう。
「グランツ!?」
「あ、いけない!もう公邸に戻らないと。オリバーさん、また来ますね」
忙しくオリバー家を後にする。
「なんという巡り合わせじゃ......これもヴェルサの導きじゃろうか――」
ルメンヴァル公邸に戻ると、急いで応接室に向かう。
今日はどこかの団体の代表が嘆願に来るから同席するようにリカルドから言われていた。
応接室の前に着くと、いきなり野太い怒鳴り声が聞こえた。
「リカルド!それは俺たちに死ねと言ってるのか!」
一気に緊張が高まる。
恐る恐るドアを開けると、岩石のように鍛え上げられた体つきの男が、今にもリカルドを殴り飛ばさんばかりの勢いで、鼻先まで詰め寄っていた。
つづく




