第25話 頑張ってれば誰かが見てくれていることは本当にある
馬車を降りると、教師だろうか、数人の大人が出迎えてくれた。
「ヴァレリア様、ようこそおいでくださいました。お忙しいのに申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ月に一度しか登校できず申し訳ありません」
どうやら学校側には公務で忙しくて登校できないことになっているようだ。
「校長がお待ちです。中へどうぞ」
教師に先導され、職員用と思われる入り口から学校の中へ入る。
照平はなるべく堂々と、挙動不審にならないようにヴァレリアの後ろを着いていく。
同行について、ルチアから言われたことはただひとつ。
『ヴァレリアに危険が迫った時に盾となれ』だ。
何かそう言う事態が想定されるんだろうか。
ルチアに聞いたら笑ってごまかされたけど、今まで何も起きたことはないと言わなかったのは、おそらく緊張感を持たせるためなのだろう。
いずれにしても何かあったときに対処できるように、周りに気をつけておこう。
校長との形式的な挨拶の後、いよいよ教室に向かうことになった。
ヴァレリアは大人たちと話をしていたせいか、すっかりよそ行きの笑顔を浮かべ、余裕すら感じられた。
担任だという教師に先導され、ヴァレリアと照平は教室に向かう。
「ヴァレリア、大丈夫か?」
教師に聞こえないように声をかけてみる。
「何が?問題ないに決まってるでしょ」
いざ教室に向かうとなって少しは緊張しているかと思ったが、大丈夫そうだ。
廊下を進むと、その先に数名の女子生徒が集まって話をしている姿が見えた。
「おーい。もうすぐ授業始まるぞ」
先導する担任の教師が親しげに注意する様子から、女子生徒はヴァレリアと同じクラスなのだということが分かった。
「ねぇ、照平」
「ん?」
ヴァレリアが突然立ち止まった。
「やっぱり私ダメかも」
「え?」
ヴァレリアを見るとうつむいて顔がこわばり、手が小刻みに震えていた。
「今日は私から話しかけるって、決めてたのに......」
不登校の女の子が久しぶりに学校行くということは、普通に考えてとてつもなくプレッシャーがかかることだろう。
それでもヴァレリアは『隣に座る友の言葉を聞こう』と心に決めていたのだ。
しかし、対大人であれば被れた仮面が、対同級生となると話が違う。
表向きは忙しくて登校できないことにしているようだが、クラスメイトがそれをどう受け止めているか分からない。
教師達は大人の対応をしてくれるだろうが、同級生はどうだろうか。
してはいけないと頭では分かっていても、悪い憶測が心の奥底から溢れだして止まらなくなってしまう。
(ここはおれの出番だ)
「ヴァレリア、大丈夫」
一度は失敗に終わったポポポ ルルン大作戦だったが、まだ終わったわけではない。
作戦はこうだ。
ポケットに忍ばせているポポポ ルルンのぬいぐるみキーホルダーを、女子生徒達とすれ違いざまに落とす。
それを見た女子生徒達はぬいぐるみキーホルダーに反応し、「ヴァレリア様もお好きなんですか?」とハイテンションで話しかけてきてくれる。
うん、完璧。
「名付けて『ポポポ ルルン大作戦プランB』だ」
照平は笑みを浮かべる。
「照平......」
ヴァレリアはうなずき、ゆっくり歩きだす。
女子生徒達との距離が近づくと、女子生徒のひとりがヴァレリアに気づいた。
(ここだ!)
照平はポケットに忍ばせたポポポ ルルンを強く握りしめる。
そしてさりげなく落とそうとしたその時だった。
「あー!!ヴァレリア様じゃないですか!!」
女子生徒のひとりが満面の笑みでヴァレリアに駆け寄ってきた。
そして、ヴァレリアの手を両手で握ると、駆け寄ってきたテンションそのままに言った。
「この間のカレンデュラが黒くなった事件!ヴァレリア様が先頭に立って解決するお姿お見かけしました!!」
「え?!」
ヴァレリアは予想外の出来事に驚き、反応できないでいる。
なおも女子生徒は続けた。
「私、実はすごく怖くて。あんなこと初めてだったから、ほんとに不安だったんです。でも、ヴァレリア様が先頭に立ってみんなを導く姿を見て、すごくかっこいいなって!ほんとに、ありがとうございました」
ヴァレリアは女子生徒の笑顔につられて、緊張がほぐれたように顔をゆるませた。
そして、涙混じりの笑顔でやっと言葉を発した。
「そうだったんだ、うん、お役に立ててよかった」
気づけばヴァレリアの周りには他の生徒達も集まっていた。
みな各々、カレンデュラ事件のことやヴァレリアへの感謝を述べていた。
「プランBも必要なかったみたいだな」
照平は出しかけたポポポ ルルンをポケットにしまった。
流行りで注目を浴びるのではなく、ヴァレリアはちゃんと自分の行動で周りの信頼を得たのだ。
同級生に囲まれて少し困ったような笑顔を見せるヴァレリアは、羨ましくも誇らしくて、照平は心地よい敗北感に浸っていた。
みんなの笑い声に重なるように、ふいにジョッキがぶつかる音が聞こえた気がした。
振り向くと、そこにはいつもの居酒屋の、いつものテーブルがあった。
「照平、何しとんねん!みんな揃っとるで。飲もうや」
同期の河内が手を上げて照平を呼ぶ。
上司の愚痴、仕事の失敗、どうでもいい話......
金曜日、仕事終わりの同期との飲み会。
これがあったから社会人一年目の大変な時期を乗り越えられた。
これ以上気の合う仲間はいないと思った。
でも......
「河内さん、おれ行けないっす」
おれも、過去の思い出を追い求めるのではなく、未来に進むために『今』と向き合おうと思った。
「おれ、こっちでやることがあるんです」
ひとりの少女がそうしたように。
河内は一瞬きょとんとした表情を見せた後、いつもの気のいい笑顔でうなずいた。
「......そうか、お前、今ええ顔しとるで。頑張りぃや」
その言葉を最後に、琥珀色の居酒屋の風景は、ルメンヴァルの空に消えていった。
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「ヴァレリア様ー!また来てくださいねー!」
すっかりクラスに受け入れられたヴァレリアは、クラスメイトからの呼び掛けに笑顔で応える。
ルメンヴァルの空が赤く色づき、今日一日が終わりを向かえようとしていた。
「ふーっ、今日はちょっと疲れたわ」
そう言うヴァレリアの顔はとても清々しく、晴れやかだった。
「学校、ちょくちょく行くことになったんだな」
「そうね、可能な限り行こうと思うわ」
照平はその横顔を頼もしく思うと共に、なんだか寂しさも感じていた。
それは、今日一日、ヴァレリアを一番近くで見守って感じたこと。
確かにヴァレリアがクラスに溶け込んでいく姿を見て、本当に安心した。
しかし、ヴァレリアはずっと『仮面』を被ったままだったように思う。
――民衆を導く指導者としての『仮面』
それは15歳の少女が身につけるにはあまりにも重い。
本当は、もっと子供らしく自分を解放してもいいんじゃないか。
学校に行って、同世代の友達と接するってそう言うことなんじゃないか。
「なぁ、ヴァレリア――」
照平がヴァレリアに声をかけようとしたその時、後ろから突然叫び声が聞こえた。
「あーっ!!それは!も、も、もしかして!!」
照平とヴァレリアは突然のことに驚き、振り向くと、ぐるぐるメガネをかけ、分厚い本を抱えた制服の女の子がこちらを指差していた。
そして、ものすごい早さでヴァレリアに接近してきた。
照平はとっさにヴァレリアをかばうように両手を広げ、二人の間に割って入るが、女の子はそんなことはお構い無しだ。
「そ、その結晶構造......!特定の波長でしか反応しない内側からの拍動!間違いない、伝説の石、ヴェル・サイトじゃありませんか!!しかも、未加工の純結晶!なんて尊いんだぁ」
その女の子はヴァレリアのバックに付いたヴェル・サイトを前に、目を輝かせている。
(な、なんだこの子!?)
困惑する照平。
しかし、その隣から予想外の反応が返ってきた。
「あなた......この石の良さが分かるのね!」
(え?ヴァレリアさん?)
「えぇえぇ、分かりますとも。ちょっと待ってください」
そう言うと、抱えていた分厚い本をパラパラとめくる。
ヴェル・サイトのページを開くと、ヴァレリアも一緒にページを覗き込み、熱い鉱石談義が始まった。
そのヴァレリアの横顔にはさっきまで被っていた『仮面』は見る影もなく、普通の15歳の無邪気な笑顔が溢れていた。
それを見た照平はなんだか嬉しくて、思わず顔がほころんだ。
(なんだよ、結局出番なしか)
なおも二人の話は盛り上がっている。
「ところであなた、名前は?」
「わ、私はミカ。ミカ・グランツです!」
「ミカ、今度うちに遊びに来なさいよ!うちにはもっといろんな石があるわよ」
ニヤリと笑うヴァレリア。
「こぽーーーーっ!!いいんですか?!ぜひともお邪魔します」
(こぽ?!なんだそれ)
未来に向けて一歩踏み出すことはとても勇気がいる。
でも、踏み出したことでできた波紋はきっと何かに影響を与え、連鎖していく。
俺たちの物語はまだまだ始まったばかりだ。
つづく




