第24話 スーツは着なくなると恋しくなる
「うーん、変じゃないかな......」
鏡の前で自分の姿を念入りに確認する照平。
リカルドから借りたスーツは少し肩のあたりがきつい気がするが、この背筋が伸びるような圧迫感は嫌いではない。
元の世界では、転職を機にスーツを着ることは滅多になくなってしまった。
「やっぱりスーツの方が似合うんだよな」
少し寂しそうに呟き、部屋を出た。
ルメンヴァル公邸の正面玄関に着くと、すでにヴァレリアが待っていた。
「おはよう、照平。行きましょうか」
普段なら自分より来るのが遅いことに悪態のひとつでもありそうだが、今日はそんな余裕がないほどの緊張感が漂っていた。
なぜ、普段着ないスーツを着てヴァレリアと出かけることになったのか。
話は昨晩にさかのぼる。
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「照平さま、本当に申し訳ありません」
ルチアが深々と頭を下げる。
「いやいや、ルチアさんが悪いわけじゃないし、そんなに頭を下げなくても大丈夫だよ」
「でも......『訪問』はヴァレリア様にとってとてもデリケートなイベントですし、その同行を変わってもらうのは本当に申し訳なくて」
『訪問』というのは、要するに月に一度の登校日である。
不登校のヴァレリアが学校の卒業資格を得るためには、最低限月に一度は学校に行かなければならないのだ。
その登校日に普段はルチアが同行していた。
しかし、先日の漆黒のカレンデュラの後処理で行けなくなってしまったため、代わりに照平に白羽の矢がたったのだ。
不登校のヴァレリアが学校に行くというのは確かにデリケートなイベントだ。
しかし、不思議と照平に不安はなかった。
なぜなら、漆黒のカレンデュラ事件以降、ヴァレリアは少し変わったような気がするからだ。
学校に興味を持ち、前向きに訪問の準備を進めている姿も見られた。
今回の訪問は今までとは違い、ヴァレリアを取り巻く状況が好転するような、そんな予感がしていた。
そして、そんなヴァレリアをサポートすべく、照平はとっておきの秘策を用意していた。
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学校に向かう馬車の中。
照平とヴァレリアの二人だけの空間は少し緊張感が漂っている。
その緊張感の中、照平は意を決して切り出した。
「ヴァレリア、これ知ってる?」
照平が取り出したのは、そう。
『ポポポ ルルン』のぬいぐるみキーホルダーだ。
先日、街で行列に並んで手に入れた、最近若い女性の間で人気のキャラクターグッズ。
(ヴァレリアがこれをバックに着けていれば、同級生の女子たちが興味を持ち、話をするきっかけになるはずだ。名付けて、『ポポポ ルルン大作戦!』)
「あぁ、今街で流行っているキャラクターでしょ。照平、そういうの興味あるんだ」
(あれ、あんまり興味ないのか?若い女性に人気のキャラクターじゃないの?)
ヴァレリアは一瞬こちらに向けた視線をすぐに窓の外に戻してしまった。
「いやいや、おれは別に......なんか今人気のキャラクターらしいからさ。あ!よかったらヴァレリアにあげるよ」
少し芝居がかった不自然な言い回しになってしまったが、とにかくポポポ ルルンをヴァレリアに渡さなければ作戦は始まらない。
「あなたが買ったものでしょ?もらったら悪いわ」
(えー!!いや、素直にもらってよ!!)
「いやいや、なんか若い女性に人気らしいしさ。ヴァレリアにどうかなと思って買ってきたんだ」
ここですんなり引き下がるわけにはいかない。
「そうなの、ありがとう。でもさすがに学校に着けていくわけにはいかないから、帰るまで持っててもらえる?」
(真面目かよ!!元の世界の中高生みんな見習って(泣))
学校に持っていけないと言われると返す言葉がない。
ここはひとまず預かることにした。
ポポポ ルルンが付くはずだったバックを見ると、綺麗な石が付いたキーホルダーがぶら下がっていた。
「そのバックに付いている石のキーホルダーすごく綺麗だな」
すると、ヴァレリアは予想以上の反応を見せた。
「そうなのよ!照平、あなた意外と分かってるじゃない!!」
さっきまでの緊張感はどこへやら。
好きなことの話になるとテンション爆上がりするタイプらしい。
「この石はヴェル・サイトって言ってね。このままでも綺麗なんだけど、ちょっと見てて......」
そう言うと、ヴァレリアはヴェル・サイトを両手で包む。
すると、ヴェル・サイトがヴァレリアの手の中で青い光を放った。
その幻想的な光景に思わず見とれてしまう。
「この石は暗闇で光るのよ。こっちも綺麗でしょ」
得意気に語るヴァレリア。
確かにすごく綺麗だ。
それにしても『ヴェル・サイト』って名前はもしかして――
「あのさ、ヴァレリア......」
ガタッ
馬車が小さく揺れて止まった。
どうやら目的地に着いたようだ。
ゆるんだ空気がまた引き締まる。
ヴァレリアは大きく深呼吸した。
「いくわよ、照平」
つづく




