第23話 漆黒のカレンデュラ(後編)
「オリバーさん!照平です。いますか?」
数時間ぶりのオリバーの家。
扉の前で呼び掛けるとすぐにオリバーが出てきた。
「はいはい。ちんぺい、今日は来る予定だったかな......」
「......?!」
オリバーは照平の後ろにいるヴァレリアに気づき、目を見開いた。
「おじさま。ご無沙汰しています」
ヴァレリアが小さく会釈する。
「いやいや、ご立派になられて。お会いするのはいつぶりかな」
ヴァレリアと久しぶりの再開を果たしたオリバーはとても感慨深そうにうなずいている。
しかし、今はそれどころではない。
「オリバーさん!大変です!街中のカレンデュラが真っ黒になって......」
照平がオリバーとヴァレリアの間に入って話を進める。
「あぁ......そうじゃったそうじゃった。話は聞いているよ。長年ここに住んでいるが、こんなことは初めてじゃ」
オリバーも異変に気がついていたらしい。
「オリバーさん、単刀直入に言います。『ヴェルサさんの未完の研究ノート』について何かご存じないですか?」
『ヴェルサの未完の研究ノート』その言葉を聞いた瞬間、オリバーの表情が深刻なものに変わった。
「照平、それをどこで......まぁいい、ひとまず中に入りなさい」
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「ヴェルサの未完の研究ノート......確かにそこになら何か解決のための情報があるかもしれん」
「本当ですか!!」
照平とヴァレリアは揃って前のめりになる。
「ノートは確かにわしが預かっている。じゃが、1つ問題がある」
オリバーが照平とヴァレリアを交互に見据える。
「ヴェルサの未完の研究ノートは鍵の掛かった箱に入っていて、開けることができないのじゃ」
(鍵!?ブラウズが言う鍵が掛かっているというのはこのことだったのか)
「鍵を持つ者が訪れるまで預かってほしいとヴェルサから頼まれてな。今日まで大事に預かっていたんじゃ」
「くそ!!それじゃ今度は鍵の持ち主を探さなきゃいけないってことかよ」
照平は落胆した。しかし、隣にいるヴァレリアは違った。
「鍵......もしかして」
ヴァレリアは隠すように身に付けていたネックレスを取り出した。
ヴァレリアが取り出したネックレスに付いていたのは、まさしく鍵であった。
「ヴァレリア様、それはもしかして!」
オリバーが目を見開く。
ヴァレリアはその鍵を大事に両手で包み、胸に抱きしめた。
「これはお母様にもらったものです。『大事なものをあなたに託す』と......」
ヴァレリアは深呼吸すると、ゆっくり鍵を箱の鍵穴に入れた。
カチャッ
(開いた)
その瞬間、照平の体は光に包まれ、ヴェルサの未完の研究ノートの情報が頭の中に流れ込んできた。
(なんて優しく暖かいんだろう)
ヴェルサの未完の研究ノートに触れた照平は、まるで母の両腕に包まれるような安心感と暖かさを感じた。
痛っ!!
照平が呆然としていると隣にいたヴァレリアから頬をつねられた。
「なにボーッとしてんのよ!早く解決方法を見つけるわよ!」
(え?お母さんから託されたノートを見て想いを馳せるとか、そういうのないの?)
忙しくページをめぐるヴァレリア。
その横顔には先ほどまでの不安はみる影もなく、一秒でも早く事態を解決して、市民を安心させたいという決意が宿っていた。
ヴァレリアもまた、ノートに触れたことで勇気をもらったのかもしれない。
照平は自分のやるべきことに没頭するヴァレリアを羨ましく思った。
そんな調子でまた呆然としていると、今度はヴァレリアににらまれた。
(ヤバいヤバい)
照平も横目でノートを見ながら、頭の中の情報を検索する。
(あった!!)
「ヴァレリア!10月12日のページを見せてくれない?」
「10月12日?」
ヴァレリアは突然のページ指定に不審な表情をみせながら、ページをめくった。
「えっと.......『10月12日北部地方の村で草花が変色する事態に遭遇』......これだわ!!」
ノートには今回と似た事態に遭遇したこと、そしてヴェルサがその原因を突き止め、解決した記録が記載されていた。
「地下にある高濃度の鉱物が嵐の影響で染みだしたことが原因!?確かに昨日は珍しくひどい嵐だったわ。やっぱり呪いなんかじゃなかったのよ」
「特定の条件が重なることで起きた事象というわけじゃな。して、解決策はなんと?」
「村の人に聞き込みをして中和剤を作ったと書いてあるわ。中和剤の作り方は......うん、これなら作れそう」
「よし!じゃあ早速リカルドさんに報告してみんなを安心させてあげよう」
「そうね.....」
照平とヴァレリアが立ち上がろうとした瞬間、窓から不意に吹き込んだ風がヴェルサの研究ノートのページをパラパラとめくった。
そしてまるで何かの意志が働いたようにあるページでぴたりと止まった。
――親愛なるヴァレリアへ。
古代の王たちがなぜ滅びたかを知るには、書物を開きなさい。
けれど、未来の民たちが何を求めているかを知るには、隣に座る友の言葉を聞きなさい。
『知恵の民』の知恵とは、孤独な思索から生まれるものではなく、人々の心の機微をすくい上げることで完成するのです。
あなたならきっとできるわ――
そのページに書かれていたのは、将来、民衆を導く立場に就くであろうヴァレリアに向けたメッセージだった。
『人々の心の機微をすくいあげる......』この事態の原因と解決策を突き止めるのは、ヴェルサさんにとっても並大抵のことではなかったはずだ。
きっと村の人々と丁寧にコミュニケーションをとることで信用を得たからこそ、情報を集めることができたんじゃないだろうか。
ヴァレリアはヴェルサの言葉をじっと見つめていた。
「お母様......そうね」
ヴァレリアは小さくうなずくとノートを抱きしめ、歩きだす。
「いくわよ!照平」
「お......おう」
(呼び捨てかよ......まぁ、いいか)
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ルメンヴァル公邸に戻った照平とヴァレリアはオリバー家での出来事をリカルドに報告すると、すぐに中和剤作りに取りかかった。
そして、その中和剤を黒く変色したカレンデュラに注いでいく。
「照平!見て!」
黒く変色したカレンデュラは、中和剤を注いだところから鮮やかなオレンジを取り戻していく。
「成功だ!!」
照平はヴァレリアと顔を見合せ、喜びを分かち合う。
そのヴァレリアの表情は眩しいほどに輝いていた。
「お嬢様、すぐに街中に知らせましょう」
「えぇ。私たちも手分けして対応しましょう」
その後、照平やヴァレリアも街に出て中和作業にあたり、みんなの力で少しずつ街中のカレンデュラが中和されていった。
それはまるで漆黒の暗闇に日の光が差し込み、ルメンヴァルの長い夜が徐々に明けていくかのようだった。
「ルメンヴァルが光を取り戻していくようだわ」
中和剤作りで汚れた手で頬を拭うヴァレリア。
「ほっぺ真っ黒だぞ」
照平が笑う。
真っ黒になりながら街中を駆け回ったヴァレリアは、公邸に静かにたたずむお嬢様とは程遠い、たくましく洗練された姿だった。
ヴァレリアは遠くを見つめて呟く。
「――隣に座る友の言葉を聞きなさい、か.......学校、行ってみようかな」
「ん?何か言った?」
「え??何でもないわ!」
ヴァレリアが汚れた頬を赤らめる。
「そういえば.....照平、あなたなぜお母様のノートのこと知ってたの?」
「え?」
思いがけない質問に頭が混乱する。
(ヤバい!そりゃ不思議に思うよな......ブラウズの話をしていいのか?それより異世界から来たってところから話さなきゃいけないか?いやいや、でも異世界から来たことは人に言うなって言われたし......)
「照平、もしかしてあなた......」
ヴァレリアは不審な目で照平を見つめる。見つめられた照平は息をのむ。
「実は事前にオリバーおじさまから聞いていたのね!」
「へ?......あ、うん」
「なんだ!そうだったのね。ノートのことはリカルドも知ってたみたいだし、知ってたなら早く教えてほしかったわ」
照平は一気に気が抜けてしまった。
「て言うか、古代ルメンヴァルに興味があるなら早く言ってよ!最近おじさまのところに通って教えを受けていたみたいだし......そうだ!照平、あなたを私の助手にしてあげるわ」
「え?」
「今日からまたよろしくね」
屈託のない笑顔を見せるヴァレリア。
その笑顔に照平は思わず見とれてしまう。
「お、おう」
こうして、家庭教師から使用人見習いとなった照平は、晴れて助手に昇進したのであった。
つづく




