第22話 漆黒のカレンデュラ(前編)
懐かしい夢を見た気がする。
照平は胸の辺りに微かに残る愛おしさと共に目を覚ました。
外は昨日の嵐が嘘のように晴れ、窓からまぶしい朝日が差し込んでいた。
「ヤバい!」
今日は朝から仕事を頼まれていたことを思い出した。
照平は急いで支度すると、オリバーにお礼を言い、家を出た。
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家を出るとすぐに、何とも言えない違和感を感じた。
空は晴れ渡っているのに、街は暗く沈んだ空気に包まれている。
(昨日の嵐のせいかな?それとも二日酔いでそう感じるのか?)
メインストリートまで出ると、街が暗く沈んでいる原因が判明し、照平の違和感は確信に変わった。
「えっ?!これはどういうこと??」
街中に咲き誇るこの街のシンボル、オレンジ色のカレンデュラの花びらが、漆黒に変色しているのだ。
しかもそれは一部だけではなく、見渡す限りすべての花が同じ状況であった。
昨日まで色鮮やかだった街は一夜にして色を失ってしまった。
人々は動揺し、街は騒然としている。
「昨日まではなんともなかったのに......」
「この街に住んで長いが、こんなことは初めてだ」
「綺麗なカレンデュラの花が......なんて不吉なの」
街の人々が不安を口にする中、街の人が発したある言葉が照平の耳に強烈に残った。
「これはきっとザルドレッド王の呪いだ......」
(ザルドレッド王?その名前どこかで......)
嫌な予感がした。
照平はルメンヴァル公邸への道を急ぐことにした。
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ルメンヴァル公邸に着くと、門の前には人だかりができていた。
皆が今回の事態の説明を求めて集まり、ちょっとした騒ぎになっているのを、数人の役人が静止していた。
(これは大変なことになっているな)
照平は裏の入口から中に入ると、中央の会議室に人が集まっており、事態の収拾のための会議を行っていた。
「リカルド殿、まずいことになりました。群衆が公邸の前に集まっています。」
役人と思われる男がリカルドに詰め寄る。
役人はさらに続けた。
「今回の事件、街では『ザルドレッド王の呪いではないか』という噂が広まっています。市民は不安なのでしょう」
リカルドは腕組みをして考え込む。
「うぅむ......このままだとザルドレッドの信仰者たちが動き出しかねない。早急にカレンデュラが漆黒に染まった原因を突き止めねばならない」
(ザルドレッドの信仰者?)
事態は照平が考えているよりもさらに深刻のようだ。
「よりによってアルベルト様が不在の時に......どうしたらいいんだ」
役人のひとりがそう口にすると、自然と全員の視線が会議室の中央に集まる。
そこにいたのはヴァレリアだ。
ヴァレリアは顔面蒼白で今にも溢れ出しそうな涙を必死でこらえていた。
大人たちの視線の意図が、ヴァレリアへの期待だということは明らかだった。
アルベルトに代わり事態の解決に向けて皆を導いてほしい。
この場にはそれが当然のような空気が流れていた。
(大人が揃って何をしてるんだ!これじゃまるでヴァレリアをいじめてるみたいじゃないか!!)
この世界のことはまだよく分からない。
しかし、大の大人がよってたかって年端もいかない少女に詰め寄っているこの状況は絶対におかしい。
(何か......何かおれにできないか)
照平が強く願ったとき、体から暖かい光が溢れてきた。
『バリュー:ブラウズが発動します』
その瞬間、ヴァレリアに向いていた視線が一斉に照平に集まる。
「ブラウズ!!待ってましたぁ!!」
照平は嬉しさのあまり思わず声が出る。
そして頭に流れ込むであろう情報を聞き逃さんと構えた。
しかし、今回ブラウズが示した情報は限定的なものだった。
『ヴェルサの未完の研究ノート』
『オリバー』
「え?!それだけ??」
『研究ノートには鍵が掛かっていて閲覧できません』
「そんなぁ......ヴェルサの未完の研究ノートっていったい......」
その言葉を聞いたリカルドは、一瞬にして顔つきが変わり、照平に対して声を荒げた。
「照平様!!ここは大事な会議の場だ。部外者が適当なことを言わないでいただきたい」
照平はまさかの反応に驚き、心臓が飛び出るかと思った。
「ご......ごめんなさい」
(そんな怒ることないじゃん(涙目))
「とにかく解決策は私とヴァレリア様で探ります。皆さんは市民が不安にならないよう、対応をお願いします。決してザルドレッド王の呪いなどという根拠のない憶測が広まらぬよう、どうかお願いします」
「分かりました」
役人たちが部屋をあとにするとすぐに、リカルドは照平に対して頭を下げた。
「照平様。先ほどは申し訳ありませんでした」
「え??いや、こちらこそすみませんでした」
怒られた衝撃で放心状態だった照平は状況が理解できない。
「ヴェルサ様の未完の研究ノート。照平様がなぜその存在をご存じか知りませんが、これは公にしていい情報ではありません。そのため、先ほどはあのような対応をとるしかありませんでした」
よく分からないが、『ヴェルサの未完の研究ノート』はリカルドが声を荒げるほど重要な機密情報なのだろう。
「リカルド」
先ほどまで泣きそうな顔をしていたヴァレリアが鋭い眼差しでリカルドを見つめている。
「どういうこと?お母様の研究ノートが存在するというの?」
(え?ヴァレリアも知らないの?)
リカルドは困ったような表情で少し考えたが、覚悟を決めてうなずいた。
「ヴェルサ様の研究ノートになら今回の事態の手がかりがあるかもしれません。しかし、その所在は私にも分かりません」
「......オリバー」
照平が発した言葉に視線が集まる。
「もしかしたら、オリバーさんなら何か知ってるかもしれません。あの人ヴェルサさんの師匠らしいですし」
照平はブラウズが告げた二つ目のキーワード『オリバー』がノートの手がかりなのではないかと思った。
「照平様、分かりました。では早速支度を......」
言いかけたリカルドをヴァレリアが静止した。
「リカルド、私が行くわ。照平、案内をお願いできるかしら」
つづく




