第96話 重量変化
「ことちーっ!今日はよろしくねーっ!」
「うん、よろしくね」
今、私達はダンジョンの1階層へと足を踏み入れました。
草木が辺り一面に広がる、基本的な塔型ダンジョンといった光景ですね。従来通りのダンジョンであれば、3~4階層あたりで空気が変わると思います。
見渡す範囲内には、まだ魔物がうろついている姿は見えませんね。入り口付近は遮蔽物もないので、比較的安全と言えるでしょう。
他の魔物に関しては自信はありませんが、ゴブリンに関して言えば特殊個体は判別できると思います。2回も邂逅したので、特殊個体の存在は前提として組み込んだ方が良さそうですね。
「さぁーて!!今日も元気に魔物討伐!いっくぞー!!」
そんな中、ゆあちーは非常に能天気です。
ぶんぶんと楽しそうに愛武器、かつダンジョンアイテムである大槌を振り回していました。あの、危ないです。
前衛に立つゆあちーは、その体躯に見合わぬ大槌を軽々と持ち上げています。いくら彼女が物理特化のステータスをしていると言っても、よくそんな大きな武器を振り回せますよね。
まあ、ダンジョンアイテムということなので、おおよその答えは分かります。
ですが私が先に全部説明してしまうのは、それはそれで面白くありません。
なので、所持者であるゆあちー自らの口から、話してもらう方向へと誘導しましょう。
「にしても、ゆあちーってよくそんな大きなハンマー振り回せるよね、重くないの?」
そう問いかけると、ゆあちーは「ふっふっふ」とさも悪役かのような笑みを浮かべました。
ですが滲み出る純粋さは隠せていないので、結果として可愛らしい笑顔になっています。ゆあちーも人のこと言えないくらい可愛いからね?
ゆあちーはもう一度大槌を大きく振り回したかと思うと、勢いよく地面に突き立てます。
辺り一帯に轟音が響きました。
大地を抉り、土煙が舞い上がります。大槌の頭3分の1ほどが地面にめり込みました。
そんな破壊的な質量を持った大槌の柄を、ゆあちーはぽんぽんと叩きます。
「ことちー、試しに持ってみて?」
「うんっ?分かった」
ゆあちーの指示に従って、私は大槌を持ち上げようと試みます。完全に魔法使いのステータスなので、本来であれば持ち上げることは叶いません。
ですが、ダンジョンアイテムとなれば話は別です。
「わっ、軽い!」
予想通り、というよりも予想をはるかに上回るレベルでした。
まるで発泡スチロールで作られているかのように、その大槌はひょいと持ち上げることが出来たのです。
次に、ゆあちーは私が持ち上げた大槌の柄に再び触れました。
念の為に足元をチェックしてから、にこりと微笑みます。
「ね、軽いでしょ。でもね……えいっ」
「わあっ!?」
次の瞬間、私の身体は大槌に引っ張られました。
突如として重りが圧し掛かったかのように、大槌が重くなったのです。
再び轟音が響くと共に、大槌は地面の中にめり込みました。
大槌と共に前のめりに倒れかけた私を、ゆあちーは軽々とキャッチします。
私の背中を軽く叩きながら、彼女はくすりと笑いました。
「ね?このハンマーはね、“重さを自由に変える”ことが出来るんだよっ。打ち付ける時だけ重くしてるの」
「……実物は初めて見たけど、すごいね」
なるほど、“重量変化”ですか。
正直、ゆあちーがダンジョン内で怪力ゴリラやってるのかと思っていました。危なかったー。
「ね、ことちー。私のこと、ただの怪力ゴリラだと思ってた?」
「おもってないおもってないおもってないおもってない」
ゆあちーがジト目でこっちを見てきます!すみません、すみません!!!!
全速力で首を横に振ります。あの、だからこっちを冷ややかな目で見ないでくださいっ。
というか、ダンジョンアイテムって結構いい性能してるんですね。
私も男性時代に話が流れてきた際に、受け取っておけばよかったかな。
ロングソードだったんだけど、惜しいことしちゃいました。だって、折っちゃダメな剣という時点で……。
にしてもゆあちーの武器、結構面白い性能していますね。
ただ重さを切り替えて敵を叩き潰すだけではなく、踏み台にすることだって出来ます。その気になれば、ボールペンの姿に戻してフェイントをかけることだって出来ますね。
色々と汎用性の高そうな性能なだけに、ちょっぴり羨ましいです。
ですが、私の専用武器だって負けちゃいませんよ。見た目こそ魔法少女のステッキですが。
なんでこんなデザインになっちゃったんでしょう。外見が女の子だからですかね、少女向け……じゃないんですよ!
そんなやり取りをしていると、遠巻きから見守っていた麻衣ちゃんはやんわりと話しかけてきました。
「ねえ、そろそろ進まないかな。仕事しようねぇ」
「あっ、ごめん麻衣ちゃん。そうだね」
「そうそう。私としても調査業務があるから」
麻衣ちゃんの言葉にハッとしました。やんわりと掛けてきましたが、ちょっとだけ声が低くて怖かったです。
そうですよね、今は仕事中です。つい、ゆあちーと喋るのが楽しかったので談笑しちゃっていました。
ところで、恵那斗の方はきちんと仕事しているのでしょうか。三上パパが仕切り役してくれていそうですが。
ただ。さすがに、男性陣と同じ場所で魔物を倒すのは効率が悪いですね。私達は違う場所へと移動して、魔物と戦うことにしましょう。
「ゴブリンどこだぁーっ。出てこいっ」
「琴ちゃん……ちゃんとゴブリン以外も倒してね……」
「分かってるよー、ぶーっ……」
「拗ねないの」
いざとなれば、ゴブリンをおびき出すゴブリン液だって使えます。ですが、特殊個体がいる関係で最近はちょっぴり使いづらいです。
最近は、色々と変えざるを得ない立ち回りが多いので不便です。時代の進歩は利便性こそ増やしますが、不便な部分も増やしていきますね。うーん。
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「ゆあちー、ちょっとそこにハンマー置いて欲しい。重くしといて」
「えっ、うん?良いけど……」
私はゆあちーにそう依頼して、地面に大槌を突き刺してもらいました。
念の為大槌を揺らしてみますが、びくとも動きませんね。うん、しっかり安定しています。
それから、高く伸びた草木の先から見える景色を覗こうと、大槌を踏み台にしました。
……あっ、背後からゆあちーの呆れたようなため息が聞こえました。
「ハンマーを踏み台にしない、ことちー……」
「ごめん、ちょうどよかったから。あ、もうちょっと高くしたいな……これで良いか」
ですが、低身長なのであまり外の景色が見渡せません。うーん147㎝という弊害が。恵那斗は180㎝くらいあるっていうのに、羨ましいです。
一度大槌の上から飛び降りて、“アイテムボックス”からレジャーシートを取り出します。それから次いでゴブリンの死骸を取り出しました。どうやって倒したかなんて覚えていないので、これが特殊個体かどうかも分かりせん。
さすがにゆあちーの武器を汚すわけにはいかないので、大槌の上にレジャーシートを敷きます。それから、その上にゴブリンの死骸を乗せました。
私の行動に対し、ゆあちーが悲鳴を上げました。
「あーっ!?ちょっと!?」
「ごめん!汚さないから!」
「そう言う問題じゃないって!なんか嫌だ!!衛生的な意味とかじゃなくて気分的に!」
ちなみに、これらの会話は小声で行われています。念の為、補足しておきますね。
それから私は大槌の上に乗せたゴブリンの死骸を踏み台にして、草木の隙間から魔物が居ないか見渡します。
すると、草木の向こうに一匹の魔物が居ました。
残念ながらゴブリンではありませんでした。
マーダーラビットです。体躯にして50㎝くらいのまあまあでかいうさぎです。撫でさせてくれたら最高なんですけどね、生憎ながら魔物なのでその額から伸びた角でぶっ刺しに来ます。
件のマーダーラビットは、カリカリと地面を掘って己の住み家を作っていました。それから地面に鼻をこすりつけながら「キュイッ」と可愛らしく鳴いています。
ただ眺めているだけでも癒される魔物ですが、私達冒険者からすれば倒すべき対象です。
冒険者以外が訪れることのないダンジョンなので、こういった魔物の情報が公になることが無いのはありがたいですね。こんな魔物がいるという情報が知られでもしたら、うさぎ好きの人から怒られそうです。
全ての情報をおおっぴらにすればよいのかというと、案外そうではないんですよね。うーん闇が深い。
目視できたのはマーダーラビット1匹のみ。別にこの魔物のみであれば、私の魔法で十分でしょう。
ついでに武器紹介にもちょうど良いですし。
「2人とも、マーダーラビットいた。このまま倒すね」
「うん、いいけど……“炎弾”撃っちゃうと他の魔物にバレるんじゃないかな」
「まあまあ……見ててよ。ちょっと私なりの“炎弾”の使い方があるんだ」
麻衣ちゃんはやんわりと、私の行動を窘めてきます。
確かに、従来の“炎弾”であれば、その攻撃の余波で他の魔物にもバレちゃいますよね。
でも、安心してくださいよ。琴ちゃんですよ?え、私だから心配って?失礼な。
私は軽く草木を掻き分け、その隙間から専用武器として作って貰った魔法杖を正面に突き出しました。足元が不安定なので、なるべく支持基底面を広くとることを意識します。つまり両足を広げて立ちました。
それから、魔法杖へと“炎弾”を構築するべく脳内で構造式を描きます。
別に、“琴ちゃんレーザー”でもマーダーラビットを屠るには十分です。ですが、ここは更にもう一枚、独自性を加えていきましょう。




