表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/114

第94話 収入源

「金山さん、あんまり琴をいじめないでもらえるかしら?」

「ふむぅ。別にいじめるつもりはなかったのじゃが……」


 私——田中 恵那斗は、琴を中心として結成された女性陣パーティと一時的に別れを告げた。


 今回攻略するダンジョンは、中規模の塔型ダンジョン。現代においてはありふれた存在だ。


 まあ、このようなダンジョンが“異災”によって生み出された際に、多くの人々を飲み込んだという事実を、私は一生忘れることは無いだろうが。



 ダンジョンが生まれた当初に懸念されていたのは、ダンジョン内の生物——つまり、魔物がダンジョン外へとあふれ出るという問題であった。

 創作の世界においては“ダンジョンブレイク”と呼称される現象であるが、幸いにも現代日本においては未だそのような事態は生じていない。

 

 専門家の介入によって行われた調査の結果、魔物は“魔素”の存在しない環境下では生存することが出来ないようだ。


 多くの魚が水の中でしか生きることが出来ないように、魔物はダンジョンの中でしか生きることが出来ない。故に、魔素の存在しないダンジョン外において、魔物が生存する環境としては不適切ということである。

 冒険者協力の元で行われた、「魔物のダンジョン外における状態変化」という命題の実験において、魔物がダンジョン外へと引きずり出されたことがある。しかし、おおよそ5分ほど経過したところで苦しみ始め、塵となって消えてしまったらしい。これは、種族間によって差こそ見られたが、全ての魔物に共通する事実だった。

 

 つまり、ダンジョンとは魔物が生存する為に適した環境ということになる。魔物の為に作られた場所、とも言い換えられるだろうか。

 ただ、その中でも「ダンジョンとは何か」という問いに関しては未だ証明できていない。

 「行き過ぎた文明の発展を咎める神からの試練」などと言った、荒唐無稽な仮説が台頭している始末だ。


 一説では“異世界からの侵略”という説も挙げられている。

 まあ、その仮説を知ったところで「で?」という話にしかならないのだが。


 結局、私達は自分に関係する話にしか興味が向かないのである。


 

 そして、ダンジョンというのは“魔法”という不可解な現象を私達人間社会へと提供した。

 魔法は人間社会の発展を大いに助け、新たな産業革命を引き起こそうとしている。


 だが、ダンジョンによって大きく生活を書き換えざるを得なくなった存在もいる。

 その渦中に最も近い場所にいるのが——私達、田中夫妻という訳だ。


 特に、ここ最近の琴は自分という存在について、迷っている様子が見える。



 

 ——私ね、最近……男だった頃を、忘れかけてる気がする。それが、すごく怖い時がある。


 


 そう、不安げに彼女は語っていた。

 長年寄り添った私だからこそ分かる。


 田中 琴は、非常に脆く、弱い部分があるのだ。


 かつては、「中年」という見た目の殻で自分を覆い隠し、内側に存在した最も弱い部分を誤魔化すことが出来ていた。

 だが、“女性化の呪い”によって、そんな弱い部分を隠し通す術を失った。


 弱い部分がむき出しとなった今、彼女は取り巻く環境に大きく戸惑っている状況にある。

 私は、立場上“彼氏”として、そんな琴の隣にいることができる。

 

 彼女を最も身近で守ることができるのは、私だけだ。



 そして、この金山 米治という冒険者は、どうにも琴と相性が悪いようにも見える。

 常に心の内を見透かしたような雰囲気を醸し出す彼は、琴にとって居心地の悪い存在だろう。


「私は琴の彼氏だから、あの子をしっかりと守る責任があるの」

「ずいぶんと、琴を気にかけているんじゃの?それは、負い目から来るものかのぅ……?」

「……っ」


 やはりこの男、さらりと痛いところを突いてくる。

 返事に行き詰まり、ただ生唾を飲んで黙りこくることしかできない。


 今でこそ琴の隣にいることが出来ているが、一時的とはいえ——琴から距離を取っていたのは事実なのだから。


「……あのよォ」


 そんな不穏な空気感に嫌気が差したのだろう。三上は両手を後ろで組みながら、間抜けに欠伸をしつつ話に割って入ってきた。


「んな話、今はなんでもいーだろうが。つか空気悪いぞお前らァ。こちとら仕事で来てんだ、プロらしくしろよ」

「……ごめんなさい。三上の言う通りだわ」

「おう。喧嘩してて魔石納品できませんでした、なんて報告できる訳ねーからな。つか、恵那斗君もレベル低い自覚ある?琴きゅんよりもレベル低いんだぞお前」


 レベルの話をされては、私に反論の余地はない。

 私のレベルが低いが故に、低階層での業務しか行うことが出来ないのだから。



 階層が高くなればなるほど、魔物から回収できる魔石も肥大化する。

 だが、魔石は大きければ大きいほど良いのかというと、そうではない。むしろ「安価だから」という理由から、低階層で手に入る小さな魔石にも一定の需要は存在する。

 ただ総合的なギルドでの収益を考えた際に、やはり大きな魔石も確保しておきたいところだ。それは私にとって、今後の課題とも言えるだろう。



 私は腰に携えた蛇腹剣の柄を触り、小さくため息をついた。


(……らしくないわ、田中 恵那)


 自覚していなかったが、私自身。“男性化の呪い”によって、知らず知らずに心境の変化を受けていたようだ。

 人のことを言えた話ではないかもしれない。


 そんな心の葛藤を振り切るように、首を大きく横に振った。


「……行くわよ。申し訳ないけど、2人とも擁護を頼むわ」


 さすがに、身の程は分かっている。本来の戦闘技術こそあれど、この中で継続戦闘能力に欠けるのは私だから。

 私の言葉に、三上と金山はほぼ同時に頷いた。


「任せとけ。ガキの御守りは慣れてっからなァ」

「久しいのぅ。こうやって、お主とも共闘するのは」


 どうやら、既に琴達はダンジョンへと攻略を開始しているようだ。

 琴にとっては不本意な形かも知れないが、土屋さんや花宮さんと共に行動することが、彼女にとって憩いの時間となるだろう。


 ……正直、琴が何かやらかさないか心配だけど。

 この頃“琴ちゃん魔法”という名目でふざけだしたから、女性陣を困惑させていないか気がかりではある。


 ----


「“魔素放出”」


 私の詠唱に応えるように、蛇腹剣に内蔵されたワイヤーが伸びていく。分離した刃が宙を舞い、瞬く間にしなる鞭へと変形した。

 

「ギィッ」「ギィ……」 

 相対するはゴブリンの群れ。


 奴らは、私の周囲に浮かび上がる蛇腹剣の挙動に対し警戒しているようだ。

 正面からの戦闘しか経験することのない魔物にとって、このような不規則な戦い方に対して思考が追い付かないのだろう。

 

 そんなゴブリンを前に、私は静かに蛇腹剣を正面に構え、腰を落とす。

 素肌を撫でる、痛みにも似た緊張感が私を支配する。


 刹那、立ち込める静寂。

 その静寂を打ち破る一歩を踏み出し、私は低く駆け出した。


「はっ!」


 私の動きに呼応するように、宙を舞う蛇腹剣。女性の頃のしなやかな動きこそ失われたが、長年培った技術というのは消えはしない。

 鋭く放つ突きに呼応するように、蛇腹剣から伸びるワイヤーが螺旋を描き、深々とゴブリンの喉元を貫く。


「——カッ……」


 喉からひゅぅ、という空気が漏れ出す音が響くと共に、ゴブリンはそのまま後ろに倒れ込んだ。草木の合間から露出する、鋭く尖った岩肌へと頭蓋骨を打ち付ける音が響くと共に、ゴブリンはもう二度と動かなくなった。


 ワイヤーを引き戻し、剣の形状へと蛇腹剣を戻す。その一連のやり取りで、どうやらゴブリン共は私が格上の存在であると認識したようだ。


「……ほぅ。儂に狙いを変えたか」

「ギィッ!!」


 一匹のゴブリンは、私ではなく攻撃対象を金山に切り替える。低く身を屈め、突進の構えをとって襲い掛かった。

 草木を蹴り分けつつ、風を切るかの速度で金山の胸元を貫かんとしてくる。


 だが、金山も熟練の技術を持った冒険者。そのような小手先の奇襲が通じるほど、甘くはない。


「じゃが、青い。ほれ」

「ギッ!?」


 金山は腰に携えた日本刀を引き抜き、その切っ先を正面に向ける。

 まるで神業とも取れる技巧だが、金山はなんてことのないように、ピンポイントでゴブリンが放った突きを刃先で弾いた。


 予想だにしない技術を持って攻撃を弾かれたゴブリンは、大きく後方によろめく。

 その隙を縫うように、金山は滑り込むように懐に潜り込んだ。


「少しくらいは、年寄りもやれるというところを見せんとなぁ」


 そのまま逆手に持ち替えた日本刀で逆袈裟斬りを放つ。


「ギ……」


 舞い上がる血飛沫が、日本刀を真紅に染め上げる。鋭く薙いだ一撃は、ゴブリンの胴をいとも容易く切り落とした。

 血飛沫と共に崩れ落ちるゴブリンの肉体。

 むき出しとなった肋骨の隙間から露出した魔石を、金山はなんの躊躇もなく手に取った。


「ほれ。収入源確保じゃ」

「……さすがね」

「お前さんらにも、儂が役に立つという場面を見せんとなぁ。“アイテムボックス”」


 金山は手慣れた様子で“アイテムボックス”を発動させる。琴の異次元レベルに完成された“アイテムボックス”と比較すると、どこか不安定に歪んでいる。しかし、普段から使用するレベルとしては十分だ。

 そんな“アイテムボックス”の中に、魔石をポイッと放り込んだ。

 しかし。


「ちょっと待て」


 金山が“アイテムボックス”を閉じようとする前に、更にいくつもの魔石が放り込まれる。


「いちいち“アイテムボックス”開いたり閉じたりしてたらよォ、MPが勿体ないだろうが。もうちと効率考えろ」

「ふむ、すまんの」

「お前らがグダグダやってる間に全部魔石抜いたわ。ほらよ」


 三上はいつの間にか、全てのゴブリンを屠っていたようだ。

 彼の周りには、既に絶命したゴブリンで死骸の山が出来上がっている。冒険者業を務めるのは久々だというのに、そのブランクを感じさせない仕事ぶりだ。


 全ての魔石を金山が生み出した“アイテムボックス”へと放り込んだ後、三上はゴブリンの死骸を持ち上げた。


「……これもよ、“アイテムボックス”に入れるかァ?」

「三上も、琴に染まってきたわね……」

「……いや、悪い。これは俺が間違ってたわ」


 三上は勿体なさそうに、渋い顔を浮かべながらゴブリンの死骸を木々の合間に蹴り飛ばした。

 

 なんだか、本当に娘と父親って感じね。思考が似通ってきたわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ