第92話 クラシカルロリータ
ダンジョン内に併設されている、女性用更衣室というのは大抵。さほど広くありません。
というのも、冒険者の男女比率で見た時に、男性の方に大きく偏っているからなんですね。
そもそも、「性別が変わったから更衣室も変更せざるを得ない」という事例は初めてです。まあ、恵那斗も男性の姿に変わったので唯一の事例では無くなりましたが。
なので居心地が悪いです。ひーん……。
まず、女性用ロッカールームのみに作られた認証システムを、冒険者証を使って解除します。
それから、私は怖ず怖ずと女性用更衣室へと入りました。
「し、失礼しまーす……」
この見た目だから仕方ないとは言え、やはり女性用更衣室に入るのは気が引けます。男性用更衣室の方が気が楽です。駄目ですか?
扉を開けて、L字の通路を抜けた先に居たのは、まあ当然といえば当然ですが下着姿の女性冒険者の方々です。
どこかばつが悪いので、私は俯きながらいそいそと「田中 琴」と名前の貼られたロッカー前へと移動。そのまま勢いよくロッカーを開きました。
まずは園部君のところで作って貰った、初めての専用武器を立てかけます。それから、新たに買ってきたダンジョン攻略用の装備が入った手提げ式の紙袋を、一旦ロッカーへと保管しました。
余談ですが、ギルドから無料支給されているロングソードも何本か“アイテムボックス”に格納しています。無料は正義。
「専用装備……かあ」
今まで、自分用の装備とか購入したことが無かったのでつい頬が緩みます。
30年間ずっと安っぽい装備でしか活動したことが無かったので、期待に胸が膨らみますね。胸が膨らみます。(確固たる意思)
まあそんなことはおいといて……買ったはいいですが、装備するのは今回が初めてです。武器や防具は身につけないと意味がありません。
着込んでいたカッターシャツを脱ぎ、そのままロッカー内にあるハンガーへと引っかけます。最初こそ、自分の身体を見る度に動揺していましたが今となっては慣れてしまいました。
戸籍上では16歳ですが、中学生といっても違和感のない小柄な身体です。機能性重視のスポブラを身につけています。
そんな私へと話し掛けてくる人物がいました。
「あーーーーっ!!ことちー!!」
「ん?あっ、ゆあちー……久しぶり」
「どーんっ!」
「むきゅっ!?」
違うギルドで活動しているはずのゆあちーこと、土屋 由愛ちゃんです。彼女は何の躊躇も無く、私に飛びつくようにして抱きついてきました。
ちょうどカッターシャツも脱いだところだったので、素肌となった私にゆあちーの柔らかな身体がぴとりとくっつきます。体温が直に交換される感覚に、少しだけドキリとしました。
各ギルドで、最上階まで問題なく攻略を行うことが出来るようになった現代においても、他のギルドと同じダンジョンに潜ることはあります。
別に協力しなければ攻略が困難というわけではありません。
冒険者の母体数が少なくなったことから、「別に他のギルドと共同して潜ったところで、魔石の取り合いになることがない」という理由からです。
魔物の数に対して、冒険者が少なすぎるのが悪いです。
昔は冒険者で溢れていたので、ダンジョン攻略には人数制限が課せられていたんですけどね。魔石不足の余波がこんなところまで……。
にしたって、相も変わらず低身長である私はゆあちーの身体にすっぽりと収まってしまいますね。
頭だけを出した私は、ゆあちーの背中をぽんぽんと叩きながら微笑みます。
「ん、ゆあちーもここに来てたんだね」
「こっちのセリフだよ~!!ちょうどね、今日はここに来る予定だったの!そしたら背中丸めてコソコソしてる女の子いるの見えて、まさかって思ったら……やっぱことちーだった~!」
「えっ、私そんな風に見られてるの?」
「んーっ、今日もことちーは可愛いなあ。栄養補給しなきゃっ」
「ちょ、ちょっと……恥ずかしいよ。離れて」
ゆあちーは私が本当に47歳男性だって判明してからも、一切距離感が変わりません。嬉しそうに頬ずりしてきますが、私からすれば恥ずかしいです。
そんな私達に、話し掛けてくる人物がもう一人居ました。
「2人とも仲良いね、微笑ましいよ~」
「あれ?麻衣ちゃんもここに来てたんだ。協会の仕事?」
「うん。そうだよぅ~……全く、上の人達がね。偉そうに、現場見て確かめてこい、だってさ、うるさいよね全くもう……」
全日本冒険者協会で働いている冒険者で、かつ私の後輩に当たる人物の麻衣ちゃん……花宮 麻衣ちゃんですね。“時間魔法”で若い見た目を保っている冒険者です。実年齢の話題はタブーです。
どこかほんわかとした雰囲気を放っている彼女ですが、“特殊個体”が出現するようになってから、多忙な日々を送っているようです。連日資料と向き合って、原因究明の為にあくせく動いているそうですね。ちょっと性格が荒んでいるようにも見えます。
久しぶりの“炎弾ーズ”の顔合わせです。(ゆあちー命名)
ちなみに麻衣ちゃんもゆあちーも、既にダンジョン攻略用の衣装に着替えています。着替えていないのは私だけです。
麻衣ちゃんはいかにも魔法使いと言った、ぶかぶかのローブを身に纏っています。
ゆあちーは黒と金のトレンチコートを着込んでいました。
二人とも、「これぞファンタジー」と言わんばかりの衣装です。うーんかっこいい。
なので、私も紙袋から購入した衣服を取り出しました。
「あれ?ことちー、装備買ったの?」
「うん。恵那斗とね、同じギルドの人が装備見繕ってくれて……」
”同じギルドの人”とは早川さんのことです。説明しても2人には伝わらないと思ったから、名前を濁しただけです。決して「名前を出したくないほど嫌い」と言うわけではないです。念の為。
ゆあちーは私に密着したまま、紙袋の中を覗き込んできました。あの、近い。近いです。息が当たってます。
すると、彼女はぱぁっと顔を明るくしました。
「わぁーーーーっ!!可愛いーーーーっ!!ねえ、早くそれ着てっ、着てっ!!」
「えっ?あ、うん?」
「早くーっ。ね、ねっ。今日さ、久々に出会った記念にっ。3人でダンジョン潜らないっ!?」
「……あー……えっと、良いの?」
恵那斗は「良いじゃない」とか二つ返事で送り出してくれそうですが。問題はゆあちーの方です。ゆあちーにもパーティメンバーが居るんですよね?心配です。
ですが、ゆあちーはくすりと微笑んで頷いてくれました。
「うんっ、おじいちゃんには私から言っておくよ!任せて」
「う、うん……分かった」
まあ、ゆあちーのパーティメンバーである金山さんと、恵那斗は顔見知りですもんね。なら大丈夫かな?
……ある意味では初対面ですが。
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「恵那斗ー……どう?似合ってる?」
「あら、似合ってるじゃない。魔法使いらしくなったんじゃないかしら」
「うう。落ち着かない……」
私が手に持っている武器は、園部君のところで発注して貰った魔法杖です。全体的に可愛らしいチャームで飾られたその杖は、まるで魔法少女を彷彿とさせますね。
持ち手のところには、雷ゴブリンから摘出した黄色の属性石がかたどられています。
性能は実際に戦ってから説明しますが、かなり暴力的な仕上がりとなりました。ふふん。
そんな新たな専用武器を手に入れた私が身に纏っているのは、いわゆる「クラシカルロリータ」と呼ばれる類のワンピースです。
青を基調としたデザインですが、スカートの裾には「そこまでしなくても良いだろ」と思う位にフリルが飾られています。なんでスポーツ用品専門店にそんな服を置いたんですか。ちょっと。
地雷系ファッションと言い、皆して一体私をなんだと思っているのでしょう。着せ替え人形ですか。
47歳男性の扱いじゃないです。
恵那斗も、更衣室でどうやら金山さん――金山 米治と出会ったようですね。彼の隣には、ゆあちーの言う「おじいちゃん」が立っていました。
「ふむ、久しいの。田中 琴男よ」
「こんな形で再会したくなかったですよ……」
文字通りの“最悪の形での再会”です。比喩じゃないです。
長年出会うことの無かった冒険者と再会したと思ったら、こんなフリフリのワンピース着込んで少女ムーブしてるとか、どんな地獄ですか。
しかし、金山さんは真っ白の顎髭を触りながら、まるで私の姿に動じることはありませんでした。
「ふうむ、随分と垢抜けたように見える。今は田中 琴と名乗っているんじゃな?」
「え、まあ……はい」
「昔の荒んでいた頃を思えば、今の方が健康的で良い。なるほど、若者とはこうでなくてはのぅ……」
「若者じゃないですよ。ここに居る面々の年齢層思い出してくださいよ」
ちなみに、話には入ってきていませんが。
私達のパーティの監督役として、三上パパも居ます。パパは遠巻きに私達の話を聞きながら、表情を強張らせていました。
田中夫妻は見た目こそ10代後半ですが、中身は47歳です。私も10代後半の枠組みですよ。こら、10代前半に見えるとか言わない。
麻衣ちゃんも……いえ、何でもありません。なので睨まないでください。
三上パパと金山さんは言うまでもないですね。見た目通りです。
なので若い冒険者というのは、実年齢通り16歳のゆあちーだけです。
いつものことですが……なんなんでしょうね、この集まり。年齢層が高いです。




