第90話 イチャコラキャッキャ
「……なぁ。柊つったか」
「あら、私がついてくるのは不服?」
まるで「さも当然」かのようについてくる、柊 恵那という冒険者。傍から見れば絶世の美人とも取れる彼女が、何故俺と行動を共にしようとするのかが分からない。
長い黒髪をポニーテールにまとめ上げた彼女は、整ったボディラインを強調するかのようなドレスを身に着けている。
相対する俺は、適当に見繕ったパーカーにズボン。その上からギルド内で無料で貸し出している、革の鎧を身に着けただけの安っぽい姿だ。
明らかに、彼女に取って俺は不釣り合いな存在であるはずだ。
「言っとくが、俺に期待なんてするな。冒険者として成り上がろうってんなら、前線で活動する奴らに媚びを売った方が懸命だぞ」
「ふぅん。私がそういう輩に見えるって言うの?」
「冒険者なんて所詮、流行に乗ってちやほやされたい連中がなる職業だからな。ま、俺だってちやほやされるならそれに越したことはねえよ」
「……あなたも、その1人だと?」
「当たり前だろ。成り上がってたんまり金を貰って、俺は優雅に海外暮らしするんだ。理想の生活すんのに邪魔なんだよ、どっか行けよ」
正直、この女を追い払う口実はなんだってよかった。
出まかせの言葉を作って、柊という冒険者を遠ざけることができるのなら、それでいい。
冒険者という道を選んだ本当の理由は……それが魔物に近づく唯一の手段に過ぎないからだ。
俺の両親を奪ったダンジョンという存在。そこに巣食う異形の生物である魔物。
ダンジョンという存在に強い憎しみを抱く俺に手を差し伸べてくれた先輩さえ、もう今はこの世にいない。
何もかもを奪ったダンジョンという存在について、知ることができるのなら、それが一番いい。
だが、別にその過程で死んだとしても構わなかった。
そんな俺の自己満足に、この柊という女性を巻き込むのは不本意だった。
「……嘘ね」
「……」
「田中 琴男。あなたはこれからも、ずっと1人で抱え込むの?長い人生を、1人きりで」
「……ねえ、だろ……」
「え?」
柊は、俺の言葉に首を傾げた。
もう、限界だった。
ぶつけるはずのなかった本音が、弾ける。
「関係ねえだろっっっ!!お前にはさあっ!!“異災”っつうダンジョンに親が飲み込まれた気持ちなんてよ、理解できるか!?」
「……」
「羨ましいよ、ただ夢だけ見て冒険者やれるやつがよ!!!!俺にはもう怒りしか湧かねえよ!!こいつらの……ゴブリンの顔見る度によ、ぶん殴りたくなるんだよ!!その顔切り刻んで、いたぶってやりたくなんだよ!!!!」
その言葉は、爆弾が爆ぜたかの如くあふれ出す。
静寂の洞窟に、ただ俺の言葉だけが木霊する。
俺の怒号にも似た言葉を聞いたのは、目の前に立つ柊だけではない。
「……ギィッ」
ゴブリンが、その声を探すべく姿を現した。
俺は昂る感情そのままに、無料貸し出しのロングソードを鞘から引き抜く。
「柊つったか……俺の前から失せろ。そして、もう二度と俺に関わるな」
「嫌よ」
「はぁ!?」
苛立ちの言葉を柊に浴びせるが、彼女はどこ吹く風と言ったところか。
柊も同様に、腰に携えたレイピアを静かに引き抜いた。
「私だって、異災で家族を喪っているもの。それが、あなたから距離を取る理由になるとは思わないことね」
「……馬鹿野郎が。後悔するぞ」
「私の後悔を、勝手に決められたくないわ。私は、私の選択でしか後悔しないから」
「そうか、よっ!!」
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今、私達は三上パパの運転によって、スポーツ用品専門店へと来ています。
自分には無縁の場所だと思ってて、来る機会さえなかったのですが……天井にぶら下げられた吊り下げ看板には「ダンジョン用品」と書き記されていますね。ポーターのアルバイトをするような人達向けのコーナーのようです。
まあ冒険者のお手伝いをすること自体、結構割のいいアルバイトですから。“アイテムボックス”を会得していない冒険者からしたら、非常にありがたいようです。
ただ、ダンジョン仕様の衣服ってかなり高価なんですよね。旧世代の一級ブランドくらいの値段はします。うわ、ジャージ上下で「¥110,000」とか書いてる。ゆあちーとか、本当によく冒険者になってくれましたね……。
そんな服の値段を漠然と見ながら、私は複雑な胸中を隠せませんでした。
「……むむぅ」
今になって思えば、恵那斗と私の境遇は昔から似ていたのかもしれないですね。
ですが、私は自分の世界に閉じこもることを選んだというのに、恵那斗は前に進むことを選んだんです。本当に、凄いと思います。
そんな私へと。
今や、俳優レベルでイケメンと化した彼は、柔らかに微笑んでこちらを見下ろしてきました。
「ん?何か気になる服でもあったかしら」
「べ、別に……」
あまりにも端正な顔立ちの彼を、まともに直視することが出来ません。思わず私は長い髪で顔を隠します。ですが、やはり絹のように細い髪では上手く顔を隠せませんでした。
そんな恵那斗は「これは琴に合わないわね……」などと色々な服を比較しながら、私の服を見繕ってくれています。
「わ、私……ジャージとかで良いよ。その方が安いし」
「ダメよ、安さで選ぶのは」
「うう……」
おずおずとそう提案してみたものの、恵那斗にぴしゃりと断られてしまいました。
そこまで衣服にお金を使う理由が分かりません。だって、冒険者とか汚れ仕事じゃないですか。どうせ高い服買っても、汚れるんですから一緒です。
だったらジャージとかで良いですっ。ほら、ジャージ冒険者とか、割と居ると思うんですよっ。
ですがそんな私の胸中など、恵那斗はお見通しなのでしょうね。彼は私の頭をポンと撫でてきました。
「むきゅ?」
「琴はもっと自分に自信を持ちなさい。せっかく、可愛いのに台無しにしたくないもの」
「……かわ、可愛い……んふふっ」
い、いきなり可愛いとか言わないで下さいよっ。頬が熱くなったじゃないですか。
とっさに両頬に手を当てて、熱いのを誤魔化してみます。そんな姿に、恵那斗は何故かばつが悪くなったようにそっぽを向きました。
「照れてる琴、本当に可愛いわね……」
「……うう」
ううん。ぎくしゃくして話が進まないです。
そんな空気感を悟ったのか、恵那斗は「こほん」とわざとらしく咳払いをしました。
「まあ、そんな話は置いておこうかしら。せっかく良い武器を作って貰うのよ、どうせならその武器に負けないような衣装にしたいわね」
「って言われても、分からないよ?」
「琴の良さを最大限に引き出したいけど……さて、どうしたものかしら」
恵那斗は私の衣装ひとつでも、真剣に悩んでくれています。
ちなみに三上パパはファッションに関してはお手上げなようで、「恵那斗君に任せるわ」とか言って、違うコーナーでウロウロしていました。
やっぱパパは頼りにならないですね。まあ、パパが服を選ぶとスーツとか選びそうなので、すっこんでるのが正しいかもしれません。スーツだと服を買い替える理由もないですから。
そんな時、助け舟が現れました。
あ、違います。
この人を助け舟って言いたくないです。
「琴ちゃああああああああん、居たああああああっ!!!!」
「うわ、出ましたよ……」
「露骨に嫌がる琴ちゃんも良いねっ!私にしか見せないその表情、さいっこーーーー!!」
この人本当に無敵ですね?
はい。久々に顔合わせしました。
でも正直、顔合わせしたくなかったです。この人めんどくさいですもん。
そこに居たのは、ゆるふわな雰囲気をまとった可愛らしい女性でした。栗色に染めた、ウェーブがかったセミロングの髪が大きく揺れています。
「何でここに居るんですか。早川さん」
……あー、はい。はぁ……。
ギルドの連絡班を担っている早川 瑞希さんです。ドローン操作役の人です。
「この間香住ちゃんにバトミントン誘われちゃってっ、ちょうど来てたんですよーっ。そしたら、三上さんがいたものですから、これはもしやーーーーって思ったら、ね?」
ちなみに「香住ちゃん」というのは前田 香住さんのことです。鈴田君の彼女です。圧倒的善人。
なんでこんな人の友達なのか分かりませんが。
「ね?じゃないですよ、ね?じゃ……パパは関係ないじゃないですか……あっ、パパじゃない、三上さん」
「くぅーーーーっ!!パパ呼びする琴ちゃんも可愛いーーーー!!」
「……恵那斗ー……なんとかして」
私は縋るように恵那斗の服の裾を引きました。
やっぱり頼るべきは彼氏です。
私のヘルプを聞いた恵那斗は、やんわりと早川さんと私の間に割って入りました。
ですが、美男美女好きなはずの早川さんは、恵那斗を見た瞬間にむっと顔をしかめます。あれ?
「ちょっと。琴が困っているじゃない」
「む……あなたは琴ちゃんのかれ……妻……えーーーー……彼氏さん、ですよねー?」
「あら。他部署にも私の話は通っているのね。初めまして、田中 恵那……いいえ。今は恵那斗で通っているわね」
「……気に食わないですね……」
「え?」
一体、恵那斗の何が気に食わないのでしょう。
元々早川さんに苦手意識はありましたが、彼氏を悪いように言われたので内心むっとしました。
「何が気に食わないんですかっ」
私が恵那斗の背中に隠れながらそう質問を投げかけると、早川さんは髪を振り乱しながら発狂しました。え、何この人怖い。
「なんで“男性化の呪い”なんですかあああああああっ!!そこは美少女!!美少女でしょうよおおおおおおっ!!」
「……へ?」
「琴ちゃんと、美少女になった奥さんがイチャコラキャッキャする百合的なシーンを求めていたというのにーーーー!!!!くうううううううっ……」
「恵那斗、こんな人放って行こう」
「なんで奥さんは……“ラブコメでヒロインにちょっかい掛けてくるけど、最終的に主人公にボロ負けして逆上して暴力でヒロインを屈服させようとする系のイケメン”みたいな風貌なんですかああああああっ……!!琴ちゃんが、琴ちゃんが穢されるううううううううう……!!!!」
「例えが嫌すぎる……」
さすがに早川さんの暴走には恵那斗もついていけないようです。
どうやら沈黙こそが正解と気付いたようですね。「行くわよ」と私の手を引いてその場を後にしようとしました。さすが恵那斗、正しい判断です。
あと店内なんですから静かにしてください。迷惑ですよ?ほらあっち行ったしっっ。
ですが早川さんはそんな私を逃そうとしません。
「琴ちゃんの良さを引き出せるのは、私しかいませんっ!仕事用の服、買いに来たんですよねっ。任せてくださいっ!!」
「え、大丈夫です」
「はあああ……っ……冷たい視線向けてくる琴ちゃんにしか得られない栄養価があるっっっっ!!任せてくださいっ、この早川 瑞希!!琴ちゃんを理想の美少女にっ、あっ想像しただけで鼻血が……」
「……」
もうこの人放っておいて大丈夫ですよね?
縋るように私は恵那斗に視線を向けました。
ですが彼は、顎に手を当てて物思いに耽っていました。
「……いや。ここは早川さんの助けを借りるのも一つの手かもしれないわね。彼女なら、琴の魅力を最大限引き出すことだって……」
「恵那斗?」
あの?
嫌な予感がします。
恵那斗がブツブツと何か思考を巡らせています。
「……早川さん。協力を頼めるかしら」
「ふふふっ、さすが琴ちゃんの彼氏さん。理解が早くて助かりますよっ、さて……始めましょう」
え?
「ええ。琴を美少女冒険者にするのね?」
「とーーーーぜんっ!!任せてくれませんか、この私にっ。琴ちゃんの素材を最大限に生かしてくれましょうっっっっ!!」
「頼りにしているわよ」
この裏切り者!!!!
私はこっそり二人から逃げようとしましたが、恵那斗にむんずと襟首をつかまれました。
「きゅぅ……」
「諦めなさい、琴」
「ひどい……」
そんな中。
園部君からメッセージが届いたとの、通知が来ていました。
[田中先輩。お疲れ様です。
親父が武器完成したから、受け取りに来て
って言っていましたよ]15:34
だそうです。
待ちに待った武器が出来たのは嬉しいんですけど……あの……。




