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第9話 女子としての嗜み

 さて、無事に本日の冒険者業も終わったことですし。

 何をするかと言えば、そうですね。


 晩酌です。

 と言う訳で今、私はコンビニに来ています。

 ……あ、前と同じところじゃないですよ?あの正義感強い店員さんに会ったら、またなんか言われそうなので。

 

 そもそも私が、仕事が終わってからやることといえば。

 寝るか、

 酒飲むか、

 テレビ見るか。


 の悲惨な3択です。


 ……そう考えると悲しくなってきました。またまた泣きそうです。

 しかも田中 琴の何が問題かと言うと、傍から見れば女子高生くらいの年齢にしか見えないことなんですよね。

 そのせいで唯一、仕事終わりの虚しい時間を埋めていたお酒が奪われようとしています。

「……はぁ」

 ふと年季の入った茶色の折り畳み財布から、冒険者証と免許証を取り出して見比べてみました。

 

 冒険者証には、今の私が写っています。

 長い銀髪に、くりくりとした目。すっと通った鼻梁と、ぷっくりと小さく膨らんだ唇。

 どうしても男性視点で評価してしまうのですが、芸能人と言っても通用しそうです。


 免許証には”女性化の呪い”に掛かる前の私が写っています。

 私、こんなにひどい顔でしたかね?頬こけた輪郭に、いくつもの死線を超えた雰囲気の滲み出たガンギマリの目。

 「どうせ誰も見ないから」と最低限にしか整えていない無造作に伸びた髪の毛。

 なんというか、駅前の「この顔見たら110番」にありそうです。元・自分の顔ですが。

 

「……むむ」

 さすがにもう未成年と怪しまれたくないので、今の私はパーカーを着込んでいます。

 長い銀髪をフードの中に無理矢理押し込み、目深にフードを被っています。伊達メガネも装備しているので、年齢不詳のお姉さんにしか見えないでしょう。……見えないよね?

 以前は鈴田君に助けてもらいましたが、どうせなら自分自身でもお酒を買えないものか試したいと思います。

 少し前までお酒を買える自動販売機もあったんですけどね。撤去されちゃいました。残念。

 

 ちなみに商品を”アイテムボックス”に格納すれば、完全に証拠を隠滅した上での万引きも出来ますが、さすがにそれはダメです。

 法に触れるのは私の信条に反します。

 限られたリソースの中から攻略する、それが私——ベテラン冒険者:田中 琴男なのです。


 なので今は両手に缶ビールを持って睨めっこしている訳なのですが……考えられる策は二つです。



 ①客に無関心な店員さんであることを期待して、しれっと購入する。

 店員ガチャの結果次第なところはありますが、真っ先に思いつくのはこれでした。ですがこの間会ったような正義感マシマシの店員さんと邂逅した場合、一発で詰みです。警察の補導行きです。私悪くないんですけどね?成人男性です、信じて。


 無駄なリスクは背負わない、これに付きます。

 え?お酒を買うのはリスクじゃないのかって?

 うるさいな。

 


 ②「お父さんに頼まれて……」と、複雑な家庭内事情を演じる。

 完全にこの見た目を使った手段で、ものすごく恥ずかしい気もしますが。幸い、免許証というアイテムも持ち合わせています。

 ですがここでも問題になるのが、店員さんに追及されることです。

 警察に連絡された場合、最悪「娘に無理矢理酒を買わせるクズの父親」という構図が発生してしまい、虐待案件として通報必須。

 長年生きてきた田中 琴男(47)の扱いが可哀想なことになるので、やはりこれもダメです。


 

「……もう、ここまでですね」

 やはり、詰んでいるようです。

 私は仰々しく空を仰ぎました。

 コンビニの無機質な天井しか見えませんでした。あと蛍光灯が眩しかったのですぐに首を戻しました。

 

 そんなアホなことをしている私の傍に、1人の女性がやってきました。

「田中ちゃん、さっきから何してるんですかっ」

「……私は田中ちゃんじゃないですね。ただの一般成人男性です。中年です」

「バレバレですよー、えいっ」

「あっフードめくらないでください!」

 いきなり現れた女性に容赦なくフードをめくられてしまいました。長い銀髪が扇状に広がり、それから背中に沿うような形で垂れました。

 声のした方に視線を向ければ、そこに居るのはカジュアルな服装に身を包んだおしゃれな女性です。

 ベージュのブラウスに、ふわりと揺れる純白のフレアスカート。栗色に染めた、ウェーブを作ったセミロングの髪。

 そこから覗くのは、ほんわかとした雰囲気の可愛らしい顔です。

 

 同僚に情けないところを見られたので、思わず頬が引きつります。

「……早川さん、お疲れ様です。早川さんもお買い物ですか」

 そうです、彼女こそがドローンを使って通話していた早川 瑞希さんです。連絡班という他部署なので、あまり顔を合わせる機会も少ないんですけどね。

 

 男性時代に顔を合わせた時には、早川さんよりも身長が高かったので、私が彼女を見下ろす形になっていたのですが。女性となった今では、逆に私が見上げる形になっています。

 身長差が逆転するって、ちょっと変な感じですね。

 

 肝心の早川さんはニマニマと楽しそうな笑みを浮かべていました。

「そうですよ~っ、たまたま田中ちゃんを見かけたので遠巻きに見てたんですけどね、いやあお酒を手に取って考え事してるのが……ふっ……面白くって面白くって……ぷっ」

「……悪趣味ですよ」

 どうして早川さんと言い、三上さんと言い。冒険者業に関わる人達は意地悪な人が多いのでしょうか。

 純粋な園部君を見習ってください。


 ですが早川さんは私にとって、助け舟に近い存在です。

 またからかわれるのは確実ですが、意見を求めるとしましょう。

「早川さん、あの……私、お酒買いたいんですけど。どうしたら良いと思いますかねぇ……」

「え、辞めたら良いんじゃないですか?ちょうどいい機会だと思いますよ?」

「えっ」

 何でこんな時だけ正論を吐くんですか!!!!

 呆気に取られて返す言葉を失った私に、早川さんは楽しそうな笑みを浮かべました。

「やー、せっかく”女性化の呪い”?でしたっけ……を受けたのなら、いっそ女子としての(たしな)みを覚えるのも、ありだと思うんですよねぇ~、ね?」

「ね?じゃないんですけど……いきなり酒を止めろって言われても無理ですよ」

「はぁー……田中ちゃんは相も変わらず、酒カスですね~……」

「酷い言われようですねぇ……」

 あんまりな扱いを受けて、複雑な表情を浮かべるしかありませんでした。

 そんな私から、早川さんはひょいとビール缶を奪い取って商品棚に早々と戻します。

「あっ」

「中身はどうあっても、今の田中ちゃんは女の子なんですからね?”田中 琴”ちゃんは戸籍上で何歳ですかっ?」

「……16歳です」

「じゃあお酒は買えないですね」

「世知辛いですね……」

 返す言葉もありませんでした。

 

 そうなんですよね、田中 琴は戸籍上で16歳です。

 そりゃあ鈴田君にはパパ活扱いを受けるし、園部君にはサイコパス冒険者扱いを受ける訳です。辛い。

 男性の頃は「職人レベルの腕を持った冒険者」と評価されていたのに、この扱いの差は何でしょうね。

 以前受けたドキュメンタリー番組の取材だって”女性化の呪い”を受ける前にオファーを受けたものでした。

 ちょうど撮影の段階でこの身体になっちゃったものですから、結果的に放送はお蔵入りになりました。「女の子が淡々と魔物を殺す絵面がショッキングだから」ですって。


「む……」

 ぐうの音も出ない正論を受けて、もはや睨むことでしか不服の意を示すことが出来ません。

 そんな私の手を、早川さんはいきなり握りました。ぷにっと柔らかく、温かい感触がじかに伝わってきます。

 男性の心が残っている私には刺激が強く、思わずドキリとしました。

「わっ、早川さん……?」

「せっかくですから、一緒にカフェ行きましょっ。田中ちゃんも1回くらいケーキ食べてみましょうよっ」

「う、あー……はいっ?はい」

 結局コンビニでは何も買わず、私は早川さんから連れ出されるようにして店内を後にしました。


 20:00を迎えたところですが、大型チェーン店舗のカフェなどはこのような時間でも営業しているものです。

 ですが、そもそも塩味の強い食事ばかり食べることの多かった私は、ケーキとはほとんど無縁の生活を送っていたんで、行く機会もなかったんですけどね。

 

 柔らかい色合いの木目が目立つ机に、私と早川さんは向かい合うようにして座りました。

「私が勝手に注文しちゃいますねーっ。ショートケーキで良いですか?」

「あっ、はい」

 何を頼めばいいのかすら分かっていなかったので、正直助かりました。

 恐らく早川さんはこういうカフェに来るのは慣れているのでしょう。店員さんにケーキセット(ショートケーキとコーヒーが付いているようです)を注文していました。

 しばらくしてから、店員さんが持ってきたショートケーキですが。


「……あっ、美味しいです……」

 女性の身体になって、味覚も変わったのでしょうか?

 口の中で生クリームの甘みと、微かなイチゴの酸味が混ざり合い、広がっていきます。

 味覚を介して、どこかほんわかと幸せな気分が満ちていくのが分かりました。

 ほわほわとした感覚に囚われていると、突然パシャリとシャッターを切る音が響きました。

「今の田中ちゃん、めっちゃ可愛かったっ!何かもう、見てるこっちが幸せになるくらい」

 早川さんがスマホをこっちに向けて私の姿を撮っていたようです。

「……撮らないで下さいよっ」

「えーっ、良いじゃないですかっ?ニコニコしてて可愛かったですよ?」

 そんなに変わった顔をしていたのでしょうか。

 気恥ずかしい気分になった私は、再びフードを被って彼女の視線を逃れようとするしかありませんでした。


 ただケーキはすごく美味しかったので、また今度来ようかな。

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― 新着の感想 ―
早川さんグッジョブ 47のおじさんのくせに可愛い…!(錯乱
傍から見れば女子高生くらいの年齢に見えない ではなく 傍から見れば女子高生くらいの年齢にしか見えない ではないかと
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