第89話 1000万
装備品の中でも、武具店というのは専用の店舗が作られています。法律諸々に触れる関係から、一般市民からは遠ざけられる形で建てられていますね。
ですがそれに対して、防具店というのはあまり多くありません。
……いや、言い方に語弊があります。
防具屋そのものはあります。
ですが、ファンタジー世界でイメージされるような、強固な鎧を販売してる店舗が少ないんです。園部君は鎧を着こんでいますが、このご時世だと結構珍しいんですよ。性能は担保されているので、居ないことは無いんですけどね。
そんな防具ですが、ダンジョン攻略に用いる防具に関する技術が大きく発展したことに伴い、「防御力が高い」ということは大前提になりました。
魔法防御機能や移動速度向上などのバフ機能を備えたもの。あらゆるところに用いられる“構造魔法陣”という技術ですが、ここでも大活躍です。
……あっ。ちなみに扇風機を内蔵した鎧だってありますよ。蒸れますもんね。
ある程度ステータスが担保されるようになり、「働きやすさ」の方が重視されるようになりましたから。冒険者界隈にも“働き方改革”の時代は来ています。
余談ですが。
未攻略のダンジョンというのは、現代においてはほとんど現存していません。なので、ほとんど冒険者自体がエンドコンテンツと化していますね。
ダンジョンというのは、「誰も攻略したことがない」という部分にロマンがあるはずなんですけど。そんな難しい大規模ダンジョンは、とっくに皆が攻略しちゃいました。面白くないです。ぶー。
最上層(あるいは最下層)に存在するボスモンスターも当然討伐記録のあるところばかりです。先駆者には頭が上がりませんね。私も1回だけ、最前線の攻略パーティに参加した記憶があります。
ですが、最上層のボスモンスターのドロップ品って、あんまり旨みが無いんですよ。はっきり言えばゴミ。
なので今となっては、熟練冒険者パーティの腕試し用サンドバッグとなっています。最難関ボスだって、開拓好きの人間には敵いませんでした。あまりにもひどい。
挙句。そんなダンジョンに、ソロで潜ったベテラン冒険者に対する仕打ちがこれです。
“女性化の呪い”やら“男性化の呪い”やら……若返ったのは嬉しいですけど、生活までがらりと変えられてしまいました。
なので、三上パパが「防具を買いに行こう」と言った理由は理解できます。私の圧倒的ステータス不足ですね。
現在の冒険者トレンドは、“特殊個体がダンジョン内で発見されるようになったこと”です。まるでダンジョンそのものの構造ががらりと切り替わったかのように、特殊個体の報告が一気に増えました。
どういう経緯でそうなったのかは、麻衣ちゃんが働いている全日本冒険者協会で調べてくれている最中です。
ですが、原因判明にはまだほど遠いようですね。
この間も麻衣ちゃんから「前例を見つけたかと思って他のデータと照合した結果、違う魔物が放った魔法の効果だった。情報は正確に報告して欲しいよね」と怒りのメッセージが届いていました。
ダンジョンを攻略した際に記録することが義務付けられてから、20年以上経とうとしています。それらのデータすべてに目を通している最中らしく、ここ最近はストレスがとてつもないみたいです。“時間魔法”で意図的に思考速度を遅らせて、無理矢理休息を取ってるって言ってました。怖い使い方してるなあ……。
そんな発生原因不明の特殊個体に対応する為には、今までのような安価な装備では駄目ということですよね。
分かってはいます。けど。
「……ダンジョン用の防具って高いじゃないですか。無料貸し出しの皮の鎧で良いですよ」
私は三上パパが運転する車の助手席で、そうむくれながら抗議します。退屈だったので、車内に置いてあったガムを勝手に食べたりして時間を潰していました。
次いでカーナビを操作し、特に意味なく地図をタップ。何となく興味が湧いた施設を調べたりして遊んでいました。
そんな助手席で遊んでいる私に、三上パパは呆れたようにため息を漏らします。
パパは後部座席で外の景色を眺めている恵那斗に視線を送りました。
「おい、恵那斗君よォ。この好奇心まみれのガキの相手してくれよ。彼氏だろうがァ」
「良いじゃない、三上。まだ可愛い範疇なんだから、好きにさせてあげなさい」
「……はぁー……お前も大概、琴きゅんに甘ェなァ……」
「私はこの子が納得するまで付き合うだけよ」
そこで言葉を切った恵那斗は、改めて外の景色に視線を向けました。なんで、そんな姿さえもサマになっているんでしょうね?
恵那斗との会話を終えた三上パパの話の矛先は私へと移ります。
「琴きゅんよォ。防具つってさあ……ギルドから支給されるロングソードと皮の鎧を使い潰すの、お前くらいのもんだぞ」
「だって無料ですし」
「……参考までに、お前。給料いくらもらってんだよ」
「え?先月で51万とか……だったと思いますよ?」
「結構もらってんじゃねェか……」
「あ。雷ゴブリンの属性石取り出したのが功績として認められたので、1000万くらい追加でもらいましたっ、ふふんっ」
「おーおー、そんだけ金があれば十分だわ。全部とは言わねェけど、防具に使うか」
「えー!?なんでなんでっ!?」
私のお金ですよ。老後資金!“女性化の呪い”の影響で老後が遠ざかったんですから、もっとお金を貯めないと駄目ですっ。
三上パパの意見が不服だったので、私は再び頬を膨らませて抗議します。
ですが、三上パパは意見を曲げようとしませんでした。
「なァ琴きゅんよォ、給料の意味……お前はどう捉えてる?」
「ん?給料は給料じゃないんです?頑張った成果ってことじゃないんです?」
訳も分からず、自分なりの考えを回答しました。
ですが三上パパは「違う」とハッキリ言い切りました。運転中なので首を横に振ったりはしないですね。
「給料ってのはなァ、言えば投資だよ。正直、お前は異質な冒険者だけどなァ……琴きゅんが居なくなるようなことがあったらなァ、ギルド側としても困んだ」
「投資って言われても……分かんないですよ、パパ。もう少し良い例は無いんですかっ」
「ワガママだなお前はホントによォ!?」
三上パパは苛立ちを隠そうともせずにそう叫びました。ですが、咳払いした後、私にもわかるように説明を始めてくれました。なんだかんだ言って優しい。
「……んじゃ、例えばだがよ。沢山敵を倒して、ギルドに貢献するレベルの高い冒険者がよ。給料が足りずに、業務外で買った武器のメンテナンスが出来ませんでした、だから効率よく魔物も倒せません……ってなったら、ギルドの収入はどーなるよ?」
「効率が悪くなるんですから、収入も減りますね」
「だろ?ステータスの高ェ冒険者ほど、ギルドにとっちゃ重要な存在っつう訳。当然死んだり、辞められたりしたら、その冒険者から得られる収入も0になっちまう……その意味が分かるか?」
「なるほど……居なくなられたら困る人材だから、それだけの価値を“給料”として与えてる、ってことです?」
私の要約を聞いた三上パパは満足げに「そう」と頷きました。
ちょうど赤信号となったので、緩やかに車が停車します。それから、車内に置いていたガムを一つ口に運びました。
ほんのりとミントの香りが広がる車内で、パパは話を続けます。
「ま、ちったぁ勉強にゃなったろ。琴きゅんの活躍にゃ、ギルドも期待してんだ。どーせ“水ゴブリンも解剖しないとなー”とか思ってんだろ?」
「……そ、そんなことないですよ?」
「顔見りゃわかるわボケ。ま、ふざけてこそいるけどなァ、琴きゅんのスペックは貴重な訳。“女性化の呪い”を差し置いてもな」
「パパ……」
「ちったぁギルドの期待に応えてやれ。いつまでも安モンの装備でいられちゃあよォ、こっちだってメンツが立たねェんだ」
自覚していませんでしたが、三上パパから高い評価を受けているのを知って嬉しくなっちゃいました。
思わず口がにやけてしまいます。
「……えへへ。ちょっと嬉しいです」
「はぁー……以前と比べりゃ、随分素直になったもんだなァ……今のお前の方が、だいぶ話しやすいんじゃねェか?」
「自分じゃわからないですけど……もっと、私は自分にお金使った方が……結果的に、皆の為になる……ってことですよね」
「ま、お前は間違った使い方しねェだろ。もう少しで着くから大人しくしてろよ?」
「分かりましたっ」
私がそう返事すると同時に、信号は青に切り替わります。厳密には緑なんですけど、緑信号とは言わないですもんね。自然のことだって「青々とした景色」とか言いますし、緑色はなんだかんだと青に置き換えられがちです。
……そんな話は置いておきましょう。無駄話につい意識を取られがちです。えへ。
三上パパはゆるやかに車を発進させました。同時に、視界に広がる景色も加速していきます。
ロードサイド店舗と呼ばれる、公道に沿う形で建てられたチェーン店の間を通り抜けていきます。
やがて、三上パパの運転する車はある店で停車しました。
「よォ、着いたぜ。ほら、降りな」
「ん、えっ。ここですか」
目的地の外観は、ファンタジー世界で想像するような防具店とは、大幅にかけ離れていたのでびっくりしました。
それは、あまりにも防具店と呼ぶにはロードサイド店舗に馴染んでいたからです。
だって、この外観って。
恵那斗は大きく背伸びした後、私の隣に歩み寄ります。あれ、もしかして香水とか使ってます?ちょっと良い匂いがしました。
「琴って本当に、装備とか興味なかったものね。衣服の強度が大事というのは、何も冒険者に限ったことだけじゃないわ」
「まあ、言われてみればそっか……」
三上パパにてっきり、工房みたいな立派な場所に連れられるかと思ったのですが。
訪れたのは……スポーツ用品専門店でした。
「……わかりますよ。わかるんですけど……ちょっと、こう……」
「諦めなさい。これが現実よ」
「きゅぅ……」
ロマンが……ロマンが終わっていく……。
私としては気難しい防具屋のおじさんに「装備の良さも分からん小娘に作る装備など無い」みたいに一蹴される、みたいな厳格な雰囲気をイメージしてたんですけど。あの、あの……。




