第85話 誰かに守られないと駄目なほど弱い
三上 健吾という人物は、今でこそ理性的な大人という印象です。
ですが黎明期の冒険者として活動していた頃の彼は、まあ悪名高い冒険者でした。分かりやすく言えば、嫌われ者ですね。
ただ素行が悪い、というだけではありません。
女性を口説き落としまくるロクでもない人物だったのは事実ですが、ぶっちゃけ私はどうでもいいです。
「はッ。テメェらがぼーっと突っ立ってんのが悪いんだがなァ?世の中、早いもん勝ちっていうだろ、分かんねェか?」
己の実力をひけらかそうと、他の冒険者パーティが倒そうとしていた獲物を横から奪い取って我が者にしたり。
「だぁ、かぁ、らァ。これは俺が先に見つけたモンなの。てめーらはさっさとどっかいけよ、なァ?」
ダンジョン内で発見した宝物を独占し、他の冒険者を追い払ったり。
それが。なーんの実力もない、低レベルな冒険者だったら、何も言わなかったんですけどね。
三上という冒険者が厄介扱いを受けていたのは、それが当時の冒険者の中で最前線に立てるほどに高レベルだったということです。
「三上とは極力関わるな」
とまで言わしめるほどに、黎明期の冒険者間では嫌われていた存在でした。
今の三上パパからは想像もできないですが……正直私からすれば「改心したヤンキー」にしか見えません。
え?だからと言って雑に扱うのは違うだろって?……すみません。
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そんな三上パパは、ゴブリンの群れに囲まれて尚、笑みを絶やしません。
「……懐かしいじゃねェか。そうだよなァ、これだよこれ」
両手に装着した手甲鉤の感覚を確かめるように、数回シャドーボクシングを繰り出しました。放つ徒手の一撃が空を切る度、唸るような音が響きます。
テンポよく、空気を切り裂く音が響く度に、ゴブリンの群れはたじろいだ様子で後退しました。
ですが、その内の一体が先陣を切ります。
「……ギィッ!」
「よォ。待ってたぜ」
相も変わらず安直な一撃ですね。
先陣を切ったゴブリンは、三上パパの胸元を貫かんと短剣で突きを放ってきました。
ですが三上パパは滑るように低く身を屈め、ゴブリンの突きを回避。それから突き上げるように左手で鋭いブローを繰り出します。
「ッらぁッ!!」
「カッ……!」
肺から空気の抜ける音が響きます。三上さんの放ったブローはゴブリンの胴を貫きました。
手甲鉤の先端に突き刺さったゴブリンの心臓は、瞬く間に硬化。やがて魔石へと姿を変えました。
それを確認した三上パパは、私の方向へと魔石とゴブリンの死骸を蹴り飛ばしました。
「……っと」
「クソチビ、お小遣いだ」
「助かりますよ」
私はほぼ反射的に“アイテムボックス”を顕現させ、三上パパが蹴り飛ばしたゴブリンの死骸をキャッチ。すぐに格納します。
久々に、パパの戦っている姿を見ましたが……まあ、狂犬そのものですね。
襲い掛かってくるゴブリンが放つ突きを躱し、いなし、打ち払い。隙を縫っては的確に反撃を当てる。
そんな猛攻の合間に、私へと的確にゴブリンの死骸を放り投げてきます。
人事部長は伊達じゃないですね。戦況マネジメント能力に優れています。
「はッ。こんなもんかよ、なァ?ロングソードへし折ってくるクソチビの対応するより楽だなァ!!」
「今私の話関係ないでしょ、ねえパパ!?」
比較対象が私というのが納得いきません。私はモンスター扱いですか!?
しかし、三上パパは冒険者業が久々とは思えないほど、スマートに戦いますね。スーツ姿ということもあり、その光景は非常に映えます。
私と恵那斗は物陰に潜みつつも、パパが戦っている状況を観察していました。
ですが視界の端で、気になる動きをしているゴブリンを捉えました。
パパの猛攻に対応できず、怯んでいるゴブリンの中に一体だけ。距離を取って、静かにその戦況を観察しているゴブリンが居たのです。
歴戦の猛者を彷彿とさせる振る舞いに、私は心当たりがありました。
根拠も何もないですが、私の直感だけでパパに伝達します。
「パパっ!!!!特殊個体!!!!」
「ッ……マジかァッ!?」
私の報告にパパは驚愕の声を上げました。普段の言動は一切信用してくれませんが、ゴブリンのことだけはすぐに信じてくれるのがありがたいですね。
ですが、私のようにゴブリンへの理解が深い訳ではない冒険者が大半です。どれが特殊個体か、など口頭で教えられるはずもありません。
なので私は言葉の代わりに、魔法を唱えました。
「”魔素放出”っ!」
その詠唱と同時に、私は全身に高濃度の魔素を纏わせます。高濃度の魔素が纏わりつくことにより、私の輪郭を包むように白銀のオーラが滲み始めました。
突然そのような魔法を放ったものですから、恵那斗は困惑の声を漏らします。
「まっ、待ちなさい、琴!」
ですが、さすがに今回ばかりは恵那斗の言うことは聞けません。普段から聞いてないけど。
パパの元に駆け付ける為、軽く大地を蹴り上げました。すると、瞬時に視界が加速。次の瞬間にはパパの背後に移動していました。
「……っ」
駆けつけた私は、思わず驚愕に目を見開きました。
特殊個体と思われるゴブリンが、その全身に水滴を纏わせていたからです。
ゴブリンの輪郭をなぞるように、水滴の残滓が重力に逆らう形で浮かび上がっています。
このような状況下でさえ、緊張よりも興奮が勝りました。
「おおーーーーっ!!水!水ゴブリンですよパパ!!」
「琴きゅんはブレねぇなァ!?ちったぁ集中しろやァ!」
「してますよっ!」
雷ゴブリンに引き続いて水ゴブリンですよ!どうせなら全属性コンプリートしてみたくなりましたね!園部君は炎ゴブリンと戦ったって言ってましたし、是非ともそのご尊顔を拝みたいものです!あ、でも顔は一緒か。面白くないな。
「……ギッ」
「パパ、背中は任せましたよ」
私は、ちらりと背中合わせに立つ、三上パパにそう告げました。
見た目はどうあれ、ベテラン冒険者の私に反論する気はなかったようですね。「任せとけ」と短く返事して、パパは通常個体のゴブリンを処理することに集中し始めます。
やがてゴブリンは静かに、その全身に纏わせた水滴を操作し始めます。持ち上げた右手から、まるで操り人形でも操作するかの如く指を動かします。
指先の動きに従うように、水滴は徐々に宙に浮かび上がりました。
私は次に起こる現象を予期し、素早く魔法杖を正面に突き出しました。
「“琴ちゃんレーザー”っ!!」
迷うことなく“炎弾”の派生魔法である“琴ちゃんレーザー”を選択。魔法杖の先端から、鋭く圧縮された熱光線が放出します。
「ギッ!!」
まるで見計らっていたかのように、ほぼ同時に水ゴブリンは浮かび上がらせた水球を弾丸として発射。
私はすぐに杖先を操作し、“琴ちゃんレーザー”で水球を打ち落とします。
熱光線に焼かれた水球が、じゅっ、という情けない音と共に蒸発していきます。ちょっとゾンビシューティングみたいで楽しいです。
そのまま次から次に襲い掛かる水球を迎え撃ちます。
しかし、水球ばかりに意識が向いていた私は、迂闊にも水ゴブリンから視線をそらしていました。
「琴!危ないっ!!」
恵那斗の叫び声が、突然聞こえました。ですが私には、その叫び声の意味を理解できませんでした。
理解したのは、手遅れになってからです。
「ギィッ!!」
「……しまっ……!」
気づいた時には、既にゴブリンは私へと殴り掛からんとしていたところでした。
とっさに両腕で顔を覆い、防御の構えを取ります。最低限の急所への打撃を抑える為です。
ですが、次の瞬間に覚えたのは腹部への激しい熱感でした。
「っぷ……!?」
その衝撃と共に、口から血が吹き出てしまいました。
ゴブリンが右腕で放ったブローは、ものの見事に私の腹部に直撃。インパクトは熱を生み、徐々に激痛へと転換していきます。
それが特殊個体というのもあり、ダメージは甚大でした。小柄な私の身体は軽々と、その一撃に吹き飛びます。
「琴ッ!!」
三上パパの悲鳴にも似た声が聞こえました。ですが、その声はノイズがかったようにも聞こえます。つんざくような耳鳴りに、パパの声はかき消されました。
今、自分はどのような状況に陥っているのでしょうか。脳の処理が追い付きません。
小柄な身体である私は、勢いよく天井に打ち付けられます。そして、そのまま勢いよく地面に叩きつけられました。
ぼすん、という情けない音と共に視界を灰色の土煙が覆いました、。
ただ脳内で、それらを事象としてのみ受け付けています。
“魔素放出”によって受けるダメージこそ軽減しましたが、それでも元々低ステータスです。
今のHPは確認できませんが、恐らく大幅に減少しているでしょう。
なんだか、ここ最近は倒れてばかりですね……。
「……っ、うぇ……」
やがて“魔素放出”を維持できなくなり、全身から白銀のオーラが解けて消えていきます。
頭がぐるぐるとして気持ち悪いです。二日酔いを上回るキツさです。
お腹がじんじんと響いて痛いです。まるで生理の時みたいです。
身体を動かそうとしても、全く動かせません。
まるで、尊敬している先輩を喪った日のように。
(……なんで、こんな時に昔の話なんか……)
激痛に悶えながら、突如として脳裏をとある記憶が過りました。
私に沢山の技術を、知識を教えてくれた先輩。
かつて、多くの冒険者と共にダンジョンの崩落に巻き込まれ、命を喪った先輩の記憶が蘇ります。
——田中 琴男君。私が最後に教えられるのは、この勇姿だけです。ぜひ君は……後世に技術を、知識を残せる優秀な冒険者になってください。
——ごぷっ……ま、待ってくれ……まだ、俺はアンタに何も借りを返せて……なん、か……。
——ほら、動かないでください……傷口が開きますよ。“治癒魔法”を掛けたとはいえ、すぐには動けませんからね。
……あ……。
「“治癒魔法”っ!」
突然、意識は現実に引き戻されます。
恵那斗は私に向けて、“治癒魔法”を唱えました。その詠唱とほぼ同時に、私の全身に淡い黄緑の光が纏わりつきます。
“治癒魔法”とは、損傷した組織を一時的に魔法によって作られた細胞で補う魔法です。損傷した細胞を一時的に塞いでいるだけで、正常な細胞に置き換わるには時間を要します。
それでも傷ついた組織を修復するには十分ですね。
徐々に全身を蝕んでいた激痛が消失していきます。
倒れ伏した私に、恵那斗は苦痛の表情を浮かべました。
「ごめんなさい、琴。“治癒魔法”の熟練度はそれほど上げていないから……気休め程度の回復しかできないわ」
「恵那斗……」
「妻……いいえ、彼氏失格ね。琴を守るなんて大それたことを言っておいて、何も出来なかったんだから」
「……そんなこと……」
「私があの特殊個体を蹴散らすわ。任せておいて」
恵那斗は不甲斐なさを感じているのでしょう。苛立った表情で唇を噛み締めていました。滲む血が、口元から零れていきます。唇を切ってしまったようです。
それから、腰に携えていた蛇腹剣を鞘から抜きました。肉厚の等身が、ギラリと光ります。
ほぼ同時期に、三上パパは残っていた通常個体のゴブリンをすべて蹴散らしたようです。パパも恵那斗の隣へと並びました。
「恵那斗君よォ。言っとくが、お前も大概足手まといだからなァ。ガキ共ァ行儀よく大人に守られときゃ良いんだよ」
「……そうはいかないわよ。私だってサポートくらいできるわ」
「まァ……恵那ちゃんの頃に、色んな魔法覚えてたもんなァ。勇者気取りは良いけどよォ……俺にもう一度、お前の冒険者の死亡手続きさせんじゃねェぞ?」
「当たり前じゃない。琴を置いて死ねるわけないでしょ」
恵那斗は私よりもレベルが低いというのに、どうしてその背中が頼もしく見えるのでしょうね。
つい最近“男性化の呪い”に掛かったばかりだというのに、私は彼に守られてばかりです。
本当に、何かもかも。
誰かに守られないと駄目なほど、弱くなってしまいました。
……いや。本当は、元から弱かったのかもしれないです。
「……お願いします、二人とも……。私を……守って、ください……」
今まで、言えなかった本音。
三上パパと、彼氏である恵那斗の頼もしい背中。
そんな視界に映る光景に、ついそんな言葉が漏れました。




