第84話 琴ちゃん魔法シリーズ
「琴。あのゴブリンは通常個体?」
恵那斗は物陰に潜む私の背後から、そう問いかけてきました。
視界に映るゴブリンは、確かに単独行動です。ゴブリンは原則群れで行動するという習性から、確かに単独行動であれば特殊個体を疑うのも無理はありません。
ですが、私は静かに首を横に振りました。
「うん。通常個体だよ」
「……特殊個体と、何か違うのかしら?」
おっ、恵那斗が興味を持って問いかけてくれました。
関心を持ってくれたことが嬉しくて、思わず口が動いてしまいます。
「うんっ。えっとね、ゴブリンは群れで行動するってのは恵那斗の言う通り。逆に言えば、群れで行動するのが基本だから、単独行動はあんまり得意じゃないの」
「それは何度も教えてくれたところね」
「そうそう、昔パーティ組んだ時に何度も言ったかも。でね、でねっ?ゴブリンだって獲物の情報とか欲しいから、あちこちにバラけて行動することがあるんだよっ。けど、ゴブリンって単独行動に慣れてる訳じゃないから……ほら、みて。腰引けてるでしょ」
「ん……、ええ。本当だわ」
「で、視線も仲間を探るようにきょろきょろと不安そう。上位個体のゴブリンほど、自分の実力に自信を持ってるから、堂々と歩いているんだけどね。下位種のゴブリンは基本的に、敵襲に怯えて動くことが多いかな」
「なるほど、言われてみれば及び腰に見えるかしら」
「でしょでしょっ。でっ、でっ。この間研修中にね、私とゆあちー、麻衣ちゃんの3人で戦った特殊個体はね。明らかに自信に満ちてたの。冒険者3人に対して単独で立ち向かう、なんて分の悪い行動を選択する魔物じゃないんだよ。ゴブリンは、ね?」
「そこまで熱心に説明を求めた訳じゃなかったけれど……ありがとうね」
「んふふっ」
多分そこまで説明は要らなかったでしょうが、私のゴブリンに対する熱意を恵那斗は理解してくれているので、最後まで聞いてくれました。
表情はちょっと引きつっていましたけど。それでも口に出さないのが優しいですね。ハイスペックダーリンです。
私はそれから、右手に持った両手杖を軽く持ち上げました。
安価で購入した魔法杖なので、どこかチープな印象を受けるデザインをしています。麻衣ちゃんの持っていたお高そうな魔法杖と並べてはいけません。
いかにも「魔法を撃つ」という準備動作に見えたのでしょうね。恵那斗はやんわりと窘めてきました。
「琴。分かってると思うけど“琴ちゃんキャノン”は厳禁よ」
「う、分かってるもん……」
どうやら、恵那斗は花宮さんから私の“琴ちゃんキャノン”の火力について知らされているようですね。
念の為、改めて説明しておきますが……“琴ちゃんキャノン”とは、私が魔法使い研修で会得した魔法。“炎弾”を無詠唱魔法によって、何重にも重ね掛けして放つ大火球のことです。
興味本位で研修中に放ったところ、ダンジョンに大損害を与えちゃいました。危うく修練場をぶち壊すところでした。
反省はしてますが、後悔はしていません。すっきりしました。
そして、今私達3人が潜っているのは洞窟型ダンジョン。こんな中で辺り一帯を火の海にしちゃえば、酸欠コースまっしぐらですもんね。
最悪“大気遮断”を使って、爆風を抑え込む方法も取れますが……まあ、MPが勿体ないのでやめておきましょう。琴ちゃんだって空気は読めます。ふふん。
ところで、短期間で“炎弾”を無詠唱で使えるまでに熟練度を上げてしまいました。なので、今度は逆に単発の”炎弾”が撃てなくなっちゃったんですよね。今の私は歩くロマン砲です。
三上さんにはこの間、「魔法覚えさせなきゃよかったがなァ……」とか言われました。なんなんですか、琴ちゃん魔法にケチつけるんですか。
ちらりと、遠くから私達を見守っている三上パパにも視線を送ってみました。
「……!」
無言で睨まれました。「余計なことをするな」と言っているようにも見えます。けちんぼめ。
ですけど、洞窟型だから“炎弾”が使えない、というのは悲しいですよね。
「……ふふっ。まあ見ててよ」
ふふ。私がただ“炎弾”を重ね掛けして、ぶっ放すだけの馬鹿に見えますか?
え?見える?うるさいな。“アイテムボックス”に格納しますよ。
ゴブリンは幸いにもこちらに気付いた様子はありません。不安そうに辺りを見渡して、敵襲に備えていますね。
いつもならこっそり近づいて、サクッと頸動脈に短剣を突きさすのですが……まあ、どうせ魔法の余波でバレるので今回は気にしません。
そんなゴブリンに照準を合わせる形で、私は魔法杖を構えました。
両足を逆ハの字に構え、腰を低く落としました。魔法の反動で身体が仰け反らないように、散々研修中に叩き込まれた姿勢を作っていきます。今や、意識せずとも正しい姿勢を取ることが出来ます。
脳内で、“炎弾”を細く絞るイメージを描きます。具体的なイメージとしてはシリンジですね。注射器のことです。
狭まった出口から、圧縮された“炎弾”が飛び出すイメージを描きます。この為に、私は研修中に何度も“炎弾”を放出の仕方という実験を重ねてきたのですよっ。
「……三上。念の為離れた方がいいわ」
「言われなくても離れるがなァ。琴きゅんの魔法は信用ならねェ」
2人して酷い言いようですね!?ただ私が魔法を放とうとしているだけなのに、まるで核実験でもするかのように、警戒した様子で物陰に隠れてしまいました。
甚だ不本意です。
……まあ、良いでしょう。
それはそれとして、魔法杖の照準がゴブリンの頭部に重なったことを確認します。
その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやる!!……綺麗ではないか。ブサカワです。私基準で。
という訳で琴ちゃん魔法シリーズ第二弾。いきますっ。
“炎弾”を連続して放つイメージです。今度は重ね掛けじゃありません。
「せーのっ!“琴ちゃんレーザー”っっ!!」
そう宣言した瞬間、魔法杖の先端から圧縮された“炎弾”が細長く伸びていきます。圧縮された“炎弾”は高熱を帯びた熱光線のような形へと変形し、大気を穿ちました。
杖先から放たれる熱波が、私の銀髪を軽くなびかせます。
“炎弾”が途切れる前に次の圧縮した“炎弾”を再度放出。それを繰り返すことによって、疑似的にレーザー光線を放つという算段です。
“琴ちゃんキャノン”には火力こそ劣りますが、MP消費が少ないという点では“琴ちゃんレーザー”に軍配が上がります。
杖先から放射する熱光線は、一直線にゴブリンの側頭部に着弾。
「ギッ、カ……」
と、ゴブリンはか細い悲鳴を漏らしました。それが最期の言葉でした。
貫通した“炎弾”がゴブリンの脳髄を焦がし、辺り一帯に不快な匂いを漂わせます。
レーザー光線と化した“炎弾”は、いとも容易くゴブリンを仕留めます。
やがてゴブリンの絶命を確認してから、私は“琴ちゃんレーザー”の放射を止めました。杖先から舞い散る火花が、大気中に溶けて消えました。
物陰から顔を出した恵那斗は、“琴ちゃんレーザー”によって絶命したゴブリンに視線を送ります。
「……相変わらずぶっ飛んだ発想をするわね。“炎弾”の撃ち方を調整してレーザー光線にするなんて」
恵那斗は感嘆とした表情を浮かべていました。
ようやく褒めてもらえました。ふふん。
これなら、洞窟内で“炎弾”を使って、魔物を倒すことも可能ですね。 威力だってもちろん担保しています。
現に、ゴブリンの頭部を焼いたレーザーは、ものの見事に頭蓋骨を貫通していました。ダンジョンの岩肌が、焼け焦げて融解しています。やりすぎたかな?
ですけど、魔法としては思ったよりも普通だったので、私としては不服です。
「なんか微妙……」
「ん?普通にすごいと思うわよ。的確に対象だけに当てられる“炎弾”なんて、素晴らしいじゃない」
「んー。ロマンが足りない……」
「いや、そういうのいらないから……?」
恵那斗はロマンを分かってないですね。
普通の魔法だと楽しくないんですよ。なんというか、心が躍りません。
「ぶーっ……」
正直不満は残りますが、とりあえずそれはそれですね。
いつものようにゴブリンの死骸を“アイテムボックス”に格納しました。ゴブリン、ゲットだぜ。
辺り一帯に漂うのは、私が放った“琴ちゃんレーザー”によって焼かれたゴブリンの焼け焦げた匂いです。
「とりあえず、一旦ここから離れよっか。増援が来ると思うよ」
「そうね」
同族の匂いを素早く嗅ぎ取った同胞が、こっちにやってくるかもしれません。
私達であれば対処は容易であるとは思いますが、念には念です。情報としてはこちらに分があるので、優位を崩してはいけません。
ですが、身を引く私達とは反対に、三上パパはこちらに近づいてきました。
「パパ。話聞いてました?離れますよ」
「あー……いやぁよォ……久々に俺も戦いたくなっちまった」
「なに子供みたいなこと言ってるんですか」
「お前にだけは言われたくねェがなァ?久々に身体動かしたくなったわ、ここは俺に任せてくんねェか?」
そう語る三上パパの目は、冒険者時代の野心に満ちた頃を思い起こさせる姿でした。
やっぱり彼も、何歳になっても少年心を忘れていませんね。良いことです。
あと、三上パパも「糖尿病予備軍って言われた」と気にしている様子でしたし。
「仕方ないですね、少しだけですよ?」
「なんかお前にそう言われると腹立つなァ??」
せっかくですから、パパに運動の機会を作ってもらいましょう。デスクワーク中心になると運動することも少なくなりますもんね。娘(仮)としては、パパの健康も気になります。
「はッ。行くぞゴブリン共が、なァ?」
スーツを着込んだ三上パパは、両腕の袖口をめくりました。
そこにはギルドからの貸し出し品である、ダンジョンアイテムのブレスレットが装着されています。金色に煌めくブレスレットは、洞窟型ダンジョンの中でもきらりと輝いていますね。若作りしてる三上パパにはぴったりです。
そのまま、三上パパは右の掌を、左の拳で叩きました。その仕草を合図として、両腕に装着したブレスレットが光り輝き始めます。
「パパ、武器をレンタルして来てたんですね」
「たりめェだろ。馬鹿夫妻の保護者やるっつうなら、準備くらいやんのが当たり前だろ?」
「さすがです。頼りにしてますよ、パパ」
私と恵那斗の低レベル夫妻は、静かにその場から離れて身を引きます。
その間にも三上パパの身に着けたブレスレットが纏う光は、徐々に膨張していきます。やがて膨張したシルエットは、変形を始めました。
変形する光は、やがて鋭く尖った形を作ります。
気付いた時には、三上パパの両腕には手甲鉤が嵌め込まれていました。いわゆる爪の形状をした武器です。
久々に三上パパが戦うところを見ますね。
冒険者としての三上 健吾は、肉弾戦を好んでいました。懐かしい立ち姿ですが、どれだけ時間が経とうともその立ち振る舞いは変わらないですね。
スーツを着込んだまま立ちはだかる姿は、一周回ってサマになっています。
そんなパパを囲むように、匂いをかぎ取ったゴブリンがにじり寄ってきます。ほら言わんこっちゃない。
ですがそんなゴブリン達を目の当たりにしても、三上パパは余裕の笑みを絶やしませんでした。
「見てろよガキ共。大人の戦いってヤツ、見せつけてやる」
三上パパはカッコつけるように、そう宣言しました。
あの。私達だって大人です。大人ですよ。




