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第83話 三上パパ

 微かに湿り気を帯びた岩肌に手を添えながら、こっそりと頭だけを覗かせます。


 私達は今、洞窟型のダンジョンを攻略している最中。


 視線の先に居るのはスライムの群れですね。

 ですが、特殊個体が出現した、という一件もあるので決して油断はしません。


「”探知遮断”」


 そう唱えると共に、体外から微かに漏出する魔素が抑え込まれました。気配さえ押し殺してしまうこの魔法は、体内に巡る魔素を探知する魔物に対抗する上で重要なものです。

 スライムは主に肉食という要素も加わり、新人冒険者の鬼門ともされています。


 ゴブリンで対面戦闘技術を学び、スライムで対魔物戦の技術を学ぶ。

 冒険者として業務に励む上で、誰しもが通る道です。


 スライムから視線を外すことなく、私は“アイテムボックス”を発動させました。

 その中から1本のジャーキーを取り出しました。経年劣化しないのをいいことに、色んなものを放り込んでいます。個人で使用する魔法じゃなかったら、重要な史跡とか保管できそうなんですけどね。


 パーティメンバーとして同行していた恵那斗は、そんな私に呆れたようにため息をつきました。

 

 彼はパーカーとジャケットという、明らかにダンジョン攻略には不向きな衣装に身を包んでいます。一応ダンジョンの魔物から刈り取った素材ということで、防御力自体は担保できるんですけどね。鎧ほどの安心感は見た目には表れていません。

 いかなる時も外見を重視するのは、恵那斗らしいと言えばらしいです。


「琴。そんなもの“アイテムボックス”に入れちゃダメでしょ……」

「別に使えるから良いかなって」


 ダンジョン攻略をする際に、意外と有益なので許してください。ダンジョンに備わった自浄作用を悪用して、時々生活ごみを捨てていることにも目を瞑っていただけると幸いです。

 そんな胸中をよそに、私はひょいとジャーキーを放り投げました。


(最近晩酌してないなあ)


 砂粒を纏わせながら転がっていくジャーキーを見ながら、内心そんなことを考えていました。

 この見た目になってから、未成年扱いを受けてお酒が買えなくなっちゃったので、当然晩酌もできません。


 以前、諦めきれず“アイテムボックス”内を物色したのですが……出てきたビール缶は1個だけでした。

 

 さすがにこれを開けてしまうのは嫌だったので、この1本だけは大事に保管しています。研修中にそれを眺めているのをゆあちーに見られて、ドン引きされたけど。


 「……ピィッ」

 

 そんな塩気の強いジャーキーの匂いを感じ取ったスライムの群れは可愛く鳴き声を発しました。

 ゼリー状の身体を揺らしながら、群れでまとまってジャーキーへと近づいていきます。身体から溶解能力を持った粘液を垂らしながら、ジャーキーの上に覆いかぶさっていきます。

 私は“探知遮断”によって気配を消した状態で悠々と近づき、一番近くにいたスライムへとロングソードを突き立てました。


「ピッ……」


 か細い悲鳴を上げながらスライムの身体は地面に溶けて消えていきます。

 スライムが絶命すると同時に、私は素早く左手をかざしました。


「“魔素放出”」


 そう静かに唱えると同時に、スライムが放出させていたのと同等量の魔素が大気中に漂い始めました。これによって、魔素を探知して活動するスライムは、同胞の死を感知できないという算段です。

 私の一連の作業を見ていた恵那斗は、のんびりと姿を現しました。


「じゃあ、私も手伝うわ。“探知遮断”」

「うん。お願い」


 恵那斗は私の真似をするように、スライムのむき出しになった核を狙って剣を突き立てました。

 ですが恵那斗の持つ剣は、一般的な剣とは大きく異なります。


「……恵那斗。ずいぶんと斬新な剣を作ってもらったんだね」

「ええ。琴が新しい武器を発注してもらうって話なんだから。ちょうど良い機会だったわ」


 恵那斗が持つ武器は、いくつもの鱗が連結したような剣でした。

 世間一般では“蛇腹剣”とも呼ばれる、ファンタジー世界の定番武器ですね。刃の部分が分割され、ワイヤーによって繋ぎ止められています。

 鞭と、剣の2つの要素から成り立つ蛇腹剣。「剣聖」様の持つ武器としてはゴツすぎませんか?


 どうやら、恵那斗は新しくそのような武器を園部君の所で発注してもらったようです。この間、園部君の所に出かけてたのはそういうことか。

 

「私も早く特注武器拝みたいなー」

「琴のは属性石を使ってるから、少し時間がかかるみたいね。“魔素放出”」

「うーん。残念……“魔素放出”」


 スライムの核を貫きながら、私達はそう雑談を交わします。

 絶命したスライムの身体に纏わりついていたジェル状の肉体が、どろりと溶けては地面に流れていきます。全身に巡っていた魔素が核に集まっていき、やがてそれは一つの魔石へと姿を変えました。

 やがてスライム達を全滅させた私達は、それぞれ武器を鞘に戻します。


「正直、そんな日も経たずに完成して良かったわ。これで琴と一緒にパーティを組めるもの」

「う……私も、恵那斗とパーティを組めて嬉しいよ。組むならやっぱり、恵那斗と一緒が良いし……」

「ふふ。そう言われると滾るわ。一緒にレベルを上げていきましょうね」

「う、うんっ」


 そう私達が魔物を片付けた後に駄弁っていると、遠くから保護役として見守っていた三上さんが呆れたようなため息を漏らしました。

 黒縁メガネをかけた彼は、ダンジョン内にもかかわらずスーツを着込んでいます。私も人のこと言えませんが、鎧とか着ないんですか?

 

「業務中の私語は厳禁だぞお前らァ。つか俺要るか?レベルが低いっつうだけで、お前らベテランだろうがよ?」

「あら冷たいわね三上。昔はあんなに熱烈に、パーティを組もうってアピールしてくれたというのに」

「お前が野郎になるって分かってたら口説かなかったがなァ……つか、俺じゃなくて良かっただろ。同伴者とかさァ」


 三上パパは不服そうにぼやいています。良い年した大人が何をブツブツ言っているんでしょうね。大人びた立ち振る舞いの私を見習ってください。

 恵那斗は、そんな三上パパに対して柔らかに微笑みかけます。


「ここ最近のあなたは、琴をすごく心配してくれているじゃない。パパさんとしては、目の見える範囲に娘を置いといた方が安心でしょう?」

「誰がパパさんだ。つか娘じゃねぇがなァ……俺の娘はコイツよりちゃんとしてるぞ」

「まるで琴がちゃんとしてない、みたいな言い方ね?」

「こんのクソチビがロングソード何本も折ってなかったら、俺だってこんなこと言わねぇがなァ?」


 うぐっ。

 痛いところを突いてきますね。

 ギルドの支給品であるロングソードを好奇心で扱うがままにへし折る、というのはいつものことなので耳が痛いです。


 雑談を繰り広げている最中、遠くから足音が聞こえました。


「……これはっ」


 もはや、その足音だけでわかります。琴ちゃんセンサーが「来た!」と全力でアンテナを張っています。

 琴ちゃんセンサーって何なのかって?わかりません。今考えました。

 

「恵那斗っ。行くよっ、ゴブリン!ゴブリンいた!補充しないとっ」

「ゴブリンを見つけてここまで目を輝かせる冒険者もそういないわね……」


 恵那斗は呆れかえっていますが、私としてはそれどころじゃありません。

 “アイテムボックス”にロングソードを格納。それから、代わりに魔法杖を取り出します。


 魔法杖を使った琴ちゃん魔法をお披露目する瞬間ですっ。恵那斗に是非とも見てもらいたかったんです。


「パパっ、いきますよっ!万が一のフォローお願いしますねっ」

「あっ、待ちやがれ琴きゅんがよォ!」


 背後から三上パパの悲鳴にも似た叫び声が聞こえましたが、正直知ったことではありません。

 三上パパはレベル40台と、古参の冒険者の中では比較的高い方です。現代の冒険者が育ちすぎているだけです。


 私は小柄な体躯を活かし、岩陰の合間を縫って移動。ゴブリンへと接敵していきます。



 ----



 時間は遡ること……んー、そんな前でもないですね。今朝のことです。

 

 私と恵那斗は、研修後の休み明けにギルドへと赴きました。勤務前の顔出しです。


「お疲れ様です」


 すでにギルド内での恵那斗の存在については情報共有がされています。当初こそ、やはり皆さん困惑した様子でしたが、私という前例があるので適応は早かったですね。

 私達の顔をちらっと確認した後、再び各々の業務に戻ります。


 やはり皆さん。“男性化の呪い”という衝撃的な事実よりも、目先の勤務を優先しているようです。ワーカホリックどもめ。

 ……まあ私も多分、自分に関係ない話だったら業務を優先しますが。

 

「おはようございます」


 恵那斗がそう冒険者部署全体へ挨拶すると、他の冒険者達はちらりとこちらに顔だけを向けて「おはようございます」と返事してくれました。

 それから、再びパソコンに向き直っていました。やっぱり業務優先。


 私も自分のデスクに腰掛け、パソコンを起動。素早く冒険者業務に関するお知らせなどを確認していきます。

 指定された納品ノルマなど、冒険者業務に関わる内容をチェックしていた時のことです。


 私の肩をポンと叩く人物がいました。

 振り返ると、そこに居たのは筋骨隆々のバーコードハゲ。朧月夜……じゃないですね。加月部長です。

 

「お疲れ様ねぇ、田中さん」

「あ、加月部長。お疲れ様です」


 私が会釈を返すと、彼は柔らかい笑みのまま言葉を続けます。


「やー、あれから君の奥さんと話をしていたんだけどねぇ。パーティは田中夫妻で組むって聞いたんだけど……」

「あー、はい。そのつもりですが……」

「それは良いんだよ。だけど、決まりでレベル30以上の冒険者1人を同伴させろ、って話でねぇ……そのままだと、人事部に話通すのが無理でね」

「……あー。なるほど」


 私が“女性化の呪い”という事象に巻き込まれてから、特に冒険者の安全規則に関して口うるさくなりましたね。

 まあ、それだけ冒険者全体の質が向上したことによって、安全管理にリソースを回す余裕が出来たとも言えますが。


 確かに、私でさえまだレベル10とかです。パーティを組んだ恵那斗に関しては、レベル5と初心者感が拭えないですね。黎明期ですか?

 実力としては何ら問題ないはずですが、この場合は規則が優先されますね。万が一があっては、ギルドにとっても死活問題です。


 そういう理由もあって、恵那斗は「レベルアップ研修」を推奨されたのでしょうね。開催までもうしばらく先ですが。


 どうしようかと困っていると、恵那斗が横から話には行ってきました。


「それならちょうどいい人物がいるわよ。レベルもある程度担保されていて、私達の実情をよく知る人物が、ね」

「え。そんな人が居るのかい?誰のことかなあ」

「あら。相変わらず加月部長は勘が鈍いのね」


 恵那斗はいじわるそうな笑みを浮かべました。ところどころに滲む女性らしい仕草ですが、男性の姿ということでかえって怪しげな雰囲気を生み出していますね。


「三上 健吾よ、人事部部長のね。少し、彼をお借りできるかしら」



 


 正直、「よその部署の部長を引き抜くのはダメじゃないですか?」という感想は脳裏をよぎりました。

 ですが、三上パパは部署内の教育を徹底していたこともあり、部長が不在であったとしても業務が滞りなく回るように、形に整えていたんですよね。偉すぎる。

 

 そんな徹底した業務体制は今回は仇となりました。

 さすがに「部署異動」という形にはなりませんでしたが……しばらくの間、私達のパーティを監督する立場となりました。なので人事部としての業務はしばらくお休みしてもらいます。


「またガキ共の御守りかよォ!!」


 と三上パパは嘆いていましたが。ごめんパパ。

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