第81話 心の温かさ
「ことちーもう食べ始めてるし……」
「だって冷めちゃったら美味しくないもん。むぐむぐ」
本当は2人が食事を手に取って戻ってくるのを待とうと思っていたのですが、パンケーキの上に乗ったバターが滑り落ちていく姿に我慢できませんでした。
そう言い訳がましく言葉を返しながら、パンケーキを頬張ります。うん、ふわふわとしてて美味しいです。
もそもそとパンケーキを頬張っている私に、ゆあちーは冷ややかな視線を向けました。
そんな冷たい視線向けないで下さいよ。もぐもぐ。
「ねえ彼氏さん。アンタ、こんな幸せそうにパンケーキ食べてる女の子が47歳男性って、マジで言ってる……?」
「……スイーツ男子、というやつかしら」
「私、2人してふざけたこと言ってるようにしか見えなくなってきたんだけど……」
「琴の言動に説得力が無いのが悪いわね。これは」
恵那斗、もうちょっと私を擁護してくれてもいいんですよ?
ちなみに彼の手元にはスムージーが握られていました。男性になっても美容意識が高いですね、勝ち目がありません。
スムージーを一口すすった後、恵那斗は小さく息を吐きました。
「こういうのは、事実とすり合わせていくのが良いかもしれないわね。琴、食べる手を止めなさい」
「……むぐ?」
「全く……生クリームが口についてるわよ。ほら、ティッシュあげるから拭いて」
「ん、ありがと。恵那斗」
半ば強制的に、恵那斗に食べる手を止められてしまいました。
ゆあちーを混乱させたまま、放置するのもさすがに酷ですね。ちょっと申し訳なかったです。
私とゆあちーの共通の知人に該当するであろう冒険者。金山 米治という人物と関わることが、恐らく47歳男性という正体を証明するに相応しいでしょうね。
そう考えた私は、一息つく目的で恵那斗を横目に見ました。
「恵那斗、スムージーひと口貰っていい?」
「……まあ、良いわよ。はい」
「やったっ、ありがと。ずずっ……」
恵那斗からスムージーを受取り、そのままひと口啜ります。
さすがに間接キスには動じませんよ?ふふんっ。
それから、次にゆあちーへと提案します。
「ね、ゆあちー。金山さんと今から通話できる?」
「まあ、良いけど……ことちーって、本当に自由だね……」
「……えへへ」
ゆあちーに呆れかえられてしまいました。ちょっと自由に動きすぎましたかね。
一緒にいてくれる2人につい甘えてしまいます。
そんな中、ゆあちーはポケットに入れていたスマホを操作。「おじいちゃん」と電話帳に登録された番号を呼び出します。
恐らく、その登録名が金山 米治に繋がる番号なのでしょうね。ゆあちーはなんの躊躇もなく、その電話番号へと発信しました。
しばらくの発信音の後で、ややしわがれた男性の声が響きます。
『おぉ、由愛ちゃんや。こんにちは』
「おじいちゃん、こんにちはー。どう、元気してる?」
『ははは。腰を痛めたもんでなぁ、今はダンジョンで“治癒魔法”を使うとるよ』
「ダンジョンは整骨院じゃないんだけどね……ところで、私の友達がね。おじいちゃんに顔を見せたいって言ってるんだけど……良い?」
“おじいちゃん”と呼ばれている男性は、「ふむ……?」と不思議そうな声を漏らしました。
長い月日というのは残酷ですね。正直、声質からでは私の記憶している金山 米治と同一人物に感じ取ることが出来ません。
『わしに由愛ちゃん以外に若い冒険者の知り合いとか、いないもんじゃがのぅ。あれかい?遺産目当てとかかいのぅ?』
「もーっ!おじいちゃん、縁起悪いこと言わないでよ!」
『はははっ。冗談よのぅ……さて。その儂に顔を見せたい、とかいう冒険者はどなたじゃ』
そこで私は自ら名乗りを上げることにしました。
「私です」
『……ふむ。ちぃと顔を見せてもらえるかい?』
「分かりました。あ、ちょっとこっち来て」
私は恵那斗を隣に招き、それからビデオ通話に切り替えます。すると、ゆあちーのスマホ画面からほうれい線の目立つ、白髪の老人が現れました。白髪に生え変わるの早くないですか?
今年で64歳というその老人。彼の鋭い双眸は、まるで歴戦の達人を彷彿とさせますね。眼光だけで魔物を射殺せそうです。
私と恵那斗は、ビデオ通話の画面に入り込むように並びました。
傍から見れば10代後半のカップルにしか見えません。正直、これで田中夫妻と特定するのは不可能に近いでしょう。
ですが。
『ふむ……そちらの少年よ。お前さんの雰囲気……どこか、知っている気がするのぅ』
「……へえ?」
恵那斗は関心深そうに目を見開きました。
目の前に移る老人は、滑るように視線を動かします。どうやら、私を見つめているのでしょうね。
『実直な雰囲気……なるほど。そして、その隣に立つお嬢ちゃん。お前さんは、どこか自由な雰囲気を感じるのぅ。なるほど……2人は“田中夫妻”か』
「なっ……!?」
本心から驚きました。
こちらからは、何ひとつ情報を与えていません。なのに、あっさりと私達の正体を言い当ててしまったのです。
普段から平静を保っている恵那斗も、さすがにその慧眼には驚いたようです。食い入るように前のめりとなり、通話相手である老人へと語り掛けます。
「あなたは、金山さんね?お久しぶりです。推測通り、私は田中 恵那……いいえ。今は恵那斗と名乗っています」
『はははっ。驚かせたかの?懐かしい雰囲気じゃのぅ、元気にしていたか?』
「ええ。金山さんこそご存命で何よりです……それよりも、どうして私達が“田中夫妻”だと見抜けたのですか?」
それは私も気になるところです。これまで私は「田中 琴男」であると伝える為、様々な策を用いてきました。それでも、上手く伝えられないことの方が多いです。
ですが、スマホ越しに話している相手である金山 米治……彼は、対面さえせずに私達の正体をズバリと言い当てました。どんな魔法を使ったのでしょう。
そんな彼は無造作に伸びきった白ひげを触りながら、ニヤリと不敵な笑みを微笑みました。
『なぁに。元より見た目はアテにしとらん。儂に連絡を取ろうとする男女二人組という事実、お前さん達から放たれる雰囲気、という情報から推測に組み込んだに過ぎんよ。特に、琴男……お前さんの放つ空気感はあまりにも独特過ぎるからのぅ。見た目が変わった程度で、儂の目は欺けんよ』
「……恐れ入りました。相も変わらず、優れた観察力ですね」
『まぁのう。元々、儂と交流のある冒険者が少ないとも言えるがの?して、何故お前さん達は由愛ちゃんのスマートフォンから連絡を取っているのじゃ?』
「ゆあちー……由愛ちゃんとは、魔法使いの研修で仲良くなったんですよ。でも、私の正体を伝えていなかったものですから……金山さんと交流することで証明になるかな、と」
そう馬鹿正直に返事すると、金山さんは苦笑を漏らしました。
『やり方が回りくどいの……?ただ、お前さんらがそのような容姿になったのも、何かしらの理由があるんじゃろ。深くは詮索せんが……由愛ちゃんや』
「ん、えっ。私?」
まさか自分が呼ばれると思っていなかったのか、ゆあちーは驚いた顔を浮かべてスマホを覗き込みました。
金山さんは穏やかな笑みを浮かべながら、ゆあちーに語り掛けます。
『2人の言葉に、嘘などひとつもない。別に力になれ、とまでは言わん。せめて仲良くしてやってくれないか。昔ながらのよしみなんじゃ』
「え。じゃあ、本当に……?」
『特に琴男は不器用じゃからのぅ。ほれ、琴男よ。お膳立てはしてやったぞ、後はお前さん次第じゃ』
困惑するゆあちーをよそに、金山さんはさっさと通話を切ってしまいました。
……本当に、底の見えない冒険者ですね。金山 米治という冒険者は。
私の逃げ場まで、あっさりと奪ってしまったのですから。
ゆあちーは深呼吸して、それから私に向き直ります。
もう、誤魔化しはできないですね。
「……ことちー。本当に、そうなんだ?」
「うん。騙すつもりはなかったの……ごめん」
「お風呂誘った時に、必死に逃げていたのも」
「さすがに、気が引けたから……」
「“アイテムボックス”を気軽に使えるのも」
「うん。この姿になる前の名残かな」
「鍵もロクに閉めず、“魔力枯渇症候群”でぶっ倒れていたのも」
「……それも中年時代の影響で……うん」
「絶対嘘だよね。それはことちー自身の問題だよね?」
ぎくっ。
ついでに誤魔化せるかと思ったのですが、ダメでした。
ばつが悪くなってゆあちーから視線をそらします。
そんな私に対し、ゆあちーは「ぷっ」と吹き出し笑いを浮かべました。
「ことちー、ただものじゃないと思ってたけど。それは想定外だよー」
「だ、だって……隠し事、嫌だったし……」
「あー。それでさっきまで様子がおかしかったんだ?」
「……うん。せっかくゆあちーは色々、私の世話焼いてくれてるのに、私は隠し事ばっかだなって……」
「……あー……もうっ。本当にことちーは可愛いなあっ?」
「むきゅぅ!?」
もう何度目かになるか分かりません。
ゆあちーは俯いている私に対し、勢いよく抱き着いてきました。47歳男性の私に、です。
「あ、あのっ。放してっ。私47歳男性だから……ね?」
「関係ないって。私がこうしたいからしてるだけだよ」
「……うう。でもでも、何だか悪いよ……」
「だって、ことちー。そうやって、自分から1人になろうとするじゃん?させないよそんなの」
「……う」
「私だって対等でありたいもん。ことちーって、自分から他人を遠ざけようとしてるところあるから。本当は縋りたいくせに、甘えたいくせに」
「だって、だって……」
心の奥底に突き刺さったささくれを突っつかれたような気分でした。
気が付けば、目頭が熱くなっている私が居ました。
「ね。ことちーの判断で、私の後悔まで決めつけないでほしいな。私の後悔は、私でするから」
「……うん」
「なーかーなーいーでっ!せっかくできた縁だもん。大切にさせて?」
「あ、ありがと……」
私は、恐る恐るゆあちーの腕を自分の身体へと手繰り寄せました。
人の心ってこんなに、温かいんですね。
一肌を上回る温かさが、胸の奥に染み渡るような気分でした。
そんな私達を眺めながら、恵那斗は柔らかな笑みを浮かべていました。
「こういう時だけは、女性でありたかったと思ってしまうわね。土屋さんが羨ましいわ」




