第80話 47歳男性
「ねえねえ、ことちーの彼氏さん。彼氏さんから見て、まだ改善点ある?」
「……ないわね。この子ったら、無自覚に心を狂わせてくるのよ。これ以上可愛くされたら、心が持たないわ」
「見せつけてくれるじゃん?アンタ、すごくことちーのことが好きなんだ」
「当たり前じゃない。琴が居なければ、今の私はいないわ」
「そ、そこまで……?」
ゆあちーと恵那斗は、どういう訳か私に関する話題で意気投合したようです。初対面の頃の殺伐とした空気感はどこに行ったのでしょう。
話題の共通点が「田中 琴」なのは一体どういうことなのでしょうね。琴ちゃんは複雑です。
さて、私達3人はフードコートへとやってきました。
とりあえず壁際の4人席が空いていたので、急いで席を確保。荷物を置いて陣取ります。
恵那斗は真っ先に椅子へ腰掛けたかと思えば、私とゆあちーへと手をひらひらとさせました。
「私はここで席を守っているわ。2人は先にご飯を見てらっしゃい」
「ん、えっ。恵那斗は?」
「私まで離れたら、他の人に席を取られちゃうわよ。女の子2人で仲良くいってらっしゃい?」
女の子(うち1人は47歳男性)なのですが。
あまりにも自然に場に溶け込んでいる恵那斗も、中身は47歳女性なんですよね。今更ですけど、なんなのでしょうかこの夫婦。
ふとした瞬間に、自分の状況に違和感を感じますね。
ですが当然ゆあちーには、そのような私達の置かれた状況を知る由もありません。
ちょっとだけ、心の中にモヤが生まれました。
「ゆあちー」
「ん?」
「……ううん。ゆあちーはもう食べるもの決めたかな、って」
「んー。オムライスとか気になってるけど……ことちーは?」
「私はねー……パンケーキが気になってるかも」
「お昼ご飯だよね?」
せっかくゆあちーが、自分のことを話してくれているのに。
対して私は、隠し事ばっかりなんですよね。
ゆあちーだけではありません。鈴田君の彼女である前田さんにも、です。
客観的な体裁を整えるだけの言葉を重ねている今の状況が、あまりにも不誠実なのは分かっています。
(でも、どう伝えたら信じてもらえるんでしょうね……)
自分の言葉ひとつで、相手に全て事実として受け入れてもらう。
簡単なようで、とても難しいんだなあって。つくづく思います。
「……ちー、ね、こと……」
まあ、冒険者だってそうですよね。
冒険者の亡骸がダンジョンに取り込まれるということが事実として露呈するまでは、「どうせファンタジー世界にのめり込んでいるだけ」なんて楽観的な考えを持たれていたものですから。
理解の範疇を超えた事実というのは、受け入れてもらうのは難しいんです。
「ことちー!ちょっと、聞いてるっ?」
「えっ、は、はいっ!?なんでしょうかっ」
「敬語に戻ってるし……どうしたの。浮かない顔して、ぼーっとして……やっぱり体力、まだ戻ってない?」
気づけばゆあちーは心配そうに、私の顔を覗き込んでいました。ゆあちーのボブカットの髪が、覗き込む動きに連なってふわりと揺れています。
どうやら、完全に自分の世界に入り込んでしまっていたようです。
私は慌てて首を横に振って、ゆあちーへと弁明しました。
「う、ううん。心配かけてごめん。ちょっと考え事してた」
「そう?しんどかったら言ってよ。彼氏さんもいることだし」
「……うん。ありがとう」
一度、暗い考え方が脳裏をよぎると本当に駄目ですね。
そんなゆあちーの優しさでさえ、罪悪感を助長する材料になってしまいます。
なんというか、ゆあちーを騙してしまっている気がして、すごく情けないです。
一番傷つけたくない親友なのに、一番親友を傷つける情報を自分が持っている、という事実がすごく嫌になってしまいます。
そんな私の胸中などつゆ知らず、ゆあちーは最近自分の身に起きたことを語り始めました。
私の気を紛らわそう、という狙いもありそうですが。
「ねー、ことちー聞いてよー……うちのパーティ組んでるおじいちゃんね、研修中大丈夫だったか、ってすごく気にかけてくるんだよ。ほんと過保護」
「おじいちゃん?祖父のことです?」
「あっ、ううん。別に血が繋がってるとかじゃないけどね。金山 米治っていう剣士のおじいちゃんなんだけど、もー私を孫みたいに扱ってくるのなんの……」
「……ん?」
金山 米治?
サラッとゆあちーが言った名前ですが、心当たりのある名前でした。
私が冒険者として活動し始めてから間もない頃、一時期共に行動したことがある冒険者がそんな名前だった気がします。
「……ちょっ……ちー?」
恵那斗——当時の名前で言えば、柊 恵那ですね。彼女も、面識があるはずです。
まさか、ゆあちーの口からそのような名前が出てくるとは思いませんでしたが。
今でこそギルドという存在は、大企業という形に収まりました。
ですが、かつての黎明期におけるギルドというのは、どちらかというと任意団体のようなものでした。例え方が悪いですが、地域サークルのようなものです。
法的に保護されておらず、ギルドごとに大きく方針も異なる。その為、複数のギルドが合同でダンジョンを攻略する際には、当然揉め事も多かったです。
パーティを構成する人数の上限、ポーターをパーティの人数へとカウントするかどうか等々。
「ことちー……ねえっ……」
そんな、複数のギルドで共同して大規模ダンジョンを攻略する際に、一時的にパーティを結成した冒険者。それが確か、金山 米治という名前の男性でした。
20代前半の頃ぐらいですかね。金山という男性とパーティを組んだのは。
——死にたがりかよ。家族を亡くしただか何だか知らねぇがよ、そんな死にてぇならテメェ一人でくたばりゃ良いだろうが。俺を巻き込むな。
——ごめん。田中君の言う通りだ、僕が間違っていたよ。
——謝罪する暇があったら、口よりも剣を動かせよ。今俺が欲しいのはペンじゃねえ、剣だ。
「ほいっ!」
「うひゃあ!?」
ゆあちーが私の目の前で勢いよく両手を叩いてきました。空気の炸裂する音にびっくりして、足がもつれてしまいました。そして、そのまま後ろに転びそうになります。
ですがそれを予期していたのでしょうね。
ゆあちーはすぐに私の後ろに回り込み、私の身体を抑えました。
それから困ったように苦笑を向けてきました。
「なんだかさっきからことちー変だよー?買い物して疲れちゃった?」
「ん、えーっとね。ゆあちーの話の中で気になることあって」
「気になること?何かあった?」
「……えっとね」
どう説明したものか、言葉に迷いました。
その言葉を伝えることで、芋づる式に私と恵那斗の素性も明らかになってしまうのではないか。
万が一の可能性に畏怖してしまったからです。
素性を明かすことが出来ない、と悩んでいたのに。いざその可能性に直面すると尻込みしてしまいます。
ですけど……かつての仲間の顔を見たい。そんな気持ちも、少なからずあったのは本心です。
「ゆあちーとパーティを組んでる、金山……さん?私、その人知ってる。もう少し話、聞かせてもらっていい?」
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パンケーキの乗ったトレーを持って、戻ってきた私を見て恵那斗は呆れた顔を浮かべました。
ゆあちーは注文したオムライスが出来上がるまで時間がかかるそうなので、呼び出しベルを持って来ていました。
「琴。お昼ご飯って言ってるのになにパンケーキを注文してきてるの」
「……気になっちゃって」
「知らない内に甘党になっちゃったのね。まあ、琴が満足してるのならいいわ」
「えへへ……あ、そうだ。恵那斗、金山 米治って覚えてる?ほら、あの死にたがりの」
ゆあちーとの会話で出てきた名前を告げると、恵那斗は軽く目を見開きました。
「……まさか、その名前を久々に聞くとはね」
「うん?待って。2人とも、知り合いなの?」
私達のリアクションにゆあちーは困惑した様子です。田中夫妻の顔を交互に見渡しながら、そう問いかけてきます。
まあ、動揺しているのはこちらもですが。
恵那斗は、私に軽く目配せしてきました。
これでも、長年寄り添ってきた妻です。だいたい、言わんとしていることは理解できます。
真実を伝えるのか。
それとも、誤魔化して話すのか。
ということですよね。
ですが、私の中で答えは決まっています。
「ね。ゆあちー……私が研修中に言った、47歳男性って話。覚えてる?」
「うん?いきなりどうしたのっ。……あっ、ことちーの悪ふざけだっけ?」
「違うけど!?」
そう言えば前に伝えた時も悪ふざけって捉えられましたね!?違いますっ。あの、違うんですっ!
私の言葉ってどうしてこうも説得力に欠けるんでしょう。琴ちゃんだからですかね。
ところで、「琴ちゃん」があんまり良くない印象を与える固有名詞になっている気がするの、凄く不本意です。
ベテラン冒険者の琴ちゃんなのに、なんという扱いなのでしょうか。
私が反応に困っていると、恵那斗は柔らかな笑みを湛えながら話に割って入りました。
「琴の言っていることは事実よ。中身がこれだから信じられないかもしれないけどね」
「恵那斗?」
「事実じゃない。琴の言動はあまりにも幼すぎるわ」
「……うう」
ぐうの音も出ない正論に、私は何も言い返すことが出来ません。
私達のやり取りを聞いていたゆあちーは、困惑した表情を浮かべていました。
「え。彼氏さんがそう言うってことは……マジなの?ことちーが実は47歳男性って言うの?」
「ええ。大マジよ。私だって、実際は47歳女性……琴の妻だからね」
恵那斗がそう伝えると、ゆあちーはこめかみを抑え始めました。
どうして恵那斗の言葉はすぐに受け入れてくれるんでしょう。納得がいきません。
「……ちょっと待って。理解が追い付かない。あっ、注文呼ばれた。先行ってこよ」
「行ってらっしゃいね。じゃあ私も注文してこようかしら。ゆっくりとお話をしましょうか」
「ちゃんと教えてよ?私、ことちーに関係することなら知りたいし」
ゆあちーと恵那斗は目配せした後、ほぼ同時に席を立ちました。
それから、2人とも席を離れてしまったので、残されたのは私1人となりました。
なんとなく居たたまれない気分となったので、机の上に置いたお冷を時間潰しを兼ねて啜ります。
「……金山さん、かあ。あの人、まだ死に場所見つけてなかったんだ」
ゆあちーの口から、まさか知っている人の名前が出るとは思いませんでした。
金山 米治という冒険者。
私の記憶している彼は、自らの死に場所を探しているような人物でした。
異災によって、妻と娘を亡くした彼は、「全力で戦った末に命を散らしたい」という動機の元に冒険者となりました。
どういう訳か、こういう死にたがりほど、案外しぶとく生き残るんですよね。
「こういうところで縁があるなんて、思いもしなかったです」




