第8話 ドローン
ドラゴンが息絶えたのを確認してから、私は再び”アイテムボックス”の中を漁ります。
「……確か、この辺にあるはずなんだけど……」
なんで探しているものって一番見つかりにくいんですかね。普段から使うものじゃないからって、アイテムボックスの奥底に放置している私サイドにも問題がありますが。
あ、おにぎりの包装出てきた。空のビール缶も出てきた。
園部君に見られる前に慌てて戻しました。良い子の冒険者は”アイテムボックス”を大事に扱いましょう。
「あ、あったあった。これこれ」
私がアイテムボックスの中から取り出したのは、小型の球状ドローンです。
基本的に「ダンジョン配信」を生業にしている人達が使用する機材として有名ですが、私達ギルド勤めの冒険者も活用しています。
ちょっと埃を被っていたので、軽く手で払います。それから電源をonにして、空中へと浮かび上がらせました。
撮影機材として活用されるだけあって、自動追尾性能が非常に高いんですよね。
ふわりと宙にドローンが浮かび上がります。
私を捉えたカメラのスピーカーから、女性の声が響きました。
『ん?あー!田中ちゃん、お疲れ様です!!今日も可愛いですねっ』
「可愛いって言われても反応に困るんですが……私、先輩ですよ?そもそも……」
『細かいことは良いんですよ!見た目至上主義!おーけー!?』
「……あー、はい?はい……」
声音が明らかに弾んでいる。カメラの向こうにいる女性は高いテンションのまま会話を続けます。
『でっ、でっ。田中ちゃん、珍しいですね?私を呼びだすなんて』
「あ、ドラゴンの回収を依頼したくて。私じゃ持ち運びできないので……」
私がドラゴンの亡骸に視線を送ると、ドローンのカメラも同じ場所を映し出しました。
そこには喉元を掻き切られ、悶え苦しみながら命を落とした痕跡が残った、ドラゴンの死骸があります。
ドローンを介して通話している連絡班の女性は『うげー……』と露骨に嫌そうな声を漏らしました。
『グロ画像注意って言ってくださいよぉ!心の準備できてなかったですよ!?』
「ごめんなさい。回収班への連絡を頼んでいいですか」
『反省の色がなぁいっ!』
形だけの謝罪をしてから、私はそう依頼しました。
言葉でこそ連絡班は嫌そうなリアクションをしていますが、演技なのは筒抜けです。
ドローンを介して会話しているのが気になったのでしょう。
園部君がドローンを指差しながら、話に割って入ってきました。
「すみません、田中先輩。このドローンって確か、配信用の機材ですよね?」
「園部君、こういうの詳しいんだ?」
「大学のダチが配信者やってたんで。ギルドでも使うんですね」
そんなやり取りを繰り広げていると、ドローンは突如として、ぐるりと園部君の周りを浮遊し始めます。
『おー、君が新卒の園部 新君だねー。よろしく、私は早川 瑞希です。ギルドの連絡班担当です、よろしくね!』
「え、あ。はい、よろしくお願いいたします」
連絡班の女性——早川さんは自己紹介するや否や、じろじろとカメラを介して園部君を撮影していました。
「あの、早川さん。あんまりね、じろじろ撮らないように」
『あー、ごめんなさいっ。良い装備付けてるなあーって思って。特注?』
早川さんの言葉に、私も改めて園部君の装備を観察します。
園部君の身を包む真紅の鎧は、その戦闘スタイルもあって炎を彷彿とさせる印象を抱きます。全体的にウェーブを描くようなデザインをしており、確かに園部君にぴったりな鎧であるようにも思えますね。
園部君はどこか照れくさそうに、そして申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべて答えました。
「……や、まあ……実家が装備専門店やってるんで……入職祝いに、って作ってくれました……」
『へーぇ!すごいじゃん!大事にしなよっ?』
「あ、ありがとうございます」
困惑しながらも園部君は素直に、早川さんの言葉を受け入れました。
なるほどなるほど、「実家が太い恩恵を受けてる」ということにちょっと負い目を感じちゃってるんだな。
まあ冒険者を目指そうと思ったら、馬鹿みたいにお金かかるからねえ。周りから色々言われるのはあるなー。
……っと。さすがにダンジョン内で雑談し続けるのは良くないね。
「そろそろ私達も戻ろうと思います。早川さん、回収班の依頼お願いしますね」
『あいあいさっ!たまに雑談に付き合ってくださいよー。田中ちゃんの可愛い姿、無限にカメラに収めたいんで』
「や……だから、ですねー……私は」
『ではっ』
反論の一つや二つでも返そうと思いましたが、一方的に早川さんに通信を切られてしまいました。
「撮影が終了した」と認識したドローンは、ふわりと私の胸元まで戻ります。かざした掌の上に着地して、そのままスリープモードに移行しました。
恨みの籠った視線でドローンを睨みますが、私の複雑な胸中をもう早川さんに伝えることは出来ません。
小さくため息をついてから、ドローンを”アイテムボックス”の中に片付けました。もうしばらく出しません。
「……さて、園部君。今日はここまでにしましょう」
「あー……はい」
園部君は困ったような笑みを浮かべて、それからぎこちなく頷きました。
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「田中ちゃーん、お疲れぇ」
ダンジョンから戻り、休憩所のベンチでくつろいでいる最中のことです。
人事部の三上さんが、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべて近づいてきました。
園部君は初回のダンジョン潜入ということで、報告書を作成してそのまま終業するらしいです。
「三上さん……趣味悪いですよホント」
「俺としては田中ちゃんがさぁ、最適と思ったのよぉー」
「誰が田中ちゃんですか」
「もう”君付け”は無理でしょぉー?」
三上さんも今は仕事モードを解き、フランクな口調で私をからかってきます。
黒縁メガネの奥に映る目元はにやにやと悪意のある笑みが滲んでいました。
ですが、ふと真面目な表情に切り替わります。
「ま、実際……田中ちゃんほど、慎重な冒険者はいないからなぁー……」
「油断に足を掬われた冒険者なんて、何度も見て来ましたから……ねぇ」
そう言葉を返しながら、結局ダンジョン内で飲まなかった紙パック式の栄養補助食品に口を付けました。ドロッと甘ったるい食感が口の中に広がります。
三上さんは眼鏡の位置を直し、それから天井を仰ぎました。
ダンジョン内をくりぬいて作られた休憩所である為、凹凸の激しい岩肌が天井を覆いつくしています。
「ま、そうねぇ。ステータスに身を任せて、ツッコむ馬鹿の方が多い世界だからなぁー。慎重派の田中ちゃんとは、ペース合わない……ってみんな言うもん」
「それで足元掬われた人も……かなりいますから、ね」
「はぁー……冒険者の死亡手続きとかさぁ。もうやりたくないよ?」
「……ですね」
「だぁからさあー、ダンジョンは怖いとこだってさぁ?ちゃーんと、伝えられる田中ちゃんが適任だと思ったのよぉー」
「あー……はあ」
曖昧な相槌を返したところ、三上さんは「なあー」と私の方を向いて質問を投げかけて来ました。
「田中ちゃんはさぁ、冒険者になって何が一番怖かったよ?やっぱ魔物に襲われること?」
「……魔物も怖かった、ですけど。一番怖かったのは……」
そこで言葉を切って、パックの中に残った栄養補助食品を全て飲み干しました。くしゃりとシワの出来た紙パックを雑に”アイテムボックス”の中に投げ捨てます。
大きく息を吐いてから、三上さんの質問に答えます。
「仲間の死が、日常だって思うようになったこと……ですかね」
「……俺もだわ」
三上さんは自嘲染みた笑みで言葉を返し、それから出入り口の方へ歩みを進めました。
「ま、お疲れさん。てか、お節介かもしれないけどさぁ、”アイテムボックス”の中身綺麗にしていきなー。ゴミ箱じゃないぞそれー」
「分かりました、お疲れ様です」
確かに、結構ゴミ溜まってたな。
ダンジョン内のゴミ廃棄場に”アイテムボックス”内のゴミを捨ててから帰りましょうかね。
ベンチから腰を上げて、それからふと思い立ち自分の全身を見下ろします。
「……やっぱり女の子、だなあ」
目立つほどではありませんが、胸部に二つの膨らみが並んでいます。自身の掌を見れば映るのは細く、しなやかな指先。
自分の声だってそうです。ボイスチェンジャーでも使ったのかな、と思うほどに高い声が響きます。
そこにあったはずの喉仏には、もう触れることさえ叶いません。
私の本名は「田中 琴男」です。
ですが現在、戸籍上では「田中 琴」へと生まれ変わっています 。
私は……田中 琴男は、生きているのでしょうか?
それとも、死んでいるのでしょうか?
人の生き死にが最も近い、冒険者と言う職業だからこそ何度も考えてしまいます。
変わらなかったものより、変わったものの方が多いです。
「……もう、帰ろっかな。今日もコンビニで何か買っていくか」
頭の中でぐるぐると渦巻く思考を切り替えて、私は休憩所を後にしました。
あ、ギルドを出る前にゴミ捨て場に”アイテムボックス”のゴミは捨てていきました。
缶ビールのゴミとかがゴロゴロ出てきました。園部君が居なくて良かった。さすがにこれは見せられない。