第75話 ロクな大人じゃない
「それじゃあ、また後で合流するわね」
「あっ、うん。待ってるね」
三上さんの車によって自宅へと送り届けられた私は、恵那とひとまずの別れを告げました。
彼もしばらくの間、戸籍の手続き諸々で忙しくなると思います。
恵那に絡む話でもありますので。
ここで少し、冒険者の歴史についてお話ししたいと思います。
以前にも触れました通り、ダンジョンというのは死亡した冒険者を取り込む性質があります。故にネームタグなどが存在しなかった時代においては“行方不明”と扱われる事例が多発しました。
ダンジョン内で人が消える原理が判明してなかった時代においては、「ただファンタジー世界にのめり込んでいるだけだ」などと楽観的な意見しか出てこなかったんですけどね。
死体をダンジョンが取り込む、という事実が判明してからは急ピッチでネームタグというものが作られました。
法律が絡むので非常にややこしい話となりますが。
本来であれば「7年以上生死が明らかでない」または「戦争・災害諸々の生命危機に関わる事態に巻き込まれ、それが解決した後も1年間所在が明らかとなっていない」という状態であれば“失踪宣告”として事実上の死亡を宣言することが出来ます。
ですが、“異災”によって作り出されたダンジョンでの死亡率があまりにも高すぎる。亡骸も残らず、死亡確認さえ行うことも出来ない。
そんな複雑な事情が絡んだ結果、「ダンジョン内でネームタグを発見した場合。その冒険者は1年を待たず、法律上死亡したものとして取り扱う」という特例が制定されました。
つまり、ネームタグの後発品に該当する冒険者証が発見された田中 恵那は、法律上……既に亡き者となっています。一応“失踪宣告”の取り消しも出来ますが、その為には家庭裁判所へと赴く必要があります。面倒ですね。
なので、恵那の今の状態としては……ある意味、法律的にゾンビというのが適切でしょう。ゾンビ。おあー。
私の場合は、冒険者証で死亡確認される前にギルドへと連絡したので、現状は行方不明という形式を取ってもらっていますが。恵那は「葬式をする」とまで言っちゃっているので、戸籍の再入手を早いところやってもらわないといけません。無戸籍者という扱いでは色々と不便なことも多いので……。
「……恵那の気持ちは痛いほど分かりますよ、本当に」
ただ。
同じ事例を経験した身としては、恵那の境遇が痛いほど分かります。
一応、夫としてちゃんと恵那の支えになってあげないといけませんね。夫ですよ。夫。違和感あるとか言わないの。
さて、1週間ぶりの我が家です。
余談なのですが、私はマンションの一室を借りて暮らしています。2LDKの……まあよくある一般的なマンションですね。
恵那が家を離れて、1人で過ごしていた時は家の管理もロクに出来なかったので汚部屋となっていましたが……鈴田君の彼女こと前田さんが懸命に掃除を手伝ってくれていたので、今はすごく清潔な環境が保たれています。
玄関にスーツケースを置いた後、そのままリビングに向かいました。研修前に雑に散らかしたままのリビングが、ありのままの姿で残っています。
(掃除は……ちょっと後で……)
片付ける気力が無かったので、一旦そのままにしてダイニングテーブルに配置された椅子に腰かけました。
1週間離れていただけとはいえ、机の上には軽く埃が被っていますね。
「……一応、拭くだけ拭いておきますか」
“もうすぐ前田さんがやってくる”ということが確定しているので、どこか身の置き所がありません。私はそわそわするのを隠すように、軽く机の上をウェットティッシュで拭きながら時間を潰していました。
その時点で、リビングの片づけは完全に頭から抜け落ちていました。
ところで旅行という体裁で研修に行っていた、というのを隠さないといけないのは罪悪感がありますね。
正直なところ。47歳男性という事実は、これまでの皆のリアクションから正直信じてもらうのは諦めています。
立ち振る舞いが子供っぽいんですって。普通に47歳男性に向ける言葉としては失礼だと思うんですよ、あのっ。
「ちょっと掃除頑張っている風」をアピールする為だけにダイニングテーブルの上でガチャガチャしている最中に、インターホンのチャイムが鳴り響きました。
「あっ、はいっ」
『琴ちゃーん、来たよー!』
「今開けますっ」
インターホン越しに前田さんの声が聞こえたので、いそいそと駆け寄って扉を開けました。
そこには長い黒髪をポニーテールに纏めた、知的な雰囲気を醸し出した女性——前田 香住さんが経っていました。仕事終わりということで、今は彼女もスーツに身を包んでいますね。
「お久しぶりっ、琴ちゃんっ!」
「むきゅっ……久しぶりですっ」
再開早々に彼女に抱き着かれちゃいました。すっぽりと顔だけを出しながら、私は彼女に声を掛けます。1週間しか家を離れていなかったはずなのに、随分久しぶりに思えます。それだけ研修中の情報量が多かった、ということでもありますが。
誰かが傍にいる、という状況に思わず心が温かくなりますね。思わず笑みが零れます。
「ああもうっ、琴ちゃんは可愛いなあもうっ!」
「……あのっ、頬ずりは止めてください。恥ずかしいです」
「うーんやっぱり癒し系だなあ琴ちゃんは。このこのっ」
「ちょっと、もうっ。はーなーれーてっ!」
さすがに恥ずかしいので、私は体重を掛けて彼女を引きはがしました。
その際に胸に手が当たったのは不可抗力です。スーツのパリッとした素材越しに触れる弾力を実感しちゃったので、つい申し訳ない気持ちになりました。
というか、前田さんも早川さんに似てきましたね。 類は友を呼ぶというのでしょうか。
「わっ、わわっ。ご、ごめんなさいっ!」
「あははっ、こっちこそごめんね。なんだか愛くるしくて……旅行どうだった?お友達と楽しんできた?」
「りょこ……あっ、はい!楽しかったですよっ」
楽しかったという事実は嘘じゃないので、私は素直にそう頷きました。
……研修を「楽しい」と言える感性って、まあ変なのでしょうけど。色々と面白い開拓が出来そうなので、私にとっては事実です。
そんな私のリアクションを見て、前田さんはにんまりと楽しそうな笑みを浮かべました。
それから、再び私の頬を突きます。
「ひゃっ、何するんですかっ」
「琴ちゃんずいぶんと幸せそうな顔してるからさ、見てるこっちまで嬉しくなっちゃって」
「ん、幸せそうな顔してますかっ。私」
「なんというか、女の子らしくなったかなって。堅苦しさが抜けた気がするね」
「うー……むう。そうなんでしょうか……」
1週間のほとんどの時間を、ゆあちーと麻衣ちゃんという少女(見た目だけ)に囲まれて過ごしていたので……知らず知らずのうちに、女の子らしい振る舞いが身についていたのかもしれないですね。
良いことなのか、悪いことなのか……男性を引きずっている私にとっては複雑です。
そんな私の頭を撫でてから、「ちょっとお邪魔するね」と室内へ入っていきました。
「あっ、待ってくださいっ。まだ片付けてな……」
前田さんがリビングに向かおうとした瞬間に気付きました。私、旅行出発前に部屋を散らかしたままです。
この肌着は持って行った方がいいのかな、とかこの本も持っていこうかな、とか雑に散らかしていました。
ですが本だって研修中、結局一度も開かなかったですね。要らないはずの本を持って行って、結局嵩張るだけの荷物になるのはあるあるだと思います。ね?ね?
もちろんリビングだって、ロクに片付けてません。
え?誇んなって?だって……。
「……琴ちゃん」
「あっ、はいっ」
「ちゃんと出したものは片付けしようね、将来ロクな大人にならないよ」
「す、すみません……」
これが47歳男性に向けられる説教というのだから悲しい話です。
ロクな大人じゃなくてすみません……。
そう言えば前田さんって23話以降登場していなかったんですね。(作者)




